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02 : これはこれで、面白くない。





 北大陸には、大国ヴァントルテを筆頭にいくつかの小国が密集している。他大陸との交易は大国ヴァントルテが一挙に手がけてはいるものの、それは数年前まで北大陸が戦火にあったせいであり、中立を保っていたヴァントルテが最終的に介入した結果によるものだった。

 とはいえ、ヴァントルテはべつに中立的な立場にあったわけではなく、ヴァントルテの周りにある小国が、些細なことにでも難癖をつけて戦争をしたがるような国王を玉座に据えていたためだ。ヴァントルテ国王は、そんな小国の王を相手にしていなかっただけで、いつのまにか中立国扱いされていたのである。

 そういうわけで戦争は、結果的に小国間での相撃ちとなったのだが、もちろんそれで終わるはずもなく、燻る残り火に北大陸全体が混沌に呑みこまれそうになった。そのとき、もういい加減にしろ、とヴァントルテ国王が漸く重い腰を上げ、戦争介入に至ったわけである。

 今から六年前、北大陸が混乱を極めた戦争に終止符が打たれ、ヴァントルテを筆頭に据えた政治が始まった。レンがヒヨリに出逢う、二年ほど前のことになる。


 四年前のその日、レンは伯父でもあるヴァントルテ国王の護衛として、近衛に混じっていた。ヴァントルテと友好的であった同盟国、イファラントへの慰問である。小国同士の戦争に巻き込まれるだけ巻き込まれただけの、ただ被害を受けただけの可哀想な国であったイファラントだから、ヴァントルテ国王も重い腰を上げることになり、どれだけ復興したかを視察にきたというわけだ。


『生き延びていたか、妖怪爺』

『隠居くらいなら考えてやらんでもない』

『さっさと逝け』

『くたばってたまるか』


 という具合に始まった慰問は、会話は臣民を怯えさせたが至って平穏であり、前者のヴァントルテ国王を後者のイファラント国王が率先して各要地の案内に出たくらいだ。ときおり不穏な会話は飛び交うものの、それが国王たちの戯れであると知っている者たちは聞き流していたし、レンも伯父でもあるヴァントルテ国王の口の悪さは知っていたので、かなり平穏であった。


『そういえば妖怪爺、あんたのところにうちのレンドルアと釣り合いが取れる奴がいたよな』

『いきなりなんだ、若造が。なんのことだ』

『うちのレンドルアに欲しいなぁと思ってよ』

『話に脈絡がなさ過ぎて意味がわからん』

『嫁が欲しいって言ってんだよ』

『は? 嫁? わしの孫娘たちはみんな嫁いでおるぞ』

『ああ、あれだ。ちょうどいい。おいレンドルア、あれ捕まえてこい。おまえにやるから好きにしろ』

『おい待て、なんのことだ、さっぱり意味がわからんぞ、小僧!』


 平穏だなぁと思っていたレンに、ヴァントルテ国王がいきなり話を振ってきたので、会話は適当に聞き流していたレンは少しだけ慌てた。


『なんでしょう、陛下』

『おまえ、あれ捕まえて嫁にしろ』


 いったいなんの命令だろう、と思ったが、ヴァントルテ国王に促されて向けた視線の先には、ひょろりと背の高い文官が小脇に書物を抱えて歩いていた。

 これが、当時から呼び名はヒョーリであった、ヒヨリである。


『ヒョーリ? ヒョーリは駄目だ。妃の可愛い甥っ子だからな。どこまでも面倒を看ると張り切っておるのだ』

『奇遇だな、妖怪爺。おれもレンドルアは可愛い姪だ。そんな姪に嫁を貰って欲しいんだわ』

『……、よめ? 姪に嫁?』


 イファラント国王が、怪訝そうにレンを見る。

 だがこのとき、レンはその一点だけを見つめて、それ以外はなにも視界に入って来ない状態にあった。察したヴァントルテ国王が、にやにやとしていた。


『レンドルア、あれ欲しくないか?』


 その囁きに、レンは間をおかずに、頷いた。


『イファラント王、わたしにあれください!』

『おおぅ……そ、そなた姪であったか』

『はい、ありがとうございます!』

『は? いや、わし、なにも……』


 イファラント国王の言葉を最後まで聞くことなく、レンは自国の王を護衛する任務も忘れて、走り出した。


『そこの文官さま!』


 目的は、のちにヒヨリという名であると知る、背高のっぽの文官である。


『わたしはアレクノ=レンドルア・エクトシアと申す!』


 大声を上げて走り寄るレンに、たくさんの視線が集まる。それはもちろん、レンが名を告げた文官の視線も、いただくことになった。


『……は? おれ?』

『そう、あなただ!』


 首を傾げた文官に、次の瞬間には、飛びつくようにして抱きついた。勢いがあったので、ひょろりとした文官にはかなりの衝撃だったのだろう、ふたりでごろんと廊下に転がったのはご愛嬌である。


