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25 : 疑問。2





 誰を憎んでいるのか、という問いに、モトエは怨嗟の眼差しをイチヒトたちに向けてきた。その対象でなくても、ぞくりとする。とっさにエンリを背に庇ったのも、モトエがエンリを傷つけるかもしれないと思ったからだ。


「あなたの口ぶりから、そうではないと思ったのですが……どうやら間違いのようですね」

「あながちそうでもない」


 ふっと視線をそらしたモトエは、しかしその双眸から憎悪を消すことはなく、口許は歪んでいる。


「あなたは宰相閣下を怨んでいる……そうでしょう?」

「……今となっては、な」

「今は?」

「おれを『影』にしたのはノクティスじゃない。だが、レンを『影』にしたのはノクティスだ」


 モトエはそう言うと、開け放たれた扉の奥へと入っていく。それを追いかけるかは迷われたが、邸にはすでにヒヨリがいて、レンが閉じ込められていることを考えれば、追わずにはいられなかった。

 モトエを追って邸に踏み込むと、そこには濃密な魔力に溢れていた。そのなかにはレンの魔力も混じっている。この邸にモトエのような魔術師が複数いることは、すぐに感じられた。姿は見せないが、こちらが窺っているように、あちらも様子を窺っているのだろう。


「……レンを戦神に仕立て上げたのは、宰相夫妻であるとは聞いています」

「レンの旦那か?」

「ええ。レンは、ヒョーリに己れの身に起きたことを話したそうですから」

「じゃあ、なんでレンが戦神になる必要があったかは、聞いたか?」

「レンドルアという双子の兄がいたからでしょう?」

「おれが使いものにならなくなったからだよ」

「は……?」

「表向き、な」


 モトエは意味深な言葉を並べながら、おそらくはそこにレンがいるのだろうほうへと、足を進めていく。どうやら地下のような場所に、レンを閉じ込めているようだ。二階へと上がる階段の後ろへと回ると、ヒヨリが通ったのであろう扉が開いていて、その足元には地下に続く階段がある。


「とりあえず再会して来い。あんたが本当におれたちの側に在りたいと、そう思うなら、話は長くなるからな」


 モトエは地下へと行く気はないらしく、あとは好きにしろとばかりにイチヒトたちを促すと、邸に入ってすぐの部屋へと踵を返した。


「わたしたちを監視していなくてよいのですか」

「必要ない。あんたくらいの魔術師なら、おれひとりで充分だからな」


 殺すことなど造作もない、とモトエは部屋へと消えた。濃密な魔力も、モトエが部屋へと消えると唐突に薄れる。

 はっ、と短く息をついた。


「……エンリさま」

「なんだ」

「申し訳ありません」

「今さらだ」

「はい。ですが……これで、あなただけでもここから逃がすことは、できなくなりました。わたしは……いえ、わたしの魔力では、彼らに敵いません」

「案ずるな。もとよりおれは、おまえと共に在ることを望んでいる。おまえひとりに背負わせるつもりはない」


 逃げる気はない、とエンリは言った。


「それよりも今は、戦神の安否だ。ヒョーリが反応したのなら無事であろうが、魔力酔いは身体に悪い。どのような状況であれ、今は戦神を優先させるべきだ」


 これから先のことは、まずレンの状態を確認してから考えても、遅くはない。もはやこの空間から逃げられないことは理解してくれているエンリに、エンリの魔術師としては情けないと思いながらも、イチヒトは地下への階段に足を下ろした。


「ここまで来ればおれもわかるな……どうやら魔力の乱れは収まっているようだが」

「安定はしていませんね」

「だいじょうぶなのか」

「わかりません。相当な負荷がかかっていることは確かですが」


 半地下であるのか、暗い階段の先には少量の明かりが見えた。魔術で明かりを灯しているわけではないようで、太陽の傾きのままの配色に石畳が塗られている。


「申し訳ありません。先に、行かせてもらいます」


 シュナが、ヒヨリが走り出したときには我慢していたが、ここまで来ればその我慢も効かなかったようで、イチヒトたちを追い越して先に階段を下りて行く。もちろんイチヒトもエンリも、これまでのヒヨリを見ていたので、シュナを追うようにして駆け足になった。


「イチヒト、おまえは治癒術を使えるか」

「エンリさまがご存知の通りですよ」

「では、ここに来て漸く、おれは役に立つことができるな」

「あなたはわたしの私情に振り回されているだけです。その必要は」

「ある。おれは、おまえの力になりたい」


 師として、弟子に言われると情けなる言葉ではあるが、あるじとしては、とても嬉しい言葉だ。申し訳ありません、と謝れば、そればかりではつまらん、とエンリに返される。


「謝るのではなく、礼を言え。そしておれのことを、もっとちゃんと、考えてくれ」


 ふっと微笑んだエンリは、遠慮は要らないと言ってくれる。ふだんは頼りないエンリではあるが、ふとしたときに頼りになるから扱いに少々戸惑ってしまう。

 ただ、言えるのは、やはりエンリに真名を奪われても、自分はこの御方のそばにある今を、幸せに思う。


「考えるまでもなく、答えはとうに出ていますよ」

「本当にそうだと、いいんだがな」


 ヒヨリに余計なことを言われてしまったせいか、エンリは少し疑っているようだが、イチヒトはこれまでエンリに嘘を伝えたことはない。訊かれないから答えないものが多いだけだ。


「……あそこか」

「そのようですね」


 シュナがある部屋の前で立ち止まっている姿を見つけて、イチヒトとエンリは駆け寄った。

 シュナに倣って部屋の前から中を覗けば、華奢な少女を抱きしめて涙する、ヒヨリがいた。







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