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18 : 戦神の鎧。





 それぞれが馬に乗り、パンペストからアルバナチュードへと向かう。途中に村が三つほどあるので、それぞれで休憩することにして、エンリを先頭にして最後尾にシュナがついた。侍女が馬に乗れることにエンリが驚いていたが、アレクノ公爵家では当然の嗜みです、とシュナが答えると、そういうものなのかと納得していた。イチヒトは、シュナが暗器のほうに詳しそうだ、とヒヨリに言っていたので、おそらくそちらの方面で馬も乗れるのだろうと思っていた。それは間違いではないと、ヒヨリが頷いていたので確かなことだと知れた。


「王子を先頭にしてだいじょうぶなのか」

「言いましたでしょう。あのお方、そういった危険からは悉く逃げ切れるのです。問題はありませんよ」

「……そうなのか」

「ですから……」


 危険はないけれども、と言いかけたとき、予想を裏切らないエンリの悲鳴が上がった。


「ぎゃぁあああ! なんでビーストが道歩いてんだよぉお!」


 山道に入ったとたんに出逢ったビーストから、エンリが逃げる。そのあまりの素早さに、ヒヨリだけでなくシュナまで目を丸くしていた。


「……。大変怖がりなお方でして、まあだから逃げ足が速いのですよ」


 この二日ほど、エンリの王子らしい姿を見ていただけに、やはり変わらない性格にはため息がこぼれ落ちる。


「……しゅ、シュナ、おまえ王子の隣で護衛しろ」

「そのほうがよさそうですね……承知しました、ヒョーリさま」


 逃げ足は速くともどこへ行くかわからないので、暗器の使い手であるらしいシュナをエンリの隣に並べたほうが、進路に迷わず行けそうだ。


「申し訳ありません、シュナさん」

「いいえ。わたくし如きが役に立つのであれば、喜んで」


 いつもならイチヒトが護衛であるが、浪費した魔力の回復には今しばらく時間が必要であるし、万全の体調ではないことを考えれば、ここでの護衛はシュナに任せるほかない。


 それからシュナがビーストを素早く駆逐すると、エンリはなにごともなかったような涼しい顔で戻ってきたが、道中でビーストを見かけて悲鳴を上げることに変わりはなく、エンリの悲鳴が上がるたび即座にシュナが狩るという、そんな繰り返しで道を進んで行った。


「駄目だ、街道は怖過ぎる。おいヒョーリ、なにか面白い話はないか」


 自分勝手なことをエンリが言い始めた頃、ヒヨリもシュナも、ビーストの出現にいちいち悲鳴を上げるエンリを見慣れてきていた。


「おれは王子が面白いと思う」


 その通りだ。


「は? おれのどこが面白いのだ」

「いや全体的に」


 エンリは王子だ。王太子の兄と王女の姉を持ち、さらには遅く産まれてきたという特殊効果のある末の王子で、大変可愛がられて育っている。少々破天荒でも許されるくらいには甘やかされている王子だが、破天荒でも大変怖がりな性格のため、自ら危険には飛び込むことはない。むしろ危険からは全速力で逃げ、逃げ切れる足を持っている。

 傍から見ている分にはちょっと変わった王子なので、ヒヨリが「面白い」と表現しても当然だ。見ているだけならば、面白い王子なのである。これがイチヒトのようにつき合う側になると、かなり面倒な王子だと知れるだろう。シュナが疲れた顔をしているのも、これも当然だ。


「まあ、おれのことはいい。それより、おれはヒョーリの話が聞きたいのだ。イチヒトと双子なのだろう?」

「見た通り、な」

「思考回路も、少し似ているようだな」

「双子だからな」

「うむ。ではおまえの目から見て、おれはどうだ?」

「? 子ども?」

「そうではない! その……おれはイチヒトの目に叶う人間だろうか」


 なにをヒヨリに訊きたいのか、イチヒトが聞いていて理解できないことを、ヒヨリも理解できるわけがないことくらい、双子だと明言しているのだから気づけるはずだが、エンリはその答えをヒヨリに求めた。


