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19/33

19 : 存在意義。1

*19~21までレン視点となっております。





 この先に隠れ家のような場所がある、と言ったモトエたちは、山道で止まっていた馬をそれぞれ走らせた。その速度は今までよりも上がり、レンはそうそうに気を失ったが、気づいたときには簡素な寝台の上にいた。

 妙に身体が軽い、と思って視線を動かせば、首にあったはずの鳴法石が外され、代わりに両手を胸のところで縛られていた。


「……まだこのほうがマシだ」


 縄抜けができる、と思って手を動かしたが、そういったことができないような縛られ方をしているらしく、なかなか手首の拘束は外れてくれない。苦戦していると、モトエが姿を見せた。


「やっぱりな……」


 面倒そうな顔をしたモトエは、せっかく離れていてくれた鳴法石を、ずいとレンの目の前に突き出した。

 とたんにレンは眩暈に襲われる。


「頼むからおとなしくしてくれ。ここまでの道中、おれたちはあんたを丁重に扱ったつもりだ。傷つけたいわけじゃないと、少しくらい信じてもいいだろう」

「そう言うなら、それを、わたしに突き出すな……手も、縛るな」

「逃げる意志がちらちらと見えたら、拘束するしかないだろう。おまけにあんたは戦神だ。逃げる際にはきっちりおれたちを痛めつけるだろう」

「当然だ」

「同胞を労われよ」


 同胞、という言葉に、抵抗の意志が削がれる。

 そう、彼らはレンにとって、同胞だ。レンと同じような『影』である者たちだ。それも、どうやら自分の意志で『影』になったわけでもないようなのだ。


「……話を」

「うん?」

「話を、聞かせてくれないか」

「……おれたちが『影』にされた経緯か?」


 そうだ、と頷き、だからその石を遠ざけてくれと頼んだ。モトエは渋ったが、レンが寝かされていた部屋は半地下のようで、天上近くに小さな窓がある以外、出入り口はモトエが入ってきた扉しかない。扉に鳴法石を引っかけておけば近づけないことを告げれば、モトエは仕方なさそうに鳴法石をレンから遠ざけてくれた。


「魔力酔いは身体に悪い。自らその危険に飛び込むような真似は、もうするなよ」

「おまえたちのせいだろうが」

「だからときどき外してやっただろう」

「あれくらいで回復できるものか」

「免疫が少ないんだな……」

「必要なかっただけだ」

「まあ、鳴法石で魔力酔いを起こすなんて、あんたくらいだろうからな」


 不思議だ、と言いながら、モトエは寝台の端に腰かけ、しかしレンの拘束を解くことはなかった。


「アスランは……」

「外の厩だ。ちゃんと世話はしてる」

「……そうか」


 愛馬アスランは無事のようで安心する。

 寝台からゆっくりと身体を起こすと、レンはこちらを見つめてくるモトエの双眸をまじまじと見た。


「……本当に、おまえたちは『影』のようだな」

「確認する必要があるのか。今のあんたならわかるだろう。この純然たる魔力が」

「ああ……わたしと、同じだ」


 信じられない、などと言えない。レンが「影」であるから、同じ「影」の存在はわかる。そう、例えば師であるロイス翁のように、彼らが自分と同じであることがわかる。


「なぜ……『影』になった」

「違う。されたんだ、『影』に」


 あくまでもこれは自分の意志ではない、と言うモトエに、嘘は見られない。いや、自ら「影」になろうとした者など、過去を遡っても数人だろう。


「頭目は産まれたばかりの娘を、アトレは兄を、クラナダは双子の姉を、ススキノは双子の弟を……おれは、双子の妹を」

「……喰わされたのか」

「あんたもそうだろ」

「わたしは……喰われる側だった。双子の兄に」

「同じようなものだ。望んで喰ったわけじゃない」


「影」は血族であればあるほど、生み出しやすい。同じ存在、つまり双子であれば特に、「影」に失敗はない。ゆえに古くから、魔術師の家系に産まれた双子は引き離されて育つものだった。例に漏れずレンも、双子の兄レンドルアとは別々に生活し、そしてレン自身は兄に喰われるだけに存在しているのだと言われ続けて育った。


