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32 : おまえは許してくれるだろうか。

*ヒヨリ視点です。

 閑話っぽいので、スルーしてもかまわない内容です。

 すみません……。





 この手に帰ってきたレンは、僅かな食事のあと、昏々と眠り続けている。もともと身体が小さいレンは、魔術で身体強化して常に生活しているため、術が切れたあとの反動がひどいのだ。

 全身をヒヨリに預け、くったりとした小さな身体は、腕に抱きしめれば抱きしめるほど、その小ささがわかる。こんな小さな身体で、鎧をまとって戦場に立ち、負けることを許されず誰よりも強くあらねばならないレンは、実はこんなにも小さいのだと、ヒヨリ以外は気づきもしない。


「レン……」


 確かないとしさが芽生えたのはいつだっただろう。出逢った当初は確かに「変な女」で、女と気づくまでに時間がかかったくらいだった。それでも今はこんなにもいとしさを感じるのだから、人とは変わるものだ。


「ヒョーリ奥さま、奥さまも食事をなされてください。今後、なにが起きるかわかりませんので」


 レンを取り戻すためについて来てくれた侍女シュナに、ヒヨリも僅かばかりの食事を促され、レンを懐に抱いたままさっと済ませる。ヒヨリの向かいでは、王子エンリももくもくと食事していた。


「……よく食うな」

「む? うむ、魔術と治癒術を併用すると、腹が減るのだ」

「イチヒトは?」

「モトエと話をしてくるそうだ」

「ひとりで? だいじょうぶかよ。シュナを」

「いや、だいじょうぶであろう。そもそも気になっていたのだがな、モトエからは敵意を感じぬ。おれの強運は、どうやら効力を発しておるようだぞ」


 危険はないだろう、とエンリは断言し、暢気なものだ。イチヒトが、エンリの危険回避能力は信じていいような話をしていたから、この場はまず安心していられるのかもしれない。しかし、この先を考えると、面倒かつ厄介なことが待ち受けているだろうことは明白だ。


「そちらこそ、よく眠るな?」

「ん? ああ……身体強化の魔術が切れたんだろ。一定期間は術が切れないようにしてあるからな。だから、これは反動だ」

「ふむ……あれだけ魔力の乱れを起こしておきながら、その術だけは消えなかったのか」

「これはもともと非力だ」

「む? 非力だと? 戦神が?」

「身体強化していないこれの活動限界は、二日くらいだ。すぐに寝る」

「……遊び疲れたらすぐに眠る子どもみたいだな」


 上手いことを言うエンリに、そんな感じだな、と答えておく。


「つまるところ、戦神は常に身体強化をしているからこそ、日々の生活できるということにならんか?」

「小さいんだから当たり前だろ」

「おまえは戦神を小さいと繰り返すが……そういう意味だったのか?」

「どういう意味だよ」

「そのままよ。おれとさして変わらぬではないか……と、自分で言ってて空しいが」

「小さいだろ」


 大きく見えるのか、とエンリに問えば、レンとほぼ体格が似ているエンリは、認めたくなさそうに顔をしかめながらも頷いた。


「おれも無理はできんからな。身体に見合わぬことはやめろと言われる」

「王子は成長途中だからな。そりゃそうだろ」

「おれとしては早くイチヒトを追い越したいのだが」

「泣きを見るぞ」

「それはいかんな」

「そんなに焦らなくても、イチヒトなら、わかってると思うぞ。前にも言ったが」


 そういえばじっくりとエンリを見ていなかったな、とヒヨリは改めてエンリという王子を頭の天辺から足先まで眺める。

 エンリの特徴的な赤茶色の双眸は、王族ゆえのものだったと思う。エヌ・ヴェムトに多い瞳ではあるのだが、王族ほど濃い色はではないらしい。黒みがかった赤い髪は、それは王妃から譲られたものだそうで、兄である王太子や姉の王女は、またそれぞれ色味が違っていると聞く。幼さを多分に残した顔は、身体もそうだが、数年後が期待される。細身ではあるが、ヒヨリよりも逞しくなるだろう。


