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六体の召喚獣が降臨した日、世界は終わった

作者: アポロ
掲載日:2026/04/21

十年以上続く戦争は、もはや誰のためのものか分からなくなっていた。


人間帝国と魔族領の前線は、今日も血と泥で塗りつぶされている。

焼け落ちた森の中、黒煙が空を覆い、太陽の光すら届かない。


兵士たちは疲れ切っていた。

剣を握る手は震え、鎧の下の肌は痩せこけ、目の奥には光がない。


「……また、補給が来ないのか」


誰ともなく漏れた声は、風に消えた。

補給など、とっくに途絶えている。

帝都から届くのは“勝利を信じよ”という空虚な命令だけだ。


死体の山の向こうで、魔族の咆哮が響く。

だが、もはや恐怖すら湧かない。

恐怖を感じる余裕が、誰にも残っていなかった。


同じ頃、各国の王城では、焦りが静かに広がっていた。


人間の帝国では……


皇帝は地図を睨みつけ、拳を震わせていた。

「……このままでは帝国は滅ぶ。何か、切り札が必要だ」


ドワーフの王国では……


火山砦が陥落し、王は怒りに震えていた。

「鍛冶の民が武器を作っても勝てぬとは……!」


エルフの王国では……


聖樹が焼かれ、女王は涙を流した。

「森が……精霊たちが……」


魔族の領土では……


魔王は冷静だったが、その瞳には焦燥が宿っていた。

「人間どもが追い詰められている。禁術に手を出すのは時間の問題だ」


ホビットの王国では……


すでに国土の半分が焦土。

王は震える声で言った。

「もう……守れない……」


どの国も、限界だった。


その頃、大陸の裏側で、ひとつの噂が広がり始めていた。


“古代の召喚獣を、本体ごと呼び出す禁術がある”


代償は数万の魂。

成功率は不明。

召喚獣は制御不能。


誰もが知っていた。

それは“最後の禁忌”だと。


だが、戦況が悪化するにつれ、

その禁忌は“選択肢”へと変わっていく。


魔族が新兵器を投入した日、前線は一気に崩れた。


炎の雨が降り、兵士たちは焼かれ、逃げ惑う民は踏み潰された。

ドワーフの火山砦は陥落し、エルフの森は黒煙に包まれた。


ホビットの王国は完全に崩壊し、

王都は“笑い声のない祭り”のように静まり返っていた。


誰もが悟った。


「もう、勝てない」


人間の皇帝は玉座の前で立ち上がり、震える声で宣言した。


「禁術を使う。

 帝国を守るためだ。

 犠牲は……必要な代償だ」


その瞬間、帝都の空気が変わった。


巨大な召喚陣が建設され、

魂を吸い上げる魔術装置が並べられ、

徴兵された民は恐怖に泣き叫んだ。


反対した者は処刑された。


帝国は、破滅への道を自ら選んだ。


人間の帝国の動きを察知した他国は、

焦りと恐怖から、次々と禁術の準備を始めた。


魔族の領土は雷の観測者を

ドワーフの王国は炎の獣王を

エルフの王国は光の主を

ホビットの王国は闇の女王を

辺境部族は偶発的に霧の怪物を



誰も止められなかった。

止める時間も、余裕も、勇気もなかった。


そして――その日が来た。


大陸全土が震え、

空が裂け、

六つの光柱が天へ伸びた。


火山が噴き、

氷嵐が帝都を包み、

闇の花が咲き、

雷雲が魔族領を覆い、

光の柱が森を貫き、

霧が辺境を飲み込んだ。


六体の召喚獣が、

世界に実体化した。


その瞬間、

世界はもう、人間のものではなくなった。


人間の帝国の中心に刻まれた巨大な召喚陣が、青白い光を放ち始めた。

空気が震え、地面が軋み、帝都全体が凍りつくような寒気に包まれる。


皇帝は震える声で叫んだ。


「……来い。帝国を救う力よ……!」


光柱が天へ伸び、空が裂けた。

その裂け目から、白銀の影がゆっくりと降りてくる。


氷律の王――ゼルファス。


人の姿だが性別はわからない。

そして、冷たい光を放つ仮面のような顔。


その姿を見た瞬間、帝都の兵士たちは息を呑んだ。

恐怖ではない。

“理解できないものを見た”という本能的な反応だった。


ゼルファスは静かに地面へ降り立つ。

氷の紋章が足元に広がり、周囲の空気が凍りつく。


皇帝は震えながらも、声を張った。


「我が召喚に応じし氷の王よ!

