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和風のシリーズ

雪は空に舞う

作者: 入江 涼子

しんしんと雪がふりつもる。

小さな女の子はその中をひたすらに歩き続けた。手や足はしもやけのせいで赤くはれて感覚は失われている。

そんな中でも女の子は自分が行かなければいけないところを目指す。

お父さんとお母さんから、雪山の守り神の話をきいた。それによると守り神はどんな病気もけがも治してしまう薬を持っているらしい。

女の子は名前を風花(ふうか)といった。

風花には一人だけだが妹がいる。名はかおるといっておとなしく、気が弱い性格をしていた。

そのかおるが二日前から高い熱を出したのだ。お医者の先生にみてもらったが、特効薬(とっこうやく)はなく、ただおなかにやさしい食べ物や十分にやすむことくらいしか治し方はなかった。風花の家は村の中でもびんぼうで日々のくらしは楽なものではない。

それでも、なんとかためたお金でお医者の先生をとなりの村からよんだ。先生はかみの毛に白いものがまじったおじさんでめがねをかけちおだやかそうな人であった。

白いシャツとはかまに白いうわぎをかさねている。そんな先生はかおるのおでこをさわったり、みゃくをはかったりしてみてはくれた。

だが、先生はくびを横にふる。

『…この子のかかった病気はやっかいなものだ。たしか、とおいところではやったてんねんとうだろうな。まわりの人たちにうつるかもしれない。薬をわたしておくがきくかはわからないよ。運がよければ、治るかもしれん』

先生はまゆをしかめながら説明をしてはくれた。だが、治るみこみはうすいらしい。

『先生。かおるはまだ、やっと八才になったところなんです。何とかならないのでしょうか?』

なみだを流しながらお母さんが先生にといかける。

先生は仕方ないとためいきをついた。

『…よぼうせっしゅを受けていれば、はなしはべつなんだが。この子はしていないのだろう?』

お父さんが気まずそうにうなずいた。

『ならば、あなたがたにはわるいが。この子の体力しだいだな、治るのは』

そう口にした後、先生は失礼しますとだけ告げて薬だけ置いて風花の家を出ていった。



昨日の夜のことを思い出しながら、風花は寒い中、やっとのことで一つのほら穴を見つけた。

(ここだわ、守り神の住んでおられるほらあなは。たしか、百年前に人になった氷の精霊がいてあたしたちの村の近くにきていたと長老様がいっていたっけ)

そう、風花の村は白雪村(しらゆきむら)とよばれていてむかしからふしぎな言い伝えがあった。

それによると、雪や氷の精霊がいてむかしは人里にもこっそりとあそびにきていたらしい。守り神はその精霊たちの(おさ)であり、天気を変える力も持っているというのだ。

そんな精霊の中でも変わり者の子がいて、氷の精霊のくせにお日様に会いたいといっていたという。お日様に照らされると、とけてなくなってしまうというのに。

それでも、精霊はあきらめずに守り神のほらあなに行き、人になれる薬をもらった。そして、人になれたが最後にはもとにもどってしまい、精霊は両親や兄弟たちにしかられてしまう。

お日様はそんな精霊をみかねて彼女の前に姿をあらわしたそうだ。精霊はお日様に礼をいって、事なきをえたが。

長老はふしぎな力を持っていたらしい村のお社の巫女(みこ)さんにその話をきいたという。

風花は長老やお父さんたちからおしえられた言い伝えを信じていた。だから、かおるが熱を出してしまったことにたえられなくて外へ出てみたのだ。

雪が降り、風も吹く中でほらあなに近づいた。

「…守り神様。あたしは風花といいます。妹のかおるがてんねんとうにかかってしまって。あの子の病気を治したいんです。もし、よろしければ、願いを聞き届けてください」

真面目に願いをいってみた。けど、何も起こらない。

やはり、だめだったか。あの言い伝えはうそだったのかもしれない。そう思って、きびすをかえした。

だが、風花のほっぺたやあたまになまあたたかい風が通りすぎていく。

「…待て、そこのむすめ。かえるつもりか?」

低い声が風花を呼び止めた。

ゆっくりとふりかえるとそこには銀色(ぎんいろ)の長いかみの毛とおなじ色の目をした男の人が立っている。

とても、きれいな人でみたかんじからすると風花よりも年上らしいお兄さんだった。年からすると十八か十九才くらいだろうか。せたけも高く、すらりとしたかんじのお兄さんだ。

