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01 : これは愛だから。

初めましての方もそうでない方も、こんにちは。

ようこそおいでくださりました。

ありがとうございます。


*01~09まで、主人公レンかヒヨリ視点となっております。






 今レンは、淑女にあるまじきことではあるが、全力で走っている。後ろから侍女筆頭のシュナがごちゃごちゃ文句を言いながら追いかけてきていても、いつもの説教なのでべつに無視したってかまわない。

 まあ、あとが怖いけれども。

 とくにかく今はそれどころではない。

 レンは広い階段、長い廊下、大きな扉をいくつも流し見ながら、目的の部屋へとひた走る。見慣れた扉を視界に入れたとたん、知らず顔がにんまりとした。

 人の気配がある。

 見慣れた扉の向こうに、その人がいるという確信が、レンにはある。

 動物的だとシュナがよく呆れているけれども、わかるものはわかるのだ。とくにその人のものは、少し離れたところでも感じられる。


「これは愛だからな!」


 久しぶりに長い距離を走ったので少し息が上がったけれども、扉を前にして息を整えているのは時間的に勿体なくて、レンは扉の前で立ち止まるとその勢いのまま「ばんっ」と扉を開けた。


「ヒヨリ! ただいま!」


 逢えることが嬉しくて、逢えたことが幸せで、レンは歓喜に胸を震わせながら部屋に飛び込む。

 ああ、この久々の空気がたまらない。

 部屋の中にいた住人は、大きな音に驚くことなく、手にしていた本から顔を上げた。


「……もう帰ってきやがったか」


 ちっ、と舌打ちが聞こえたような気がしたけれども、そんなの気にしない。


「ただいま、ヒヨリ!」

「……おかえり」


 その人は、ぶす、と不機嫌そうな顔をしながらも、きちんと挨拶は返してくれる。そもそも、不機嫌なのはいつものことだからレンは気にしない。気にしたこともない


「ヒヨリ、逢いたかったぞ、ヒヨリ!」

「そうかい、こちとらおまえがいなくて静かで穏やかでかなり平和だったがな、今まさにそれが終わっておれは絶望したよ」

「お土産いっぱい買ってきたぞ。ヒヨリ、東の考古学が気になるって言ってただろ? 片っ端からその手の本買い集めたからな」

「そうか、それなら次は西だな。西もおれは気になってんだ。今すぐ行って来い」

「西か、そうか……あとでな!」


 不機嫌そうなのはいつものことだから、レンは満面笑顔でその人、ヒヨリに駆け寄り、飛びかかるようにして抱きついた。


「ヒヨリぃ~っ」

「……はいはい」


 いやそうな顔はするくせに、なにをしてもヒヨリはレンに寛容だ。シュナは、諦められただけですよ、なんて言っていたけれども、なんにしてもレンが抱きつくことにヒヨリは文句を言ったことがないから、ヒヨリは思い切りさらに抱きついてその匂いを胸いっぱいに吸い込む。

 ヒヨリは、あまり外に出たがらず、部屋でいつも小難しい本を読んでいるから、太陽の匂いはしない。古書とか、古文書とか、レンには到底理解できない昔の本に囲まれていることが多いせいだ。書庫に長居し過ぎてたまに黴臭い。けれどその奥に、とても甘い菓子の匂いがあることを、レンは知っている。

 レンはヒヨリの、古書の古臭さが染みつかない甘いその匂いが、大好きだ。


「またしばらく一緒にいられるから、毎日一緒に楽しく過ごそうな」

「しばらく続く騒々しさにおれはうんざりするがな」

「ヒヨリの邪魔はしない。だってヒヨリの本読んでる姿……すっごいかっこいいからな!」

「はいはい。わかったから離れてくれ」

「いやだ! 一月も離れ離れだったんだ、同じくらいくっついてる!」

「おまえはおれを殺す気か。というか、苦しい、本気で苦しいから離れろ」


 そろそろ離してくれ、とヒヨリは身を捩った。けれどそんなの気にしない。まだ満足できるくらいヒヨリを味わってないのだ。離れまいと全身でしがみつく。


「ぐ……く、苦しい」

「ヒヨリぃ~!」

「わか、わかった、わかったから、離れろ。おまえ、自分の恰好、わかってんのか。今のおまえにしがみつかれたら……っ」


 ぐらりと、しがみついていたヒヨリの身体が揺れた。

 と、思ったら、しがみついたレンごとヒヨリが倒れた。


「ひ、ヒヨリっ?」

「ぐぉ……お、おも、重い」

「あ」


 そういえばレンは、鎧をつけたままだ。

 重いはずである。貧弱なヒヨリでは、いくら細身で軽いレンの鎧でも、かなりの重さになる。

 これは失礼なことをした。


「ごめん、ヒヨリ」


 レンは慌ててヒヨリから離れ、身に着けていた鎧を外してぽいぽい投げ捨てた。レンの体型に合わせた特注品で値の張った鎧だが、ヒヨリを害するものになったとたんにその扱いは雑になる。


