相互理解の方法
料理をしていた。審判を下す者を解放する。知識と頭脳のステータスが上書きされた。
「今ならなんでも作れそうな気がするな」
僕は一人で呟いて鍋を弄る。ここはレインズフォルス邸だ。つまり、イリスの家である。イリス以外の人もいない。勝手知ったる手つきでキッチンに入り浸る。イリスは昨日この洋風の屋敷に送ってからすぐに眠りについてしまった。疲れたのだろう。イリスから屋敷にいてもいい許可ももらってある。
学園を休む連絡はした。僕とイリスの分。あのAクラスの三人はどうなったかな。
まあ、どうでもいいか。
「う......うぅん......」
背後で布が擦れる音がした。ベッドでイリスが身じろぎしているんだろう。着替えさせたが。
「イリス、起きたか?」
僕はフランクにそう言った。審判を下す者を解放した時の僕は相手を支配してしまおうと勝手に闘気を込めてしまう。今は抑えよう。
「あれ......貴方は、ストル?」
「ああ僕だ。服は取り替えておいた。ボロボロだったからな。いい服があるじゃないか」
イリスの側の丸椅子に座る。先ほど剥いておいた果物を準備しておく。今日は看病だな。ワンピースを着させたが趣味がいい。
「着替えさせたって。脱がせたの?」
イリスがベッドの中で僕を見る。
「ああ。流石に放置というわけにもいかないだろう。あの制服は壊れていたからな」
僕はぶっきらぼうにそう言った。
「今の貴方、感じが違うわね。二重人格とは違うようだけど少し好戦的な感じがするわ」
僕をジト目で見てイリスが言った。
「僕は僕だが、そうだな。今はテストだよ。君に怯えさせることなく力を使えるように」
僕は誰かと秘密を共有したことがない。だからこそ、自分の守りたい人を怯えさせないことにする配慮は大切だ。統率力をコントロール出来ないと危ないからな。今の僕の言葉は言霊にも匹敵してしまう呪いとなるから。
「力?」
「ああ。家事をするにも力を解放したほうが捗るからな。料理をするのにも。そう言えばイリスの家には人がいないのか? 立派な邸宅だが使用人もいない。名前から察するに君は貴族のようだが、まさか当主ではない筈だ」
レインズフォルス、か。
「私は見捨てられてるのよ。銀の髪で産まれた時からね。私の家族はもう母だけよ」
何か深い事情がイリスにもあるのだろう。それに深入りすることはマナー違反が過ぎる。
「そうか。だが、君の髪を卑下することはない。イリスの髪はとても綺麗なものだよ」
いつもと違う断言する口調で僕が言った。
「ふふっ。今の貴方にそう言ってもらえるのは光栄ね。お礼にいいことを教えてあげる」
寝そべるイリスが僕の頭に触れる。
イメージが浮かび上がった。
イリス・アメリア・レインズフォルス
統率力 B
頭脳力 A
容姿力 A
知識力 A
戦闘力 B
僕は瞳を大きく見開く。
「これ、は」
「貴方に、教えたの。貴方だから」
どこか恥ずかしそうにイリスは布団に潜り込んで僕の視線から逃れる。どこか可愛い仕草だったが、僕は驚きが先行してしまう。
ステータスを相手に伝える時、対象の頭に触れることで相手にそれを伝えられる。
それはこの世界の信頼の証だった。
「いつもは容姿力と戦闘力を隠しているんだけどね。貴方は私の恩人だから。だからね」
顔を赤くしてイリスが言った。
「ステータスの共有なんて、ベル以外としたことはなかったな。ステータスは生きるための生命線だ。それを晒すのは信頼が必要。イリスのありのままのステータスを知れるなんて光栄だよ。僕もイリスの信には応えよう」
僕もイリスの頭に触れる。
ストル・ポロイス
統率力 S
頭脳力 A
容姿力 D
知識力 S
戦闘力 S
【称号】審判を下す者
イリスにステータスを明かした。
「これが貴方のステータス。凄いわね。容姿力だけが何故か伴ってないのがあれだけど」
愉快そうにクスッとイリスが笑う。
「放っておいてくれ。僕の容姿なんてそんなものだ。これでもコンプレックスなんだよ」
ベルに相応しい容姿になってみたいものだ。イリスのように気高く、清廉な男に。
「でも、きっと貴方の容姿を気に入る女子もいる筈よ。もちろんベル以外の女の子でね」
意味深にイリスが笑う。
「そうだといいがな。バイト先のオーナーがよく僕の顔のことをからかってくるんだ」
僕のモブ顔がたまらないらしい。僕のバイトの採用理由が路傍の石ころのような顔つきだったからだそうだ。少しだけ腹が立つ。
「人の顔をからかうなんて最低ね」
イリスが僕の代わりに膨れてくれる。
「ありがとう。でもオーナーにも悪気があるわけじゃないんだ。突飛な人だけど僕は感謝してるんだよ。お金の問題は深刻だからな」
オーナーは僕を救ってくれた。たとえ気まぐれだったとしてもあの出会いには感謝だ。
ベルも僕もあの人のおかげで救われた。ベルはあの人のことを全く知らないけれど。
「お金なら私がたくさん持ってるわよ。嫌味じゃないけどお金、差し出しましょうか?」
命令もしていないのにイリスが言った。
「ククッ。なんで僕がイリスに貢がれるんだよ。気にしなくていいさ。これでも上手く生活出来ている。それより、ありがとうな」
僕は歪んだ笑みでイリスにそう感謝する。時折、僕が剥いた果物をイリスが食べていた。
「そういえば学園」
「休みの連絡は僕が入れておいた」
傷だらけのイリス。登園させるわけにはいかないだろう。僕が許さない。一週間ほどは静養させたいくらいだな。イリスの身体つきはとても華奢だから心配になってしまうんだ。
「根回しも完璧ね。気配りも上手いし。レインズフォルス邸の執事でもやってみない?」
「お誘いは嬉しいが、これでも忙しいんだ。バイトもやっているし難しいだろうな」
冗談だろうが真面目に受け答えしておく。だが、想像以上にイリスはシュンとしていた。
「執事なら雇えばいいさ」
僕はフォローするようにそう言った。
「嫌よ。私の髪をジロジロ怪訝そうに見てくる奴らなんて。貴方は違うけれどね」
僕は笑う。おやおや、どうやら僕はイリスに信頼されているらしい。少し嬉しいな。
「ねぇ、ストル。ベルはまだ学園に来ることはできないのよね?」
「ああ、そうだな」
ベルは二十四時間体制で高ステータスの者を病室の周りで警護させている。しばらくはまだリハビリが必要だろうな。傷が治っても歩く感覚を取り戻さなければならない筈だ。
「なら、貴方の実地演習のペアは決まっていない、空白ってことでいいのかしら」
「まあそうなるな」
イリスが緊張するように手を差し出す。
「なら————私とペアになりましょう」
そう言って僕に手を向けるイリス。実地演習か。クラスメイトの言葉を思い出す。ペアをどうすればいいと思っていたが助かったな。
「ああ、喜んで」
まさに渡りに船。僕はイリスの手を掴む。実地演習は乗り越えなければならない壁だ。
演習先で何事も起こらなければいいが、僕は目を細めてある予感を感じていた。