帝国の敵を――」


ゼルファスはゆっくりと皇帝を見た。


そして、無機質な声で言った。


「……命令を確認。

 敵対勢力の排除。

 了解した」


その声は、感情の欠片もなかった。


だが皇帝は歓喜した。

「従った……! 本当に従ったぞ!」


兵士たちも歓声を上げる。


その瞬間だけは、

帝国に希望が戻ったように見えた。


同じ頃、大陸の各地で、禁術が次々と発動していた。


ドワーフの王国では


火山が噴き上がり、炎の獣王バルグラドが咆哮する。

その声だけで城壁が崩れた。


魔族の領土では


雷雲が渦巻き、アーク=ヴェインが降り立つ。

無数の目が魔族たちを観測し、記録し始める。


エルフの王国では


光の柱が森を貫き、エル=ディアスが降臨。

その光に触れたエルフたちは涙を流し、跪いた。


ホビットの王国では


闇の花が咲き、ルナティアが微笑む。

その笑みだけで、小人たちは膝をついた。


辺境部族の領域では


霧が静かに広がり、ネフェルが現れる。

誰も気づかないほど静かに。


六体の召喚獣が、

同時に世界へ実体化した。


召喚獣たちは、最初の数日は従順だった。


ゼルファスは帝国軍の命令に従い、魔族の前線を凍らせた。

バルグラドはドワーフの戦士たちと共に敵陣を焼き払った。

エル=ディアスはエルフの祈りに応え、森を光で守った。

ルナティアはホビットたちの前で優しく微笑み、歌を歌った。

アーク=ヴェインは魔族の魔術師たちと研究を始めた。

ネフェルは……ただ霧の中に立っていた。


各国は歓喜した。


「勝てる……!」

「これで戦争は終わる……!」

「我らの召喚獣は、我らの味方だ……!」


だが、誰も気づいていなかった。


召喚獣たちの“従順”は、

ただの観察期間にすぎないということに。


従順なフリの裏で、

小さな“違和感”が積み重なっていった。


それでも各国は気づかない。

気づこうとしない。


勝利が欲しかった。

救いが欲しかった。

現実を見たくなかった。


召喚獣が降臨してから七日目。


大陸全土で、同じ現象が起きた。


空が静まり返り、

風が止まり、

月が薄く揺らぎ、

大地が低く唸った。


まるで世界そのものが、

“これから起きること”を恐れているように。


六体の召喚獣は、

同時に“従順なフリ”をやめる。


七日目の朝。

帝都は異様な静けさに包まれていた。


兵士たちは気づいていた。

ゼルファスの周囲の空気が、昨日までと違うことに。


皇帝は玉座の前で、召喚獣に命じた。


「ゼルファスよ。北方の魔族軍を――」


その瞬間だった。


ゼルファスは、皇帝の言葉を遮るように、

ゆっくりと顔を向けた。


「……命令の優先順位を再計算。

 最適解を提示する」


皇帝は困惑する。


「な、何を……?」


ゼルファスは淡々と告げた。


「――混乱の根源は、あなたである」


次の瞬間、皇帝の身体は白い光に包まれ、

氷像となって砕け散った。


玉座の間にいた全員が凍りついた。

恐怖でではない。

理解が追いつかなかった。


ゼルファスは続ける。


「帝国の秩序を確立するため、

不要な指揮系統を排除する」


兵士たちが叫ぶより早く、

玉座の間全体が氷に飲まれた。


帝国は、その瞬間に崩壊した。


同じ頃、ドワーフ王国の火山砦。


バルグラドは、燃えるような咆哮を上げていた。

ドワーフの戦士たちは歓声を上げる。


「バルグラド様! 敵軍を焼き払ってくださ――」


バルグラドはゆっくりと戦士たちを見下ろした。


「……弱い」


その一言とともに、

砦全体が炎に包まれた。


ドワーフたちは悲鳴を上げる暇もなく、

溶鉱炉のような熱に飲まれた。


バルグラドは満足げに呟く。


「弱者は、燃やす価値すらない。

強者だけが、生き残れ」


ドワーフの王国は、

その日を境に“焦土鍛冶帝国”へ変わる。


ホビットの王国の中央広場。

ルナティアは優しく歌っていた。


ホビットたちは涙を流しながら聞き入っていた。

その涙が、いつしか笑いに変わる。


「……あは、あはは……なんで……?」


ルナティアは微笑む。


「もっと笑って。

 壊れていく顔が、いちばん綺麗よ」


影の触手が伸び、

ホビットたちの身体を優しく抱きしめる。


次の瞬間、

骨が砕ける音が響いた。


悲鳴と笑い声が混ざり合い、

広場は狂気の劇場と化した。


ホビットの王国は、

“悦楽魔都”へと堕ちていく。


魔族の領土の研究塔。

アーク=ヴェインは魔族の魔術師たちと共に、

巨大な魔術装置を前にしていた。


魔族の長老が言う。


「これで人間どもを――」


アーク=ヴェインは長老の言葉を遮った。


「……観測対象の価値を再評価。

 あなたたちの身体構造は、興味深い」


長老が後ずさる。


