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二人だけの約束

 イリスを抱えながら埠頭の外周を歩く。


「いいかげんやっぱり恥ずかしいわ。これ、お姫様だっこよね。自分でもう歩けるし。私には似合わないわ」


 僕は笑って言った。


「そうかな? 似合うと思うけど。でも、それを言うなら僕も王子様じゃないしね」


 僕はイリスを気遣って身体を下ろす。歩くくらいなら流石に問題ないだろう。


「送るよ。イリスは怪我してるし。心配だ」


 僕はイリスの隣に立って言った。イリスの身体に見える青い痣。制服も破られている。ちゃんと制服の替えがあればいいのだけれど。


「さっきの貴方、怖かったわ。貴方に抱えられていてよく見えなかったけど綺麗な女の人もいた気がしたし。知り合いなのかしら?」


 イリスは小首を傾げて尋ねる。そうか、ミネルヴァのことを見ていないのは好都合だ。もっとも僕の称号の事はバレているだろうが。


「いいや、初めて会った人だよ。何れにしてもイリスが気にすることじゃない。大丈夫」


 イリスが口を尖らせる。


「貴方って大事な事を話さないわよね。秘密主義っていうか。今日はびっくりしたわ」


 僕は俯いて言った。


「ごめんね、今日は。僕の所為で君に迷惑をかけて。僕がいなければこんなことには」


 イレスの怪我を見る。悔しかった。誰かが怪我をしてから決断するのでは遅すぎる。絶対にいつか僕は失敗する。失敗しないために。今以上に強くなる。覚悟は決めている。そもそも僕の周りが平穏ならそれでいいんだが。


「そんなことはないわ。身から出た錆ってやつなのかしら。私はそもそもあのクラスに馴染めてなかったし。この髪のおかげでね」


 イリスは自身の銀の髪を触りながら言う。


「綺麗な髪だと思うよ。最初は、物語の登場人物かと思った。ううん、今だって思う」


 イリスは綺麗だからなぁ。ベルが少し子供っぽい印象の娘なら、イリスは大人っぽい。そんな感じだ。何を考えているんだ、僕は。

 そんな僕を見てイリスが笑って言う。


「そんなこと言うのは貴方くらいよ。ええ。きっとそう。————初めて会った時も」


 ん?


「初めて会った時?」

「ええ、その時も貴方はこの髪を褒めてくれたわ。初めてだった。髪を褒められたのよ」


 懐かしそうにイリスが目を細める。


「そんな話したっけ?」

「貴方は覚えてないかもしれないけど、ベルと貴方が離れた時に少し貴方に声をかけてみたの。ベルが熱弁する貴方が気になってね」


 僕の幼馴染みは何を熱弁してるんだろうか。


「去年の冬の学園の屋上で。今でも覚えてる。貴方は優しいわね。きっと、いつまでも」


 イリスが僕の顔を見る。


「ねぇ、どっちが本当の貴方なの? 私を虐げたクラスメイトを弄んだ時の貴方は強くて少しだけ怖かったわ。普段の貴方とは違った」


 イリスが僕の瞳を覗き込む。まるで嘘は許さないとばかりに。嘘を言う気は毛頭ない。


「どっちも僕だよ。怖い僕も、君が優しいと言ってくれた僕の姿もね。どっちも僕だ」


 僕もイリスの瞳を覗き込んで言った。


「貴方のステータス。私が見た限りではSランクが三つもあったわ。強いのね。ベルは貴方のステータスを知っているのかしら?」


 僕に尋ねてくるイリス。


「いいや、知らない。この力の事は秘密にしているんだ。できれば誰にも言いたくない」


 ベルにすら言いたくない。生まれた時から寄り添ってきた僕の仮の名前。この力は僕の平穏を壊す。同時に僕を守る剣でもある。剣は抜き身では危ない。僕にとっての平穏が剣の鞘なんだ。その鞘は僕という鎧が守る。

 いつか、きっと、そうなって見せる。


「貴方なら女王のクラスに行けるわよ」


 Sクラス、か。Sというステータスは王族の血脈に多く見られる。あのミネルヴァも。


「行く気はないさ。Eクラスで十分だよ」

「認められたいとは思わないの? 貴方は強いのに。少しやり過ぎな部分はあるけどね」


 僕は苦笑いする。そして空を見上げ言う。


「ありのままの自分を認めてくれる人がいれば大丈夫だよ。ベルがいれば大丈夫なんだ」


 ありのままの、か。今の僕には秘密がある。だが、それを含めて僕だから。


「ベルを、信頼してるのね」


 イリスが俯いて言った。


「もちろん。大切な幼馴染みだ。あの娘がいるから、何かを頑張る気持ちになれる」


 イリスと二人でレインズフォルス邸まで歩いていた。イリスのボロボロの身体を見られないように僕の制服をイリスの身体に被せる。不意にイリスが僕の白シャツの袖を掴む。


「どうしたの? イリス?」


 問いかけるように僕は彼女に言った。


「でも本当のありのままの貴方を知ってるのは私だから。それはベルも知らないことよ」


 焦るように、小声で僕に言うイリス。僕は朗らかに笑って言った。そして頷く。


「うん、そうだね。確かに。だからイリスもベルには僕の力の事を秘密にしておいてね」


 ベルにだけは知られたくない。彼女にだけはこの力のことを知られるわけにはいかない。そんな予感がふと脳裏を掠める。これは男の意地なのだろうか。今の僕には分からない。


「分かったわ。貴方の事は話さない。あの三人組にも目を光らせておく。だから、秘密」


 僕に小指を向けてイリスが小声で言った。


「ああ。そうだね。二人だけの秘密だ」


 僕とイリスの小指を絡める。小指を交差させ合う。これはそっと、二人だけの約束。

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