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07 : ヴァントルテ戦神が影の弱み。





 領地の見回りは、できるときにできる限りやっているので、一月に幾度も見回っていることもあれば、数か月も見回って歩かないこともある。レンが見回れないときはヒヨリが、或いは家宰ドゥーグが、定期的に領地内を歩いてくれるのでレンに領地の不安はない。

 アレクノ公爵家の領地は、緑深い山がある田舎だが、王都へは馬で三時間もあれば到着できるほど、実は近い。生活水準も、田舎であるのにも関わらず王都に近いため、それなりに高い。王都の人々が食すものを生産している土地ゆえの、農業主体の田舎となっている領地といえばいいだろう。


「害虫被害か……農薬の手配は追いついてるのか?」

「無農薬がいいって、できれば頼りたくないってんで、農薬の手配は間に合ってる。おれも、無農薬がいいと思うからな」

「身体を考えれば無農薬がいいに越したことはない。だが、そこに拘っていては冬を越せない」


 レンは、夕べのうちにヒヨリから渡された領地内の報告書を流し読みし、翌日になってヒヨリと馬で領地内を歩いているが、こうして見て回ると領地内のことがよくわかる。

 今年は去年ほどの収穫が見込めない、とヒヨリが初めに言っていたように、あちこちで害虫被害に遭った畑を見かけた。畑を前にして落ち込んでいる領民もいて、状況を聞いて慰めはしたものの、レンが領民にしてやれることは少なく、力を貸すと言っても税率を引き下げることくらいしかできなくて、レンも次第に落ち込んでいった。


「今のままでも冬を越せないことはない。苦しい生活にはなるだろうが」

「つらいばかりなのはいやだ」

「それでも農薬には頼りたくないんだよ」

「……わたしにできることは、ほかにないのか?」

「領民が頼ってきたら、招けばいい。そのために加工品の食糧庫があるんだろうが」

「どれくらいもつ?」

「領民の冬を護れるくらいには、確保できる」

「冬はアレクノを頼れと言うしかないか……」

「うちはおまえの稼ぎをあてにするから」

「……フロランの番いが欲しかった」

「まだだいじょうぶだろ」


 雌山羊の番いをもらいたかったのに、そのために資金も溜めていたのに、今年は畜産の規模拡大を見送るほか打開策がないようだ。


「すまない、フロラン……可愛いお嫁さんを見つけてやるから、我慢してくれ」

「フロランは雌だ」

「フロランならきっといいお父さんになる」

「立派な母さんになるだろうよ」

「フロランの嫁探しを来年に預けて、それで今年はどうにかなる?」

「フロランの婿探しは再来年まで預けても平気だ。そもそも、一や二の買い取りではないだろ」

「家族が欲しい」

「は……」


 なに気ない会話で、なに気ない言葉だったのだが、馬上のヒヨリが唐突に歩みを止めたので、わざわざ馬の足を止めてまでの呆け方にレンは首を傾げながら自身の馬も止めた。


「? フロランも、ずっとひとりでは寂しいだろう? 家族が欲しい」

「あ……ああ、そうだな」

「? わたしはなにかおかしなことを言ったか」

「いや、違う。気にするな、なんでもない」


 首を傾げて見つめるレンから、ヒヨリはさっと視線を外した。なにかを誤魔化したのは明らかだが、なにを誤魔化したのかわからない。


「……レン」

「なんだ」

「寄り道して行く。おまえは先に行っててくれ」

「わたしもつき合う」

「ロイスじいさんのところだ。おまえ、あのじいさん苦手だろ」

「う……」

「商店街のほう、見回っておいてくれ。食堂で合流しよう」

「わかった。ロイス翁には、頼むからわたしの前に現われてくれるなと、伝えておいてくれ」

「無駄だと思うが、わかった、伝えとく」


 話題になることすら避けるほどの誤魔化し方ではあったが、ロイス翁の名を出されては追究もままならない。レンはロイス翁が苦手だ。悪い人ではないのだが、レンを見かけるたび意味不明な問答をしようとするので、ロイス翁の言いたいことが理解できないレンは必然的に彼が苦手になってしまったのだ。


「三十分くらいで追いつくと思うが、おれより先に食堂に着いたなら注文も先にしておいてくれ。なに食うかは、任せるから」

「甘味も食べていいか?」

「いいけど、あとにしろよ。おれの分も頼む」

「うん。では、先に行っているぞ」

「ああ、また三十分後な」


 ちょうど道が二手に分かれる地点で止まっていたので、レンはヒヨリが走り出したのを見送ると、自分も鐙を動かした。


 各種の店が集合している商店街は、酒場や宿屋ももちろんあって、なん軒かの食堂もある。領地内でもっとも治安の悪い場所ではあるが、荒廃しているわけではないので、もっとも活気が溢れている場所でもあった。

 馬を歩かせながら商店街に向かいつつ、レンはヒヨリがなにを誤魔化そうとしたのかを考える。嘘をつくことはないので、本当に気にするほどのものでもないのかもしれないが、ちょっとは気になってしまう。嫌な思いをさせるようなことを言ってしまっていたなら、謝りたい。謝って済むことではないなら、誠心誠意、無知であった罪を償いたい。

 つらつらと考えながらゆっくりと馬を歩かせた。


「アレクノ=レンドルア・エクトシアだな」


 はたと、それに気づく。


「……誰だ?」


 いつのまにか、周りを数人の黒ずくめに囲まれていた。

 いや。

 気配にはなんとなく気づいてはいた。ヒヨリを狙うようであれば叩き斬るつもりでかまえてはいたが、どうやらどの気配もヒヨリのほうへ向かわずレンのほうに来ていたので、姿を現わすのを待っていたところだ。


