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信念

 カイ埠頭、第二倉庫。足を踏み入れた瞬間に少し寒気を感じた。開けた空間が広がる。中には荷物もなく、倉庫というには殺風景な場所だった。埠頭自体に人通りもない。


「よう、ストル。来たみたいだな」


 僕を嫌らしい笑みで見つめる少年。見れば夏休み明けの初日に僕に絡んできた三人組が僕の前に立ちはだかっていた。その後ろには縄で手首を縛られて項垂れている少女がいる。

 イリス・アメリア・レインズフォルス。ベルの友達だ。


「うん。来たよ。だからイリスは解放してあげて。僕を呼ぶためのダシに使ったのなら」


 声が怒りに震えないように気をつける。僕は学園において弱者でいなければならない。


「へぇ、ストル。お前はこいつを名前で呼んでるのか。随分と仲が良いじゃないか」


 そう言って縛られているイリスを軽く足で蹴り飛ばす少年。行動の意味が理解できない。


「ぐっ......」

「イリス!」


 イリスの漏れ出した声と僕の叫び。その両方を聞いて少年たちは外道の笑みを浮かべた。


「俺は考えたんだ、ストル」


 僕は思考を冷静にし、問いかける。


「何をだい?」

「お前を痛めつける方法さ。お前を痛めつけてもお前は辛そうな顔をしないんだよ。罰を受け入れてるようなそんな反応でな。だからお前を虐げても俺たちは面白くなかった」


 なるほど、察しがついた。


「だからこそイリスに手を出したと?」

「おうよ。お前の所為で他人が傷付いたらどうなるかってな。今のお前、辛そうだぜ。俺はお前のそういう顔が見たかったんだよ」


 意地汚い笑みで僕を嘲る三人組。そんなくだらない理由でイリスに手が下されてるのか?


「それにこいつは元々お前と同じだ。こいつはベルさんの友達だが、いつもベルさんに引っ付いてる害虫みたいな奴でな。相変わらず銀髪なんて反吐が出る。気持ち悪いっての」


 そういえば聞いたことがある。銀髪の子はこの世界では忌み子として扱われる、と。銀の髪なんて普通の遺伝では継承されないから。イリスはそう言った少年を睨んで言った。


「私の髪は母からもらった大切なものよ。それを貴方に否定される謂れはないわ」


 拷問を受けた後のように項垂れているイリス。されど自分の主張は明瞭だった。


「相変わらず生意気な女だ。お前の髪が普通で愛想が良かったら、お前もいい線だが。お前とベルさんは容姿力Aで並んでるらしいからな」


 イリスを見下して少年が言った。


「お生憎様。私は私よ。貴方にそんな感想を言われてもどうにもならないわ」


 少年が舌打ちしてイリスの頬をはたく。


「うぜぇな、相変わらず。その澄ました顔に表情のない顔。仮面でも被ってんのかよ」


 息を乱してイリスは虚空を見ていた。僕は弱者のように懇願して、イリスの救いを乞う。


「もう......やめてくれ。僕が悪かった。ベルが休学したのは僕の所為だ。だから誰かを虐げるなら僕だけを虐げればいいじゃないか」


 ここで力は使えない。僕は自分の守るもののために力を行使する。思い出す、僕の夢を。


「ふん。いい顔だ、ストル。お前のそんな辛そうな顔は初めてだ。お前はこいつに比べてちゃんと感情があるじゃないか。愉快だぜ」


 僕を嗤いながら手首の圧迫を強める少年。縄でイリスの手首を締め上げていたのだ。


「やめろ! その娘が何をしたんだ! これは僕だけの責任だ! その娘は関係ないだろ!」


 命令口調で僕は言った。大切なものなら守り通す。たとえ、何に代えても。それが力を得た時に誓った僕の考え方だ。だからこそ。


「関係あるぜ。こいつはお前を庇った。いいかげん目障りなんだよ。どういう意図があったかは知らねえが、馬鹿な女だぜ。くくっ」


 馬鹿な女? それは違う。イリスは強かった。他人に流されず、僕を守ってくれた。嬉しかったんだ。メリットを度外視して僕を見てくれたイリスの存在が有り難かった。イリスだけだ。イリスだけが僕と一緒にいてくれた。ベルが居なくても僕を見てくれたんだ。僕の背後にいるベルの幻影ではなく、僕という個人を見てくれた唯一の存在が彼女だった。


「ぐっ......ストル。貴方は逃げなさい。貴方まで傷つけられることはないわ。殺されることは流石にないしね。翌日には全て元通りの筈よ。だから貴方が逃げても私は何も思わない。貴方がここに来てくれただけで少しだけ嬉しかったわ。やっぱり貴方は優しかった」


 イリスはこんな時でも僕に笑いかける。思い出せ。目の前で恩人の女の子が虐げられている。僕の力は大切な何かを守るために。ただそのために使う、と覚悟を決めていた筈だ。


「お前はストルには笑うんだな。なんだよ。てめぇもベルさんもどうしてあの雑魚に執着するんだ。なんかモヤっとしてうぜぇぞ」


 少年を見てイリスが言った。


「執着してるのは貴方でしょ? 私はただ彼と会話してるだけ。貴方はただの部外者よ」


 少年の額に青筋が浮かぶ。


「そんなこと言ってもいいのかよ? 」


 少年達がイリスの身体を暴行する。相手は三人だ。イリスでも抗える筈がない。


「ははっ! ざまぁねぇな、イリス! ここでは今、一番俺たちが強いんだよ!」

「くっ......!!」


 イリスの、苦悶を見た。力は使わない筈だ。学園の秩序は守られるべきものだから。アルセイ達は例外だった。目の前の少年達は外道ではあるが、僕の敵ではない。しかし。


「くはっ! たまらねぇな、おい! 他人を傷つけるってのはやめられねぇぜ! 俺がお前達より強いって実感できる! 俺は強いぞ!」


 イリスに私刑を施しながら少年達の一人が言った。弱者としての僕は抵抗できない。それがこの世のルールなのだから。


「どうだ? イリス? 痛いか? くくっ」


 イリスの顎を持ち上げて侮蔑する少年。目の前で僕の恩人が虐げられている。力のない僕では目の前の蹂躙を止められない筈だ。


 ————違う、そうじゃない。


 自分の大切なものを守るために力を得た。誰かを守りたくて、奪われたくなくて戦う。だからこそ、例えイリスに見られたとしても。もう、構わなかった。僕は少年に肉薄する。僕は冷徹な表情でイリスの顎を掴んでいた少年の右手首を極めて緩慢な動作で掴む。


「その汚い手を離せよ」

「あ?」


 少年はワンテンポ遅れて僕に反応する。イリスは僕を驚いた様子で見つめていた。

 僕は少年の右手を思いっきり握る。


「......っ!!」


 声にならない悲鳴をあげる少年。僕に掴まれている手を何が何だか分からないといった面持ちで少年は見つめている。僕はそれを少しだけ愉快な面持ちで見つめていた。

 僕は少年の手を解放し、イリスの隣に立って前方に立つAクラスの彼らに言う。


「痛かったか? ククッ。 悪いな。だが、これはお前達がイリスにしたことだ。自分が耐えられない痛みを他者に施すのは傲慢なんだよ」


 僕は狂ったような笑みで少年達を見つめる。


「もう一つ傲慢なお前達に教えてやる。お前達は自分がここで一番強いと言っていたが」


 僕は修羅のように目を細め、そして。


「————ここで一番強いのは僕だ。間違ってもお前達じゃない。それを教えてやるよ」


 僕は己が傲慢であることを承知で言い放つ。

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