風花は思ったよりも若いお兄さんがあらわれたのでおどろいて口をきけなかった。

「むすめ、どうした?」

お兄さんがふしぎそうなかおで問いかけてくる。

「…あの、山の守り神様のほらあなはここですよね?」

風花は問いかけられているのにそれには答えず、問いかけをまたしてしまう。

すると、お兄さんはためいきをつきながらうなずいた。

「そうだ。ちなみに、わたしがここのほらあなの(ぬし)だ。先代の神はわたしの父でな。氷花という氷の精霊に薬をわたしたことがあったか」

薬ときいて風花はすぐにぴんときた。

「氷花ちゃんて長老様がいってた氷の精霊のこと?」

「…長老というのがだれかはわからないが。たしかに、氷花はわたしの父が人になれる薬をわたした氷の精霊だ。むすめも氷花と同じように人になりたくてきたのか?」

「いいえ、ちがいます。あたしはもとから人です。ただ、妹の病気を治したくてきたんです」

きっぱりと答えるとお兄さんこと守り神はふうむとあごをなでさすりながら考え込んでしまう。

しばらくして、雪はやみ、風もなくなっていた。

守り神は風花に手招きをする。

「むすめ、名を風花といったか。ならば、わたしがこれからいうことができるのだったら。(やまい)を治す薬をやろう。できなかったら、お前の記憶を消す。それがこの山でのきまりごとなんでな」

風花はうなずいた。守り神につづいてほらあなの中へ入ったのであった。



ほらあなは人がひとり通れるほどの高さがあり、広くはあった。守り神が手にともしたまぼろしのほのおがあたりを照らす。

それをたよりに風花は歩き続けた。

足はいたくはあるがふしぎと寒さは感じなかった。「むすめ、このほらあなのおくには、はたおりきと糸車(いとぐるま)などの道具がある。それらを使い、お前がはたおりをして着物を作るのだ。おびもおるのだぞ。それができるまではおくから出てくるな。できあがったら、おくにいる白いはやぶさに言え。それがとんで、わたしに知らせてくれる」

「…あたし、縫い物はできますけど。糸車とかの使い方はわかりません」

風花が不安そうにいうと守り神は苦笑いした。

「だったら、おくにははたおりをする精霊がいる。そのものに使い方を教わるがよい。ただし、手伝ってもらうのはなしだぞ」

そういわれたが風花は腹をくくろうと思ったのであった。



おくにたどり着くと守り神は入り口へ戻っていき、風花ひとりだけがのこされた。仕方なく、糸車の針の先に綿をさした。

知らないとはいったが風花は糸車をうごかしはじめる。

手が勝手にうごくのだ。

『風花。わたし、名前をつららというの。姿はみえなくても仕方ないけど。糸つむぎやはたおりの仕方を教えてあげる』

ひそやかにきこえてきたのはわかい女性の声だった。つららといった女性は精霊らしい。

しかも、氷の精霊だという。

風花はつららに糸つむぎのやり方やはたおりのやり方を教えてもらった。そのとおりに手を動かして、少しずつおりものはできあがっていく。

糸つむぎをするために糸車を動かすとからからと音がなる。その音がなりやむとはたおりのきいぱたんという音だけがほらあなの中にひびいていた。



あれから、どれくらいの時間がたったのか。つららに教えられながら、風花は着物をおりつづけた。きい、ぱたんとはたおりの音だけがなる。

『風花。わたしは教えることしかできないけど。無理はだめよ』

つららに注意をされて風花は手をとめた。

思ったよりも手や足がつかれている。

それでも、着物のもとになる布は半分しかできていない。休むわけにはいかなかった。風花は今年で十五才になる。

妹のかおるはだいぶ年のはなれた妹だけに風花はかわいがっていた。そんなあの子をこんなかたちでなくしたくない。

しもやけのせいで赤くはれた手や足を動かしてまた、はたおりをする。

風花のこしまである黒いかみと同じ色の二重の目。つららはそれをみながら、妹の氷花を思い出した。

(…あの子、氷花ににている。それに妹がいるといっていた。わたしと同じだわ)

