落とし物預かり所の、元気な少年
目がさめる
連休明けの朝
とても頭が重い
先週は久方ぶりの連休ということもあり実家に帰省していたのだ
親戚一同も勢揃いする中
私は卒業と同時に家を出て都会の生活をスタートしていたので今は何をしているのかとかいい人は見つかったのとか
顔を合わせばやれ結婚はまだか子供はまだかと言われる始末だ
恋人さえいたことないのに
ゆっくりできやしない
親戚からの質問攻めを交わしながら料理を出したり親戚の子供の相手をしたりしていたら一件のメールが来た
「久しぶり!今実家にいるんだって?私も帰省しているから一緒に飲みに行かない?」
そんなこんなで高校時代の友達とたまたまタイミングが合い飲みに行くことになった
年甲斐もなく大はしゃぎ
なんせあのあーこが結婚して子供もいるのだ
私は親戚の結婚コールが嫌で逃げてきたのにいつの間にか話はあーこは結婚をして子供もいる
こんなジェンダーレスとか言われる時代において家庭を持ち子供を持つことが全てではないとわかってはいるが
あれだけ周りから圧力をかけられ続けたらそれが幸せであると誤認してもおかしくないだろう
別に誰がという話ではないが
「なんで子供なんて産んだよの、結婚はしたいってずっっと言ってたけどそれでもあれだけ国内国外問わず旅行に出掛けていたのに。子供なんでいたらどこにも行けないじゃない」
「そうだねえ、別に今の選択を後悔していないと言ったら嘘になるけど、それでも好きな人が望んだからねえ」
しみじみと言われてしまった
そんなふうに言われたら何も言えないじゃないか
「うちの子ね、今度旅行でそっちに行くんだってさ」
「かぁ〜最近の子はすごいねえ、小学生だっけ?中学生があんな都会にきたところで何もすることないよ。私たちの時はせいぜいジャスコでプリ撮るのが精一杯だったのにねえ。」
「まあ今時の中学生は色々あるのよ。精神が先に成熟する分色々ね。まあ何か困った時にあなたを頼るように伝えるから何かあったら助けてあげて」
高校時代に1番仲の良かったあーこにそんなふうに言われたら断れもしない
任せとき!とドンと思いっきり胸を叩いて咳き込んでしまった
恥ずかしい
そんなこんなで月曜日を迎えてしまったわけだ
連休らしいことも碌にせぬまま昔の記憶に縋った末路なのか髪の毛が思いっきり跳ねてた
いつも入念にアウトバスケアをしてストレートを維持して、朝にはヘアアイロンを当ててスプレーで固定しているが今はそんな時間すら惜しい
「寝坊した!!!」家を出るまで残り数十分ヘアアイロンを適当に当てて誤魔化すことに成功した
こんな時に服装が自由でなくて良かったと心の底から思った
ファッションセンスがなく服を買う余裕がない私のような人間には制服がお似合いだ
「おはよう!!」
「おはよう」
今日はたまたまいた同僚と少し会話をする
そう言えばあのネクタイ、私が同僚といる時には一つも話しかけてこない
ということはやっぱり幻聴なのか?
赤いネクタイを睨みつける
だが一向に話しかけてこない
午後になり同僚が自身の仕事に戻っていったことを確認後話しかけてみる
「銀次〜あんたもしかして私が1人にならないと話しかけてこない感じなの?」
「てやんでい! 人間様ってなぁ、どいつもこいつも世間体ってやつを気にしやがるんだろ? ひとりでネクタイに話しかけてるの見られちゃあ、それこそお迎えが来たか、頭のネジが飛んだと思われても仕方ねぇじゃねえか。……あっしなりに気ィ遣ってやってんだ、ありがたく思いやがれ!」
なるほど
私の世間体を考えてくれるなんて随分と素晴らしく優しいではないか
「確かにそうね・・意外と気を遣ってくれるのね」
妙に感心してしまった
随分と人間事情に詳しいようだ
持ち主とは相当長いことよろしくしていたらしい
「そんなこたぁいいんだ、今日はこいつだよ! さっきから四六時中話しかけてきやがって、おちおち寝る間もありゃしねえ。ったく、耳にタコができるってんだ、べらぼうめ!」
「銀次さん銀次さん!!僕と遊んでくださいよ!!いろんなお話ししてください!!!」
そう言われて銀次の横を見るととても元気な声を発する落書きだらけの大きなサッカーボールがあった
どうやら今回はサッカーボールの持ち主を探すことになるようだ
「あら銀次、ものすごく慕われてるじゃない。話ぐらいしてやったらいいのに」
「てやんでい、そんなこたぁ分かってらぁ! この連休中、あの転がり回るサッカーボール野郎の相手をして、四六時中喋り倒したのが運の尽きよ。あっしの『ネタの蔵』も、あいつに全部ぶちまけちまって、今はスッカラカンの空っぽだってんだ。おちおち寝る間もありゃしねぇし、もうこれ以上は何も出てこねえよ、べらぼうめ!」
もうすでに手を打っていたようだ
これ以上話をすることができず、でも相手は子供のようだから話ができないと突っぱねることもできず困り果てているらしい
「なるほどねえ、じゃあサッカーボールさん、あなたの主人さんが受け取りに来られるように事前に特徴をまとめようと思うんだけど協力してくれる?」
「うん!わかった!!!僕はねえ、主人さんのところに来てからまだ数ヶ月なんだよ!!!いつもお気に入りの公園に行く時に一緒に連れていってくれて、どこに行くにも一緒だったんだ!!でも、ある日突然大雨が降ってきちゃって慌てて家に帰る途中で僕を落としてしまったみたい・・・。ネットに入っていたんだけど僕の前の人も使っていたから切れちゃったんだと思う・・・。最近何だか落ち込んでいたし、サッカースクールにもなかなか顔を出しにいけなかったんだ。」