「冷静だな。さすがはヴァントルテ戦神の化身、これくらいでは脅しにもならないか」

「……わたしは脅されているのか」

「女ひとりに対し、男が五人、充分な脅しだと思うが?」

「一振りで充分斬り伏せられるが?」

「それはそれは、恐ろしや」


 おどけたように黒ずくめたちは笑い合う。癇に障る笑い方だったが、そんな安い挑発に乗るほどレンは初心ではない。


「斬り伏せられてしまう前に、では、さっさと要件を述べよう。なに、簡単なことだ。われわれと共に来ていただきたい」

「それはかまわないが、場所による。わたしはこれから妻と食事の予定があるからな」

「ヒョーリ・カンナ=ウェリエスならば、こちらが招待してもかまわないが?」


 黒ずくめに、レンはムッと目を細める。


「アレクノ=ヒヨリ・カンナだ。間違わないでもらいたい」

「これは失礼。だが、かの御仁は未だ国籍がイファラントにあるらしい。われわれは間違えたわけではない」

「……なんだと?」

「それらのお話をしたくてね、できればあなたにはわれわれと同行してもらいたい。いかがだろう?」


 狙いはヒヨリか、レンか、どちらかわからなかったレンだったけれども、ここまで聞けば明らかに狙いはヒヨリで、そのためにレンを潰そうとしているということがわかる。

 噂が噂で済まなくなったか。

 そう思うと複雑だが、この黒ずくめたちが先にヒヨリに手を出すことなく、レンを潰そうと動いてくれたことには感謝する。

 しばらくヒヨリをひとりで出歩かせないほうがいいな、と決めてから、レンは腰に提げている剣の柄を握った。


「選べ、大地の申し子たちよ。わがヴァントルテの戦神(いくさがみ)が影、レンドルアの剣を受けるか、否か」

「おお、これが噂に聞く戦神と相対の掛け合いか。答えねば男が廃るな」

「選べ、大地の申し子よ」


 柄を握った手に力を込め、なにか少しでも動きがあれば鞘から抜き出せる状態にするも、黒ずくめは唇を円弧状にして笑うだけだ。


「否や。戦神に敵おうなどとは思っていない」

「では引け。わたしの前に立つ資格がない」

「勝つつもりがないだけで、目的は変わらない。そうだな、武力には頼らない、と言っておこうか」


 黒ずくめの言葉に、レンは首を傾げる。そもそもレンの剣を前に怯まない人間は少なく、それだけで黒ずくめたちの度量は知れたものだ。

 イファラント王妃が放った刺客か、或いは。

 レンに勝つつもりがないというのに、絶対的な勝利を確信している黒ずくめたちに、レンは迷うことなく剣を鞘から抜いた。


「覚悟があると見た。わがヴァントルテが戦神に栄光あれ」


 鐙を蹴る。怯みもしない黒ずくめに一閃を構え、柄を握る手に力を込めた。


「あんたのその、正々堂々とした戦い方が、隙を生じさせる」


 にやりと笑った黒ずくめを見たのは、それが最後だった。


「が…ぁ…はっ」


 なにが起こったのか、わからない。

 ただ、レンにわかったのは、黒ずくめに向けた一閃が、まったく届かなかったという不可解な事象が起きたことと、そうなった原因と思われる、異常な視界の揺れだ。


「魔力酔いは、かなり気分が悪いと聞く。まあ、まだ意識があるというだけ、さすがは戦神だ」


 黒ずくめの声が遠くから聞こえる。そう思ったときには、レンは馬上の人ではなくなっていた。

 どさりと地面に叩きつけられた小さな体を、誰かが助けてくれることはない。打ちつけた痛みに顔をしかめながら、レンは揺れの収まらない視界でどうにか、黒ずくめを見上げる。


「なる、ほど……わたしの苦手な、法石を……持っている、のか」

「あんたが鎧を身に着けてくれていなくて助かったよ」


 鎧の破損に機敏な反応を見せたヒヨリに、あとで謝らなければならないだろう。

 本当にわたしは、鎧を過信していた。己れの魔力も、過信していた。

 あの鎧には、レンがどうしても受けつけない法石からレンを護る、拮抗する魔石が組み込まれた特殊なものだ。法石には魔石でしか対抗できないから、そのための魔具でもある鎧なのだ。

 失敗した。こんなことになるなら、もう一つくらい、装飾具に加工した魔石の魔具を用意しておくのだった。


「なぜ、知っている……わたしの、その、ことを」

「鳴法石に酔う奴なんて、そうそういない。鳴法石はそもそも、産出量も少ない地味に高価な法石ではあるが、害があるものではないからな。むしろ装飾としての役割しか、鳴法石には価値がない。そんなものに酔う奴なんて、あんたくらいだろう」


 遠くに聞こえた黒ずくめの声が、僅かに近くなる。どうやらあちらも馬上の人ではなくなったようで、レンの視界のすべてが闇に覆われた。


「おとなしくしていてくれたら、乱暴にはしない」


 そう言った黒ずくめの声が、異様に優しく聞こえたのは、気のせいなのか。

 自分の力ではない力で体が地面から離れると、いっそうひどくなった視界の揺れに、レンは嘔吐しそうになった。どうにか咳き込むだけに抑え込んだが、今まで忘れていたくらい魔具に頼っていた体は、久しぶりのその感覚に意識を奪われていった。







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