心配になりながらもつららは風花をみまもっていたのであった。



風花ははたおりを終えた。真っ白なみごとな布ができあがっていた。

それを針と糸で着物に仕立て上げていく。ひとはりずつ、ていねいにする。

着物ができあがったがおびも作らないといけない。

もういちど、糸つむぎをしてからはたおりにかかる。

風花はほらあなに入ってから長い時間をかけて着物とおびを作り上げた。おびは白に雪の結晶(けっしょう)がししゅうされたもので着物も同じ白い色である。

風花はおくのすみっこにとまり木があるのをみつけた。その上には白いはやぶさがとまっている。

はやぶさにこういった。

「…守り神様。着物とおびができました。出ていいですか?」

すると、はやぶさがすごいいきおいで羽ばたいた。

羽があたりにちらばり、目をあけたらはやぶさはすでにいなかった。

守り神のところにむかったらしい。

風花は守り神がくるのをまった。


しばらくして、守り神がおくにいる風花のもとにやってきた。

「…むすめ、いや。風花、着物とおびはできあがったか?」

「はい。こちらがそうです」

風花がさしだした着物を守り神は手にとった。

「ほう。なかなかのできばえだな。よかろう、薬をわたしてやる」

守り神はそういって、おくのかべのそばにおいてあるつぼのふたをあけた。そして、みどり色のものを手に持った小さなつぼにうつしかえる。

まんぱいにすると布でふたをしてひもでしばった。

「これはわたしが作った薬だ。てんねんとうにはきくが重い病の時にしか飲ませるな。かるい病の時にのませるとしんでしまいかねん。気をつけろ」

「…わかりました。ありがとうございます」

風花はふかぶかと頭を下げた。

そして、ほらあなの出口を守り神にあんないされながら、後にしたのであった。


風花はほらあなを出るとまっすぐに家に帰った。夜中だったのに、すでに日はのぼっていて朝になっている。

雪はやんでおり、つもったそれらをふみしめながら急いだ。しばらくして、村に入った。

村のはずれの家にたどり着くと戸をあける。

そこにはまぶたを赤くはれあがらせたお母さんと痛ましい顔のお父さんがいた。二人は戸口に立つ風花をみておどろいた。

手や足を真っ赤にさせ、目も赤くじゅうけつしてかたにはうっすらと雪がつもったむすめがそこにいたからだ。着物はぬれている。

体をひえきらせたむすめに二人はかけよった。

「…風花!」

お父さんがよびかけると風花はうっすらと笑いかけた。

「ただいま、お父さん。お薬をもらってきたよ」

がらがらになった声でそういうとお父さんに風花は両手に持っていた薬のつぼをさしだした。お父さんがうけとると風花は土間から板間(いたま)にあがった。そして、ねこんでいるかおるに近づくと両手をにぎりこんだ。

「…ただいま、かおる。お薬をもらってきたから。これで治るよ」

高い熱のせいでねむりこんだかおるは答えない。苦しそうにいきをするだけだ。顔や手足などには赤いはっしんができている。

風花はそれをいたましげにみながら、ねむりこんでしまった。その後、風花にいわれたとおり、お父さんは薬をおゆにとかしてかおるに飲ませた。すると、かおるの熱は下がり、赤いはっしんやほかのしょうじょうもまたたくまになくなった。そのかわりに風花はまる一日、ねこんでしまう。