「毎度思うが……おまえ、よくそんな重いもん身につけて、あれだけちょこまか動けるな」


 身軽になったレンは、ひどい重さから解放されて一息つくヒヨリに、再度飛びつく。やはり嫌そうな顔をしたヒヨリだが、それでも無理に引っぺがそうとはしない。

 レンは知っている。

 ヒヨリは素直ではない。レンに対してはいつも嫌そうにしながら、けっきょくは受け入れ、そして応えるくらいには、レンを想っている。それは照れ隠しとは少し違う。

 ヒヨリはレンを、レンがヒヨリに対して全力でそうであるように、好いているのだ。


「わたしには重くないからな。身体強化の魔術は常時展開されているし、まず魔力も切れたことがないから、重いとは思ったことがないぞ」


 レンに抱きつかれながら、倒れたときのまま床に座り込んでいるヒヨリは、背はとても高いが肉付きが薄い。だから筋力もないし体力もない。ヒヨリ自身は自分の体型にさほど疑問を抱いているようではないが、レンと比べられたときばかりは気になるのか、いつも以上の仏頂面になる。剣でも習うか、と真面目に悩んでいたこともあったが、適性がないとわかっているからいつも悩むだけだ。


「天性の才ってやつか……あ、そういえばおまえ、帰ってきたんなら陛下に帰還報告したのか?」

「ヒヨリと過ごすほうが先だ」

「堂々と言うな。行ってこい」

「やだ! まだヒヨリを味わってない!」

「行け。おまえの帰還を今か今かと待ち望んでるぞ、あっちは」

「でも……ヒヨリと一緒にいたいし」


 一月ぶりの逢瀬だというのに、帰還報告だ事後報告だと、そんなことに時間を取られたくないのだが、一度は赴かなければならない場所というものが確かにある。レンは特に、騎士団の大隊長であるから、その権限が与えられている限りの場所へ赴かなくてはならない。


「ヒヨリも一緒に……」

「おれ関係ないだろ」

「ヒヨリはわたしの妻だろ! そしてわたしはヒヨリの夫だ!」

「うんまあなんていうか、性別無視したそれが通じる国ってすごいよな。そもそも今それはおまえの帰還報告云々とまったく関係ないが」

「夫を支えるのが妻の役目なんだぞ。よし、さあヒヨリ、一緒に行こうか」

「いやだから関係ないだろ、おれ。おれのこと妻だとか言うなら、夫を送り出すのが妻の役目だと思うが」

「わたしをひとりにする気か、ヒヨリ!」

「話が飛躍したなー……」


 レンはヒヨリの上から退くと、一緒に行ってくれる気のないヒヨリの腕を引っ張り、無理やり立たせた。

 レンとヒヨリが並ぶと、親子ほどの身長差になる。レンはいつもヒヨリを見上げ、ヒヨリはいつもレンを見下ろすことになるので、それでは互いに首が疲れるということで、ヒヨリはレンが全身で抱きつくことに文句を言わない。鎧さえ身につけていなければ、ヒヨリは小柄なレンを抱き上げることができるのだ。並んで歩くことも多いが、ヒヨリがレンを抱っこして歩いていることも多いこの頃である。

 しかし、このときはヒヨリも、レンを抱き上げたりはしない。


「ひとりで行け」


 レンが赴かなければならない場所に、行きたくないからである。


「いやだ!」

「あのな……おまえ大将だろうが。隊長だろうが」

「ヒヨリと一緒にいる」

「はぁぁ……シュナ、クレナは?」


 レンを追いかけてきていた侍女筆頭シュナは、いつのまにか部屋の扉近くに控えていた。


「ここにおります」


 シュナの後ろから、レンの側近クレナが顔を出した。ちなみにシュナとクレナは姉妹で、シュナが姉で侍女筆頭、クレナは妹で女騎士である。


「団長と陛下に、必ず登城させるから、少し待ってほしいと伝えてくれ」


 ヒヨリがそうクレナに言ったので、とたんにレンは目を輝かせてヒヨリに飛びついた。いきなりのことにヒヨリはよろめいたが、すぐに体勢を整えてレンをいつものように抱き上げてくれる。


「大好きだぞ、ヒヨリ!」

「はいはい」


 はあ、とヒヨリは疲れたようにため息をついていたけれども、その腕がしっかりと自分を抱き上げ、支え、そして遠征に出ていた身を労わってくれていることは、充分に伝わってきた。







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