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24 : 疑問。1





 奥に進むにつれ、緑が深くなっていく。それでも目の前を行く男の足取りは確かなもので、明確な意図を持っていた。無言で進むそのさまは、罠を仕掛けている可能性もあったが、逆に無言だからこそ、自分たちを試しているのかもしれないとイチヒトは思った。


 そのときだ。

 ふと、ヒヨリが歩みを止める。


「ヒョーリ、どうしたのですか」


 足を止めたヒヨリに、イチヒトもエンリも、そしてそれに気づいた男も足を止め振り向く。

 ヒヨリは、目を見開いて一点を見据えていた。


「……レインディア」


 そう、呟いたとたんだった。


「! ヒョーリ、どこへ!」


 いきなり走り出したヒヨリは、先を歩いていた男すら追い越して、緑の奥へと突っ込んで行く。ヒヨリが通り過ぎるさまを黙って見ていた男だけが、ヒヨリの急な行動に驚いていなかった。


「この辺りまで来ればさすがにわかるか」


 ヒヨリの行動がわかっていたかのような男の言葉に、追いかけようとしていた足が止まる。深い緑の木々以外はなにもないと思っていたのだが、男の言葉で、そこに目くらましの結界が張られていることを確信したからだ。


「簡単には、辿り着かせてくれないようですね。当然でしょうが」

「おれたちは『影』の魔術師だからな。これくらいは造作もない」

「そうでしょうとも。それで……ヒョーリは、レンの許へ行ったのですね?」

「これでおれが嘘を言っていないと、証明できただろ」


 男が進む方向を疑っていなかったわけではない。充分考えていた。その中で、ヒヨリが伴侶の気配を感じて走り出したその行動は、男の目的が本当にただの勧誘であったことを証明している。


「これから……ヒョーリを、どうするつもりですか」


 男が再び歩き出したので、イチヒトは罠を警戒するのもばからしくなって、その後ろに続いた。エンリは別の意味で周囲を警戒していたが、シュナがそばにいるのでだいじょうぶだろう。


「べつにどうも。レンが寂しがって可哀想だから、まあ、少しは状況も変わるだろうが」

「あなた方は復讐者でしょう。それらにヒョーリやレンを加担させる気はないのですか?」


 会話がなかったここまでのことを考えれば、男は話を選んでいたわけではないようで、訊かれないから答えることもなく、話しかけられることもないから口を開かなかったというだけのようだ。


「復讐に加担、ね……頭目はその気があるようだが、おれは考えたこともないな」

「なぜ?」

「おれ自身がただの復讐者だからだ」


 奪われたものへの執着が、男を「黒の集団」に留めているのか。

 そんな言い方をする男に、もしかするとこの集団は、だから統率された集団ではないのかと、思った。


 これまで「黒の集団」が起こした事件は、罪状は重いものだが、数は少ない。「影」を生み出す条件が限られたものゆえの、「黒の集団」の構成人数の少なさからだ。

 その一つ、エヌ・ヴェムト国で起きたものは、己れの死に恐怖した貴族が王に助けを求めたことにより、目的が果たされていない。つまり、エヌ・ヴェムトで「黒の集団」が起こした事件は、解決していない。件の貴族は処分が決まり、永蟄居となり地位も財産も剥奪されているが、「黒の集団」が目的を果たすまでは解決されない事件だ。

 それらを含めた一連の事件だが、計画的ではあるものの、統率された気配が微塵もないと報告があった。イチヒトにまできっちりと伝わってくる報告であるから、確かなことだろう。具体的な意味を把握していなかったが、男の発言で漸くそれが理解できる。

 ただの復讐者。

 そう、彼らは、黒の集団とは、自分たちを『影』にした者を、ただただ許せないだけだ。そのために、その者が大切にしている命を狙っているだけなのだ。周りは関係ない。統率されている気配がないのではなく、狙っているものが一つだけだから、そのためだけに彼らは行動し、そして統率される必要のないくらい彼らの意志が一つだということである。