『お名前を、文官さま!』

『は? え? つか、痛いんだけど……え? おまえなに?』

『レンドルアだ』

『れ、れんどるあ?』

『あなたのお名前は!』

『お……おれはヒヨリだよ。カンナ・ヒヨリ=ウェリエスだ……けど』

『ヒヨリか! ではヒヨリ、あなたは今日から、アレクノ=ヒヨリ・カンナだ!』

『……、は?』


 ぎゅう、と抱きしめ、胸いっぱいに息を吸うと、身を燻る仄かな甘い匂いがした。

 戸惑う文官、もといヒヨリは、このときまったく意味をわかっておらず、混乱の極みにいたのだが、出逢い頭に求婚したレンが気にするはずもない。


 アレクノ=レンドルア・エクトシア、十五歳、初恋にして一目惚れであった。


 実らないことで有名な初恋を、半ば強引に、周りを一切無視して掴み取った瞬間である。


「真っ先におれに逢いに来ないところがおまえだよな、レンドルアよ。まあ別にかまわんのだが」

「一番にヒヨリに逢いたかったもので。申し訳ありません、陛下」

「その顔を見ればわかろうよ。思ってもないことを言わんでいい。そんな顔されるほうが伯父さま悲しいわい」


 今日も至って平穏なヴァントルテ国王は、建前でも笑顔を張りつけない姪であるレンに、少々面白くなさそうにしながらため息をつく。可愛い姪に嫁を見つけたところまではよかったのだが、家庭を築いた姪がそれからまったく自分にかまってくれなくなったので、これでも寂しいのだ。


「おまえがいるから娘がいなくてもいいかと思ったが、これはこれで面白くないものだなぁ」


 もう少しレンにはそばにいて欲しかった、と今さら後悔したところで、最愛の伴侶を見つけた姪がそばにいてくれるはずもなく、可愛さの欠片もない息子王子たちを見ては嘆く日々である。こんなことなら息子王子のどちらかをレンに娶らせるべきだったか、と思うこともあるが、残念なことに王子たちではレンを扱えないことが目に見えていた。


「おまえたちがもっと男らしかったらなぁ」

「陛下……いや、父上、それはおれたちに失礼だ」

「だっておまえ、レンドルアに勝ったことないだろ」

「あんなバケモノと渡り合わせないでもらいたい。おれたちはヒョーリを尊敬する」


 あんなのは御免だ、とレン本人がいる目の前で公言してしまうあたり、息子王子たちは駄目だと思う。そしてそれをまったく気にしないレンもいれば、レンと息子王子たちの組み合わせは「あり得ない」ことだ。


「はぁぁ……さみしい」

「けっきょくそこに落ち着くなら最初からそう言え」


 息子王子たちからの突っ込みを受け、いやだって、とヴァントルテ国王は年甲斐もなく頬を膨らませる。

 ここまでかまってもらえなくなるとは思っていなかった、のである。陛下、陛下、と慕ってきてくれていた頃がいつになく懐かしい。ヴァントルテ国王には王女がいなかったので、自身の妹の娘であるレンは、自身の娘のように可愛いのだ。地位もそうだがその剣の才能もあって、望んだ婚姻は得られないかもしれないと思ったから、せめてもの想いで隣国の上位貴族、それも権力から護られた安全な者をとウェリエス伯爵家の末子に目をつけたのが運の尽きであったと、その当時予感もなかった。


「帰っていいですか?」


 報告もしたし謁見もしたのだからもういいだろう、という態度をレンに取られて非常に寂しい思いをするなんて、まったく予想していなかったヴァントルテ国王である。


「もうちょっとおれにかまってくれよ、レンドルア」

「母を連れてきています」


 妹も嫁に出したくなかったほど可愛いヴァントルテ国王である。


「よくやった、レンドルア。今日はもういいぞ」

「では、御前を失礼いたします」


 名残惜しげもなく立ち去るレンの姿に寂しさでいっぱいになるが、入れ替わるようにしてレンの母、ヴァントルテ国王の妹であるアレクノ=レフィニア・トルテが入室したので、寂しさをレフィニアに訴えるべくヴァントルテ国王は机を離れ両腕を広げた。


「レフィニアよ、娘がかまってくれない」

「わたしとテスの娘よ」

「ぐ」

「テスはいないの?」


 入室したとたんに宰相アレクノ=ノクティス・エクトシアの姿を捜す妹に、同性はどいつもこいつも気に喰わん、と思うヴァントルテ国王であった。







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