「よく、わからないが……イチヒトの真名を知っていることは、誇りに思っていいんじゃないか?」


 余計なことを言ってくれた弟を殴りたかったが、自分の失態を認めているのでそれもできないイチヒトである。


「魔術師にとって真名は命ほどに大事なものだ。おれはそれを奪ったが、誇りには思えんぞ」

「……それはまた」

「イチヒトが欲しかったから真名を探った。おれのものにするために。それはおれの欲であり、傲慢なことだ。到底、誇りには思えん」


 少し驚く。そんなふうにエンリが考えているとは思っていなかったのだ。

 これは少し、エンリに対する見方を変えてみる必要がありそうだ。


「……面白いあるじでよかったな、イチヒト」


 ちらりと視線を寄越した弟は、揶揄しているわけではないようで、心底そう思ったらしい。


「ふむ……ついでに訊く。戦神は、おまえの目にどう叶ったのだ?」

「レン? レンは……」


 訊かれるとは思っていなかったのか、少しだけ戸惑う素振りを見せたヒヨリは、しかしその目を穏やかにした。


「あいつ、おれの名前しか知らないような状態で、自分の身の上やら素性やら、全部聞かせてくれたんだよ。まあそのこともあるけど、一番は、あの身体だな」

「む! なんと破廉恥な」

「違う、なに想像しやがった」

「む? 違うのか?」

「おれの妻で変な想像すんじゃねえ」

「お! こ、これは失礼した」


 イチヒトも一瞬おかしな方向へと思考が進んだのだが、弟のことだから違うだろうなと思ったところだった。


「王子も逢ったことがあるなら、わかるだろ」

「戦神にか? まあ幾度か相対しているが……終戦後から逢ってないからな」

「たぶんそのときから、あんまり成長してないだろうな。背も、おれの肩を越えないし。おれの腰に腕が回るくらいだし」

「もしやおれとそう変わらんのか?」

「そうだな」

「希望が見えた!」

「は?」

「い、いや、なんでもない。それで?」

「…………」

「なんでもないと言っているだろうが!」

「……やっぱりそうなのか、王子」

「そうなのか? なにが、そうなのか、なのだ、ヒョーリ!」

「がんばれ」

「言われんでも頑張るわ!」


 話が逸れていると思うのだが、邪魔をすると自分になにかいやな飛び火が来そうで、イチヒトは黙っていた。


「言っておくが、意外と鈍いとか、そういうことはあり得ないからな。双子のおれが保証する。だから王子次第だ」

「鈍いわけではないっ? では、おれの想いは伝わっているのか!」

「たぶん面倒だから考えないようにしてんだろ。わかるわ、それ」

「やはりおれは面倒な生きものだとか思われているわけか!」

「見ている分の王子は面白いが、関わると面倒そうだ」

「なんだとヒョーリ! それはっ、それは……、ん? おれ次第ということは、希望があることに変わりはないのか?」

「がんばれ」

「……反対しないのか」

「おれのことじゃないからな」

「随分な他人事だな、おい」


 もとより人見知りする王子ではないエンリだが、ヒヨリと仲良く話している姿を見ていると、やはり友は必要だと思う。

 なんだかんだで、エンリは実のところ友がいない。誰にでも友好的ではあるものの、それだけで終わってしまう王子なのだ。常ならば存在する乳兄弟も、遅くに産まれたエンリにはいないため、幼い頃から兄姉が遊び相手であり、近衛騎士たちであり、侍女や侍従だった。エンリをかまわない者など、エヌ・ヴェムトの王宮にはいなかったのだ。それゆえ冒険者に憧れる少年となったわけであるが、城下に無断で降りるようなことがあっても、特徴的な赤茶色の双眸はエンリの身分を隠してはくれず、友らしい友は作ることができなかった。

 だから、イチヒトはエンリの魔術師であるが、それと同時に友としての役割も担っていたのだ。


「イチヒト」

「……。あ、はい、なんですか?」


 エンリとヒヨリがよき友となれたなら幸い、と思っていたところで、ヒヨリに呼ばれた。


「がんばられろ」

「? よくわからない言葉ですね」

「おれはおまえが幸せならそれでいいから」

「わたしも、おまえが幸せならそれでかまいませんが……」


 話についていけないのだが、ここで追及すると面倒が降りかかりそうな予感がして、「なんのことですか」とは言わないでおいた。


「ところでヒョーリ、話が途中で逸れたように思うのですが?」

「ん? そうか?」

「レンのことを話してくださいましたでしょう」

「ああ……そうだったな」


 どこまで話したかな、と言うヒヨリは、一刻も早く戦神レンの許へ行きたいだろう。それでも、彼女の話をするだけで、こんなにもヒヨリは落ち着く。それほど彼女の存在はヒヨリの奥深くにまで浸透しているのだ。


「小さな身体に鎧」

「はい?」

「懸命に背筋を伸ばして、本当の自分を見せまいとする。それが、おれの前では無理で……たまらなく、いとしくなった」


 こちらが赤面してしまいそうなほど、ヒヨリは幸せそうな顔を見せた。見たいと思っていた笑みが、そこにあった。


「そうか……思えばおれは、戦神の鎧姿しか、見たことがないな」

「レンはおれの前では武将でいられない」

「うむ。それはたまらないな。気持ちはわかるぞ」

「子どもに理解されると複雑だな」

「ばかにするな。おれには愛する者がいるのだぞ」

「……そうだな」

「しかも一目惚れだ。知っていくうちに惚れ惚れするものだから、もうたまらん」


 なんだか親父くさいエンリが胸を張っていたが、ここは聞き流しておかないとあとが面倒なことになりそうで、イチヒトは聞いていなかったことにした。聞き流すのはエンリで慣れたイチヒトである。


「だがそうか……全体的に、戦神はヒョーリの目に叶ったか」

「好みの問題もあるだろうが……まあ、レンだからな」

「うむ。これはそうそうに取り戻すべし」

「当然だ」

「よし、少し急ぐとしよう。イチヒト、体調はどうだ?」


 ヒヨリの気持ちがわかると言っていたエンリは、これまで以上のやる気を出したらしい。


「問題はありません。もうすぐ二つめの村が見えてきますが、休憩は必要……いえ、シュナさんを少し休ませたほうがいいですね。護衛を代わりましょう。シュナさん、ありがとうございました」

「お役に立てて光栄にございます。しかし、わたくしのことはどうぞかまわず、先をお進みください。足手まといになるようでしたら、その場に捨て置いてくださいませ」

「いえ、どちらにせよもう陽が暮れます。早めに休んで、明日はそうそうに出立としましょう」


 イチヒトの提案にエンリもヒヨリも頷き、そこからの道中は終始、誰もが無言で馬を走らせた。







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