 彼らは各々の考えで、それぞれの復讐に加担しているだけに過ぎない。


「……あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 今更だが、イチヒトは男の名を知らない。しかし、男が姿を見せたときのヒョーリの反応、シュナの様子を考えれば、予想できるものはあった。


「モトエ」


 あっさりと、男は答えた。


「モトエ・エクトシア?」

「なんだ、知ってんのか」

「……では、あなたは」

「ああ。おれは、レンの叔父だ」


 男は、モトエは、自身を偽るつもりが少しもないらしい。


「本当に、ヴァントルテ国宰相閣下の、弟君でしたか……」

「まあ、あの鉄面皮を兄だと思ったことは、一度もないが。向こうも、おれが弟だと思ったことは、一度もないだろうな」

「え?」

「ああ、悪い意味じゃないぜ? ろくすっぽ逢ったこともない奴を、兄だ弟だと思うほうが難しいだろ。おれたちは一緒に暮らしてたわけじゃないからな」

「……そうなのですか」

「一緒に暮らしてたら、レンがおれのこと、知らないわけがないだろ」

「それも……そうですね」


 モトエの口ぶりから、どうやら戦神レンは、モトエが自身の叔父であることを未だ知らないようだ。


「ああそれと、べつに疎まれて育ったわけでもない。先々代のアレクノ公爵は、なんというかお人好しでな。後妻に入ったおれの母親をそれなりに大切にしてはくれたんだ」


 宰相に恨みはないような言い方をするモトエに、イチヒトは疑問が残る。

 育った環境になんの問題もなさそうなのに、ではなぜ、モトエは復讐者となったのか。いや、「影」あるモトエは、なぜ「影」となってしまったのか。宰相とは兄弟なのに、一緒に暮らしていなかったというのが、その原因なのだろうか。


「……疑問か?」

「ええ、まあ。あなたが『影』である理由が。あなたの話しぶりから、先々代のアレクノ公爵が首謀者とは思い難いので。それに……」


 疑問はもう一つある。


「なぜ死んだはずのおれがここにいるのか、か?」

「……失礼なことですが、ええ、そうです」


 モトエは、エリシア子爵の娘婿となり、まもなく乗馬中に転落して亡くなったという。それはアレクノ公爵家侍女のシュナにも確認したことで、ついでに言えば王族であるエンリも知っていることだ。


「簡単なことだろ。今ここにおれが『影』としているんだ。死んだことにされたに決まってるだろ」

「それは誰にですか? あなたが生きていることを、ヴァントルテの宰相閣下はご存知なのですか?」

「さあな。だが、知っていれば、レンが『影』になることはなかっただろうよ」


 振り向かず、前を見て進むモトエが、今どんな顔をしてそれを言っているのか、イチヒトにはわからない。けれども声は、如実に感情を現わしている。

 モトエは、戦神にされたレンを、憐れんでいた。と同時に、同じ運命を歩かせたことへの罪を、感じているようだった。


「では……レンは、あなたの代わりに、戦神となったのですね?」

「……そうとも言えるな」

「だからあなたは、レンを攫ったのですか」


 モトエは黙った。それは、どうやら目くらましの結界内に入ったことで現われた建物が、視界に入ったからのようだった。


 立派ではないが簡素でもない建物は、どこかの貴族が別邸として建てたような古い邸で、適当に手入れはされているらしい。開け放たれている玄関は、おそらくヒヨリが飛び込んで行った名残だろう。

 モトエは開け放たれた玄関の扉に手をかけ、そうして漸く振り向いて口を開いた。


「最大の復讐だと思わないか?」


 振り向いたモトエは、薄く笑っていた。


「……あなたは、誰に、復讐したいのですか」

「わからないのか。ここまで、おれに話させておいて」

「誰があなたを『影』にしたのですか」


 モトエは笑っている。けれども灰色の双眸は、笑ってなどいなかった。







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