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イリス

 ベルを見舞う日々も終わりを告げた。灰色の制服に身を包む僕はEクラスの教室に入る。夏休みの終焉。気怠い気持ちを隠せない。

 黒衣の男達と学園との関係は興味深かった。早めに手を打っておきたい。未だにベルに干渉した理由だけがどうにも分からないが。

 夏休みに自身の力について学んだ。知識力が上がったおかげなのか概ね僕が展開できる武具については理解が及ぶ。それにしても審判を下す者、か。まだまだ謎が多い称号だ。形無武器を始めとする武器も謎が多過ぎる。やりたいことは絶えないのに学園が始まってしまった。ここはあまり楽しいところじゃないからな。勉強するところではあるけどね。


「はぁ......」


 ため息をついて席に座る。クラスに友達はいない。Aクラスのベルと仲が良いと知られている僕をEクラスの連中は忌避している。少しだけ悲しいが、ここは世界の縮図なのだ。ここアライズ王都魔法学園では強い者が上に立ち、弱い者は下で蹲る。ステータスでクラスを分けるとはよく考えたものだ。世界のルールを学園が丁寧に教えてくれるらしい。虫酸が走るが、合理的ではある。それにしてもベルのいない学園に価値が見出せない。こんなことなら僕も休学届けを出しておけばよかったかな。ベルのリハビリに付き合いたかった。それはベルが許してくれないだろうが。

 王都も安い寮生活を選んだ。しばらくはベルに会えそうにないかもしれない。軽い休日にベルの元を訪れるのは旅費が重む。ベルも気軽に訪れたらお金の無駄遣いと怒るだろう。


「近々実地演習があるんだって」

「うわっ、だりぃ」


 放課後。クラスメイトのどうでもいい雑談を聞き流していた。実地演習か。いつもはベルとペアを組んでいたがどうしようかな。Aクラスの生徒に知り合いはいない。Bクラスにも知り合いはいなかった。

 ふと、僕の肩を突く人がいた。振り返る。


「おい、ストル。面貸せや」


 ベルのいない学園。Aクラスの連中だった。粗暴な声で僕を脅すように三人組の男子が僕の元に来た。ベルによく付きまとっていた三人組だ。僕は彼らに従うしかない。学園の屋上へと襟首を掴まれて連れていかれる。力は使えない。ここは力を使う場面ではない。僕の力は必要な時に使う。力をひけらかすのは得策ではない。Eクラスの僕はAクラスの彼らに逆らう術を持たない。それが学園という閉鎖された世界の秩序なのだから。その秩序を乱すことを僕は進んで行わない。何か特別なイレギュラーでも起こらない限り。


「ストル、お前。なんでベルさんが休学してるんだよ。何か理由、知ってんだろ?」


 脅すようにドスの利かせた声をかける少年。ベルは太陽みたいな存在だ。ベルの明かりに憧れる者は多い。目の前の少年もベルに好意を抱いているメンバーの一人なのだろう。少年は僕の名前を知っているようだが僕は彼の名前を知らなかった。知る機会もいらない。


「実は僕が魔物に襲われてね。ベルが庇ってくれたんだ。それでその怪我が予想以上に重かった。だから、ベルは休学したんだよ」


 嘘は言っていない。ケルベロスの事を詳しく話す必要はない。僕の所為だ。


「お前、それ本気で言ってんのか?」


 少年が目を細くして僕を見る。取り巻きの連中も僕を害虫のように見ていた。


「ああ、そうだよ」


 僕は無表情でそう言った。そして数秒後殴られる。少年達の顔は怒りに染まり激昂して言った。


「お前! ベルさんには未来があるんだ! お前のような雑魚とあの人は違う! お前の存在が迷惑なんだよ! いつもベルさんの足を引っ張りやがって! お前の所為でベルさんが!」


 高いステータスの少年達に殴られ、蹴られる。中々痛い。ベルがいれば絶対にこんなことは起こらない。ベルがいないだけで僕の学園生活はここまで荒れる。今までベルに守られて学園生活を僕は生きてきた。ざまぁないな。僕にはお似合いの溝鼠のような人生だ。

 そこでふと救済が入る。少女の声だった。


「やめなさい、貴方達」


 そしてベルがいないからこそ、彼女が声をかけてきた。僕はこの時彼女の名前を知らなかった。単なるベルの友達としか認識していなかったんだ。男達は乱入する少女を睨む。


「お前、ベルさんの友達だろ? ダチだったらこいつが許せないと思わないのか?」


 魔法学園の屋上。風で揺れる銀色の髪を押さえながら美しい容貌をした少女は言った。


「友達だからこそ許せないのよ。ベルはその男が傷つくことを望んでいない。それとも貴方達はベルに嫌われたいのかしら? ベルはその男と仲が良いのよ。よく考えなさい」


 少女にそう言われた少年達が舌打ちする。少女もきっと彼らと同じAクラスなのだろう。そういえばベルの側で銀色の髪をした子をよく見かけていた気がする。ベルは僕に気を遣ってAクラスのことをあまり話さないから、やっぱり少女の名前は分からなかった。