「ただ魔力が人よりもあった。それだけのことで……おれたちは兄弟姉妹を喰うことになった。そんなことをする風習があったことも、知らずに」


 なにも知らなかったのだと、モトエは言った。だが、知らなかったというだけで、その罪から逃れることはできない。


「おれたちを身内殺しのバケモノにした連中を……おれたちは許せない」


 モトエの気持ちは、痛いほど伝わってくる。レンとて、「影」にされた彼らと同じく、「影」にされたのだ。


 あの日、あのとき、兄が選択することさえなければ、レンが「影」にされることはなかった。ただその存在意義のまま、闇に消え去るだけだった。


「……『影』は古くから存在する。今は、その倫理性から禁忌とされているが」

「当然だ。なぜ自分の兄や姉を、弟や妹を……それを推奨する奴らは外道以外のなに者でもない」


 北大陸において「影」は、今やその名残のような名称は使われているが、本当の意味での「影」は存在を許容されているわけではない。「影」を生み出そうとする研究が盛んになった時代に、必要不可欠である戦力が著しく激減したため、自ずと「影」の風習は衰退し、「影」がどのようにして生み出されるかを知った神職者たちによって、「影」は禁忌とされるようになったのである。また国も、魔術師に質より量を求めるようになり、今では本来の意味での「影」は存在しなくなっていた。

 そう、レンはその現代において、意図的に作り出された、本来意味するところの「影」だ。モトエも、その仲間である黒ずくめたちも、そうだという。


「おれは、そもそも『影』を提唱した人間が、怨めしい。なんで……なんであんなことを」


 遠い昔、「影」を提唱したその学者は、戦時下にあった王の勅命で、強大な魔力とそれによる術式を研究していた。その学者には幼い双子の娘と息子がいて、この双子は将来を期待された魔力の持ち主であったらしい。それゆえに王は双子に戦争に勝つ力を求め、学者に研究させていたのだ。

 切迫した戦時下にあったのだろう、王は学者に圧力をかけて研究を急がせ、そしてあるとき、行き詰った学者はわが子たちを眺めながら気がついた。

『双子とは、よく互いを半身だと言う。では双子の魂は、もとは一つだったのではなかろうか。ならばその魔力も、本来は一つであったものが、二つに分かたれたということになるまいか』

 学者の娘と息子である双子は、飛び抜けて魔術の才があり、魔力も大きかった。ふたりの魔力を合わせれば、今の戦争に勝てる可能性もあった。王が期待していたのも、双子が成長した暁には各国の、北大陸の、或いは世界の頂点に立てるかもしれないその可能性を、感じていたからだ。

 かくしてその学者は、双子の可能性を研究し始める。


「魔力の核となる心の臓を喰らう……なんて」


 結果的に学者の推論は、正しく証明された。双子は、一つになれば、ふたりが揃って力を使ったときよりも、さらに大きな力を使えるほどに、魔力が増大した。

 これは、気づいてはならない真理だったのだと、「影」を弾劾した当時の神職者は言う。

 当然だ。

 双子として産まれてきた子どものうち、ひとりを、その命を喰らう方法で、強大な魔力を持つ魔術師を生み出せるのだ。産まれたその瞬間から弑逆の罪を背負うことになる。


「それを神聖だと言うばかが、どこにいる……どこにもいやしない。なんで妹を、おれの半身を、喰らわなければならなかったんだ」


 双子には妙な感覚がある。学者が提唱したとおり、半身同士であり、もとは一つだったのだろうと思うことがある。

 ゆえに「影」は、双子であれば確実に生み出される。

 近しい血族であれば、それなりの「影」が生み出される。

 残虐性を秘めながらも、学者の提唱によりその当時「影」は水面下で跋扈した。もっとも戦乱に塗れた時代のことである。


「……わたしは自分の存在に疑念を抱いたことがなかった」

「そうだろうな。昔は、双子が産まれたその瞬間に『影』にすることを、決定づけられていたと聞く。おれたちのような集団を考えれば、都合がいいことだ。ただ……喰う側の『影』はどうだろうな」


 冷めた灰色の双眸に、どきりとする。その瞳のなかに、自分と同じ顔をした少年が見えた気がして、レンは反射的に顔を逸らした。


「わからない気持ちではないだろう。あんたは喰われる側だった『影』で、しかし喰う側になった『影』だ。真逆の立場になって、漸くわかるだろう」


 わからない、わけがない。

 モトエたちが抱えることになったその気持ちを、少なくともレンは、理解できる。でなければ、レンは今ここに存在できない。


「……わたしになにを求めている」

「そうだな……ああ、おれたちは、あんたに救いを求めちゃいない。けど……」

「けど?」


 モトエの灰色の双眸が、ぎらりと、不気味に光った。


「あんたを祀り上げて国に復讐することはできる」


 急性に伸びてきた腕に、気づけばレンは、押し倒されていた。







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