ふたたび、みにきてくれたあのとなりの村の先生はまゆをしかめながら、おこった。

「…まったく、妹さんが病だというのに君までがたおれてどうするんだね。さいわい、妹さんはだいぶよくなってはいるけど」

かたわらにすわるかおるをちらとみながら先生は風花の熱をはかる。

「…お姉ちゃん、だいじょうぶ?」

かおるが問いかけると風花はにっこりと笑った。

「だいじょうぶ。かおる、ありがとう」

そう答えるとかおるはほっとしたように笑った。だが、先生はふきげんなままだ。

「…こら、君。はんせいしていないだろう。これからはあんな雪山には入らないように。ご両親はひどくしんぱいされていたぞ」

先生はそういいながら、かばんから薬をとりだした。

先生はお父さんから風花が夜中に勝手に雪山に行ったことを聞いている。だから、ひどくおこっていたのだ。

それをきいた後、風花はお父さんやお母さん、先生からこっぴどくしかられた。

そして、今にいたる。あれから、二日はたっていた。

先生はしもやけではれあがった風花の手や足などにきくぬり薬と体のつかれをとりのぞいてくれる粉薬を出してくれた。

『まったく、むてっぽうなむすめさんだ。こんどから、こんなまねをしないように注意しといてください』

あきれながらも先生はちりょうをしてくれる。お父さんがお金をはらおうとしたら、いらないといわれた。

『…先生?』

『こんかいはむすめさんの心意気(こころいき)にめんじてただにしておくよ。そのかわり、むすめさんたちには体をだいじにするようにいっておいてください』

そういいながら、先生は自分のしんりょうじょに帰っていった。



しんさつが終わると先生はじゃあなといって風花たちの家を後にした。かおるは風花のかたわらに薬の入ったふくろをおく。

「お姉ちゃん。はやくよくなってね」

「うん、わかったよ」

二人してそんなはなしをしていると戸がどんどんとたたかれた。

お父さんが戸をあけるとそこにはせの高い一人の男がたたずんでいる。

「…あんた、どちらさんかな?」

お父さんが問いかけると男は答えた。

「わたしは雪山に住んでいる木こりだ。こちらにわかいむすめさんはいないか?」

「いきなりなにかと思えば。たしかに、うちにはむすめはいるがな」

「…そうか。むすめさんがわすれ物をしたんでな。とどけにきた」

あっけにとられるお父さんをよこめに男は中に入る。

そして、ねこんでいるむすめ、風花をみつけてにこりと笑う。

「むすめさん。わたしをおぼえているか?」

風花はききおぼえのある声におどろいた。

そこにはかみの毛と目の色はちがうもののきれいな顔立ちの守り神がわらみのとわらぐつをみにまとった格好でたたずんでいた。

「…あなたは。あたしに会いにきてくれたの?」

「そうだ。お前の作った着物とおびはみごとだったからな。これを花嫁衣装(はなよめいしょう)にしたらいいと思って。届けにきた」

そういいながら、守り神は風花のねどこのそばにあの雪の結晶のししゅうが入った着物とおびをおいた。

かおるやお母さんは着物とおびのできばえのみごとさにおどろいて声が出ない。

「…ありがとう。わざわざ、持ってきてくれたんですね」

「お前へのちょっとしたごほうびだ。よくがんばったな」

守り神は風花のかみをそっとなでた。

その手はひんやりとしているがふしぎと心地よいものだった。

守り神は風花のかみから手をはなすと立ち上がる。わらぐつはぬいでいたがふたたび、はいた。

「…では、わたしは帰る。風花、たっしゃでな」

そういって、守り神はいちじんの風をのこしてその場をさった。

風花はそれをせつなげに見送った。



あれから五年がたち、風花は二十才になっていた。

風花はつい、二ヶ月前に二つどなりの村長の息子に嫁入りしていた。嫁入りの時に守り神からおくられた着物とおびを着付けていた。

その姿をみた息子は風花をたいそう気に入った。

そして、夫婦(ふうふ)になった二人はなかがよく、よくはたらいた。風花は息子との間に五人もの男の子をもうけてしあわせに暮らしたという。

男の子たちに風花はあの守り神のふしぎなはなしを夜語りにきかせてあげた。

すると、こどもたちは楽しそうにきいていた。ねむりについてしまうと風花はそっと立ち上がる。

障子ごしに白い月の光がさしこんでいた。風花はまぶたをとじると守り神を思い出した。

かんしゃとほんの少しのこいごころ。けど、それにそっとふたをする。

風花はかなしげに笑いながら障子をあけて外へ出た。月に照らされながら雪が空に舞っていた。

それをみあげながら、むかしに思いをはせたのであった。

おしまい

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