「なんだ?」

「……いや、王子は、イチヒトが好きなんだろ?」

「おう!」


 即答なうえに力強い返事に、思わず笑みがこぼれた。


「あれはおれの嫁だ! 城ではなにゆえか男に勘違いされておるがな!」

「は?」

「性別不明らしいぞ!」


 食事を片づけお茶までどうやったのか用意しているシュナが、がちゃん、と茶器を取り落している姿を見れば、イチヒトが勘違いされているのは一目瞭然である。


「あ、あ、姉上さまでいらしたのですか」

「姉だよ」

「……も、申し訳ありません」


 シュナにしては怪しいほど挙動不審になっている。ということは、シュナは完全にイチヒトの性別を間違えて認識していたのだろう。

 しかし、それもわからなくはない。姉だ、と認識しているヒヨリでさえ、たまにイチヒトが兄に見えるのだ。上の兄と話しているとき、たまにイチヒトと話している気になることもあった。


「声でわかるもんだがな……」

「イチヒトは、女にしては低い声だからな。格好も、常に魔術師団の官服だから、あるものも隠されてしまう。なんと勿体ない」

「今ちらっと本音が……気のせいか」

「おれの両手に余るくらいはあるぞ!」

「堂々と言いやがった……て、触ったのかよ」

「……転寝しているところをこっそり」

「殴られろ」

「案ずるな。ばっちり制裁を喰らった」


 だが後悔はない、と胸を張るエンリは、王子としてちょっと残念だと思う。いや、健全な男ではある。


「おれは虎視眈々と狙っておるぞ、常に」

「狙うな、子どものくせに」

「好いた女が目の前にいるのにか!」

「……王子、ほんとに十二歳か?」

「三年後を楽しみにしておれ、可愛い姪を見せてやる!」

「具体的だな、おい」


 たまに遊んでいるようにしか、或いは茶化しているようにしか聞こえないエンリのイチヒトへの想いだが、これでいて本気でイチヒトを振り向かせようとしているのは感じられるので、エンリの想いは本物だ。

 こんな王子に好かれてイチヒトも大変だな、と思ったが、考えてみればヒヨリもレンという変な奴に好かれている。エンリとレンは似ているのかもしれない。


「まあ、イチヒトを幸せにしてくれるなら、それでいいが」

「今も幸せだぞ」

「そりゃよかった」

「……ヒョーリよ、おまえは本当に、反対せぬのだな」

「反対する意味があるのか」

「城の者たちが言うのだ。歳を考えろ、とな」

「考える意味があるのか」

「む?」

「産まれを変えられるとでも?」


 過去は変えられない。時間は巻き戻らない。そういう意味で口にしたのだが、エンリは失言だったとばかりに俯いた。


「すまん……」

「なにが」

「おまえたちの産まれを、変えることなどできん」


 どうやら、双子として産まれてきた、というところに、エンリは引っかかったらしい。


「……おれはイチヒトと双子でよかったよ。おれがひとりだったら……あの空虚な世界で、おれは終わっていただろうからな」


 イチヒトが、双子の片割れがいてくれなかったら、レンと出逢うこともなかっただろう。


「今を、幸福に思うか」

「不幸だったことは一度もない」

「……そうか」

「今はレンもいる。レンがいれば……それでいい」


 息をしているのかと心配になるくらい微動だにせず眠るレンは、いつしかヒヨリの宝物になった。今はもう、レンがいない世界など考えられない。


「おまえが幸せそうでよかった。イチヒトは、おまえをとても気にかけているからな」

「双子だからな」

「おまえが戦神を見つめているとき、イチヒトは嬉しそうだった。礼を言うぞ、ヒョーリ」

「礼を言われる筋合いはねぇが」

「今は黙って聞いておけ」


 エンリは、王子としては残念な感じがある。だが、男としては、充分に魅力的だ。イチヒトがどうエンリを捉えているか、いまいち把握しかねているヒヨリだが、エンリとならイチヒトは幸せになると思う。


「……三年後が楽しみだな」

「はは! 娘はやらんぞ!」

「気が早ぇよ。てか、こっちも娘の予定だ。やんねぇよ」

「うぅむ、いろいろと楽しみでならん!」


 状況が、状況でなければ、エンリのようにヒヨリも笑えただろう。素直に笑えなかったのは、エンリが言う三年後、自分たちがどうなっているかわからなかったからだ。


「……なあ、レン。レン、おれは……おまえと、家族になりてぇよ」


 おまえは許してくれるだろうか。

 未来を、望むことを。

 未来を、描くことを。

 狭い世界から、広い世界に、飛び立つことを。







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