「興が醒めちまったぜ。————お前、ベルさんと仲が良いからって調子に乗るなよ」


 少年達は乱入してきた少女に吐き捨てるように言った。少女も強気に言い返す。


「ご忠告どうも。貴方もベルに好かれたいのならアプローチの仕方を変えることね」


 少年達が苛立ちを隠そうともせず、屋上から退出する。流石にクラスメイトの前で僕を堂々と私刑にかけるのはまずいと思ったのか。

 何れにしても僕と少女の二人になった。何か気まずいな。友達の友達って凄く苦手だ。でも声をかけないわけにもいかない。だから僕は少女に声をかけた。お礼は言わなきゃね。


「あの、助けてくれてありがとう」


 一瞬だけ敬語で話そうか迷った。思えば僕はベル以外の女の子と会話をしたことがない。しかし、同学年なのに敬語で話すなんてありえない。何を混乱しているんだ、僕は。


「助けた? 違うわ。ここは私のお気に入りの場所なの。胸糞悪い光景を目にしたから少し出しゃばってしまったけどね。つまらない」


 お気に入りの場所って屋上か。放課後なのにここに来るなんて屋上が余程好きなのかな。


「はは。それでもありがとう。君が庇ってくれなかったらもっと酷い怪我になってた」


 この怪我はベルを守れなかった僕の責任だ。どれだけ痛めつけられても構わなかった。でもベルより怪我を多くすることは出来ない。ベルにだけは絶対に心配をかけさせたくないからね。ベルには夢を追っていて欲しい。


「礼には及ばないわ。それにしても貴方情けないとは思わないの? 女の子に庇われるなんて男として論外よ。いつも思ってたけどね」


 いつも? 向こうは僕のことを結構見てくれてたのかな。ベルの友達だから無理もないか。ベルはなるべく僕の側にいてくれるから。


「うん。そうだね。でも僕は弱いから。どれだけ努力してもステータスは上がらないし」


 僕自身は非才の身だ。鍛錬のおかげで体力こそ無駄に多いが、称号に助けられている。いつかは称号に頼らずとも強くなってみせる。それが力を得た時に誓った考えだ。でもそれまでは審判を下す者の名を借りるしかない。僕は恵まれている。力は常にあった。あとは自分を磨き続けるだけで誰にも到達できない段階にまで足を踏み入れることが出来る。ステータスランクSのその先へ行ける可能性もあるかもしれない。そんなものの存在はお伽話に過ぎないけれど、そんな話を聞いたことがあった。


「なら努力が足りないんでしょう。ベルは一年で大分ステータスを上げたわ。魔法学園の全てを利用してベルはのし上がったのよ」


 ははっ、正論だな。でもお金も稼がないといけない。鍛錬だけに時間を割けないのだ。ベルはよく知らないようだけど、魔法学園に通うのもお金がかかる。ステータスが優秀な者しか奨学金制度なんて利用できない。ベルと僕の入学時のステータスはあまり高くなかった。だからこそ、奨学金制度を利用できなかった。学園側もゴミはいらないのだろう。それでもベルは努力した。のし上がったのだ。ベルはただ前を見ていればいい。僕はベルの後ろでひっそりと生きていければいい。ベルの前に進むその眩しさが大好きなんだから。


「うん、ぐうの音もでない正論だね。僕も頑張らないとなぁ。ところで君の名前を教えて欲しいな。恩人の名前くらいは知りたいよ」


 僕にそう言われ銀髪の少女は目を丸くする。


「貴方、私の名前も知らないのね」

「うん」


 知らないものは知らないからね。ステータスを見るのも何となくあれだし。


「ベルから少しでも私のことを聞いたりしなかったのかしら。まあいいけど、少し癪ね」

「ベルは自分のクラスのことをあまり話さないからね。僕がEクラスに在籍してるし」


 ふぅんと少女が鼻を鳴らす。


「私の名前はイリス・アメリア・レインズフォルスよ。一応、よろしくとでも言うわ」

「ああ、ありがとう。イリス。それともレインズフォルスさんと呼んだ方がいいかな」


 屋上にあるコンテナにイリスが登りながら言う。スカートからパンツが見えちゃうよ。


「別にイリスで良いわよ。名前には執着してないし。身分や家がどうであれ、どこまで行っても私は私だもの。個人に過ぎないわ」


 イリスが王都の景色を見てそう言った。


「イリスは達観してるんだね」

「そうかしら。私には分からないわ。私の考え方は産まれた時からこうだったから」


 どこまで言っても人は個人か。イリスの考え方は強者の考え方だ。尊敬するよ。

 僕もイリスに倣うように屋上から王都を見ていた。視線の先にはミネルヴァ女王陛下が統べる秩序の世界である荘厳な王城があった。僕は目を細くしてその城を見ていた。


 *****


 イリスと少し話したその夜。人の気配もまばらな夜の学園の廊下を僕は闊歩していた。


「強い力の気配が一つあるな。今までの僕では気づけなかったが、どうやら大きな力には敏感になれるようだ。捨て置くとしよう」


 そう言って僕はその部屋の扉を開き、まるで自分の玉座のようにその部屋の黒椅子に堂々と座る。机に足をかけ、尊大に座っていた。

 しばらくして二人のアホ面の男達が入ってきた。一人はこの学園の長。好々爺そうに見えて何を考えているか分からないジジイだ。もう一人は若い少年のようにも見える黄色の髪の男。どこかで見た覚えがあるな。


「こいつ、は」


 黄色の髪の男がそう言って僕を愉快そうに見る。僕も彼に呼応するようにゆっくりと笑った。

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