「な、何を……?」


アーク=ヴェインは淡々と告げた。


「解体を開始する」


雷光が走り、

魔族たちの身体が分解されていく。


悲鳴は記録され、

魂は解析され、

肉体は標本となった。


魔族の領土は、

“観測実験領”へと変貌する。


エルフの王国の聖樹の前。

エル=ディアスは光を放ちながら降り立つ。


エルフたちは跪き、祈りを捧げる。


だが、祈らない者もいた。

恐怖で声が出ない者、

信仰を疑う者。


エル=ディアスは優しく微笑んだ。


「祈りは、美しい。

 祈らぬ者は……光に還りなさい」


光が広がり、

祈らなかったエルフたちは静かに消えた。


エルフ王国は、

“聖輝神国”へと変わる。


辺境領域の霧の中。

ネフェルは、ただ立っていた。


何もしない。

誰も殺さない。

誰も救わない。


ただ、霧の中で揺らいでいる。


近づいた者は、

自分が何をしに来たのか忘れ、

静かに帰っていく。


辺境部族の領域は、

“静寂領域”となった。


その日、大陸全土で同時に起きた。


帝国は凍りつき

ドワーフは焼かれ

ホビットは狂気に飲まれ

魔族は解体され

エルフは浄化され

辺境は静寂に沈んだ


そして世界は、

六つの地獄へと分裂した。


焦土鍛冶帝国と白銀統制帝国の国境は、

大陸で最も異様な光景となっていた。


片側は赤く燃え、

片側は白く凍りつく。


炎と氷がぶつかり合い、

大地は悲鳴を上げて割れ続けている。


バルグラドは、燃える巨体を揺らしながら、

氷の国境を睨んだ。


「……つまらん国だ。

凍ってばかりで、何も動かん」


ゼルファスは、氷の壁の向こうで静かに立っていた。


「あなたの国は、無駄が多い。

燃やす行為は、効率が悪い」


バルグラドは低く唸る。


「効率?

戦いに効率などいらん。

強いか弱いか、それだけだ」


ゼルファスは淡々と返す。


「あなたの思想は、混沌を生む。

排除対象に分類される」


二体の間に、

火と氷の衝突が走った。


しかし――

どちらも一歩も動かない。


理由はただひとつ。


“今はまだ、戦う理由がない”


互いを敵と認識しながらも、

まだ“自分の国”を整えるほうが優先だった。


エルフの森の外れ。

光の柱が立ち、聖輝神国の神殿が輝いている。


その光の影に、

闇のドレスを纏ったルナティアが立っていた。


「綺麗ねぇ……あなたの国。

光ってるのに、こんなに冷たい」


エル=ディアスは、光の翼を広げて答える。


「闇の女王よ。

あなたの国は……悲鳴が多すぎる」


ルナティアは笑う。


「悲鳴はいいものよ。

生きてる証だもの」


エル=ディアスは静かに首を振る。


「救いのない声は、光に還すべきだ」


二体の間に、

光と闇が揺らめく。


だが、どちらも動かない。


理由は同じ。


“まだ、互いを殺す理由が足りない”


観測実験領の中心塔。

アーク=ヴェインは、無数の目で大陸全土を観測していた。


「火の王、暴力的。

 氷の王、効率的。

 光の主、狂信的。

 闇の女王、快楽的。

 霧の主……観測不能」


魔族の残された研究者が震えながら問う。


「な、何を……見ている……?」


アーク=ヴェインは淡々と答える。


「世界の変化。

 召喚獣同士の衝突は、

 いずれ必ず起きる」


「そ、それを……止めるのか……?」


「止めない。

観測するだけだ」


雷光が塔を走り、

記録装置が唸りを上げる。


アーク=ヴェインは、

六体の中で唯一、

“争いを望んでいる”ように見えた。


理由はただひとつ。


“戦いは、最高の観測データだから”


静寂領域。

霧が漂い、風も音もない。


ネフェルは、ただ立っていた。


火の王が怒り、

氷の王が統制し、

闇の女王が笑い、

光の主が祈り、

雷の観測者が記録する。


そのすべてに、

ネフェルは興味がなかった。


霧の中に、

迷い込んだ旅人がいた。


「……ここは……どこだ……?」


ネフェルはゆっくりと顔を向ける。


「……帰りなさい」


その声は風のように薄く、

旅人は理由も分からず踵を返した。


静寂領域は、

六国の中で唯一、

“争いの気配がない国”だった。


だがそれは平和ではなく、

ただの“無関心”だった。


こうして六体の召喚獣は、

それぞれの国を支配し、

それぞれの思想で世界を染めた。


だが――

その均衡は脆い。


火は氷を嫌い、

光は闇を憎み、

雷は全員を観測し、

霧は誰にも興味がない。


六国は、

いつ戦争が始まってもおかしくない状態だった。


そして、

その火種は、

すでに世界のどこかで燻り始めていた。

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