主人にもらわれてから数ヶ月ということはまだ赤ちゃんか、小学生ですらない子供の面倒を見るのは初めてで戸惑う
だがこれでなんとなく目星はついている、順当に考えれば近くにあるサッカースクールに通うサッカー少年だろう
はっきり言ってそれ以外には思いつかない、それしか情報がないのだから
「うーん。じゃあそれ以外で覚えていることや主人様の特徴を教えてくれる?」
「赤い服を着ていたよ!!背中には「A」の文字が入っていたよ!!」
赤い服か、ゼッケンの可能性もある
それよりも筋ではなく「A」か何か意味があるのだろうか
そんなんことを考えていたら部屋に大きな声が響く
「こんにちはーーー!!!!!!!」
びっっくりした
そこには青い服を着たスポーツ少年が立っていた
「ここにきたら落ちし物見つかるって母ちゃんが言ってたんですけど、僕のサッカーボールは届いていますか?」
サッカーボールはざっと数十個ある
近くに公園とサッカー教室があるため意外とこの近辺では野球よりもサッカー少年の方が目に映りやすい
「はい、落とし物はこちらで預かっております。と言いましてもサッカーボールは数十個あるのですが、何か特徴はありますか?」
「学校でみんなに寄せ書き書いてもらったんだ!!それが目印になると思う!」
今のところ心当たりがあるのはあの声の大きなサッカーボールなのだが
あの落書きってもしかして寄せ書きだったりするのか?
他にも落書きされているものもあるためそれらももちろん候補に入れなければならない
声が聞こえたからってそれだけを根拠にすることはできないし、受け取る側も信用ならないだろう
「あいにく寄せ書きされたサッカーボールも数種類ありまして、他に何か特徴とか落とした日付とかわかりますか?」
「落としたのは先週の金曜日だったと思う!連休に入る前に書いてもらって、大切に持って帰っていたんだけど気がついたら無くなってたんだ・・。」
服は青色だ赤じゃない
「そうなんですね、ちなみになのですがその時の服装を覚えていますか?」
「赤いゼッケンを着てました!!背中には俺の苗字の赤井の頭文字をとってAって入ってます!!」
ビンゴだ
ところで赤井といえば真っ先にあーこが思い浮かぶ
紅井賢子
略してあーこ
赤井ではないのでとても珍しい
そういえばあーこの子供もこっちにきていると言われた
まさか?
「サッカーボールはこちらであっていますか?」
そう言いながら先ほどまで会話をしてた大きな落書きだらけのボールを差し出す
「これです!!ありがとうございます!!」
「みつかってよかったです。それでは受取人のサインをお願いします」
そう言って紙を差し出す
そこには
紅井悟と書かれていた
「もしかしてあなたって紅井賢子の息子さん?私佐藤です!お母さんのお友達なの!あーこから息子がこっちにくるって話を聞いていたんだけど」
「もしかしてさとねえちゃんですか!前に母さんから話は伺っていて、今回も、ほらこうやって紙に電話番号を書いて何かあったらここに連絡しろって言われていたんです!」
そこに書かれていたのは紛れもなく私の番号だった
「それにしても素敵な偶然ってあるのね。以前お母さんとご飯を食べた時に写真を見せてもらったんだけど、あんなに小さな赤ちゃんだったのにもうこんなに大きくなって」
「僕ももう中学生ですから!それに春になったら転校もすることになっているし、自分のことは自分できるようにならないと!!」
あぁ、だからあーこは色々あるのよと言っていたのか
中学生の思春期のこの時期に転校だなんて色々あって当然だろうう
特にサッカーボールに寄せ書きということは近くのサッカースクールにも通っていただろうし
習い事と学校が変わるだけではなく今までの交友関係も全て一からになるのだ不安定になっても仕方がない
「そうなんだ、もう立派なお兄さんだね。でもそんなお兄さんがみんなからの寄せ書きが入っている大事なサッカーボールをなくすだなんてあまり褒められたものではないのよ。気をつけなさい。」
「はいありがとうございます!今後は気をつけます!」
そんなことしか言えなかった
私は中高一貫だったため思春期の難しいお年頃でもグレることなくここまでやってきたが
普通は中学生で一旦別れを体験して強くなっていくのだろう
ただ、今回は転校という少し早めであっただけで
「こっちにいる間に何あったら連絡しなさい、何もなくても何かあってお母さんを頼れない時とかあったら頼りなさい。1人でも頼れる人がいれば心強いでしょう」
本心だ
1人でも頼れる大人がいるのは心強いだろう
「ありがとうございました!!」
少年は大きな声でお礼を言って去っていった
無事に落とし物も渡すことがでしたし、気がかりだったあーこのことも解決した
素晴らしい成果だ
「そういや銀次って結構落とし物たちに慕われているのね」
「て、てやんでい! 何を寝ぼけたこと抜かしやがんだ! あんな転がり回るだけの丸っこい野郎に慕われて、何が嬉しいってんだよ。こちとら、あいつが一方的にべらべら喋り倒すのを、あいにく耳栓がねぇから仕方なく聞いてやってただけだ。勘違いすんじゃねえぞ、べらぼうめ!」
どうやらとんでもなく照れているらしい
今まで退屈のひとことだった仕事がだんだん楽しいものになってきた
これも銀次のおかげなのだろう
一つ感謝をしておくことにした。




