第4話「新たなる依頼と、謎の美少女」
朝日——いや、朝の二つの太陽が窓から差し込んできた。
蒼太は目を覚ました。
「ん…」
体を起こすと、全身が筋肉痛だった。昨日のスライム討伐で、想像以上に体を動かしたらしい。
「痛たた…」
ベッドから降りて、窓の外を見る。
王都リベルタスの朝は早かった。通りには既に人々が行き交い、商人たちが店を開け始めている。パン屋からは焼きたてのパンの香りが漂ってくる。
「異世界…二日目か」
まだ実感が湧かない部分もあるが、確かにこれが現実だ。
蒼太は顔を洗い、昨日と同じ革鎧を装備した。短剣を腰に差す。
「よし、今日も頑張るか」
部屋を出て一階に降りると、朝食の準備がされていた。
「おはよう、坊や」
女将が笑顔で迎えてくれた。
「朝食はパンとスープ、それにチーズだよ。食べてきな」
「ありがとうございます」
朝食は簡素だが美味しかった。黒パンにチーズを挟んで食べ、野菜のスープで流し込む。
食堂には他にも何人かの冒険者がいた。早朝から依頼に出かける者たちだろう。
「ごちそうさまでした」
蒼太は宿を出て、冒険者ギルドへと向かった。
朝のギルドは、昨日の夕方とは違って静かだった。
まだ依頼を受けに来る冒険者は少なく、カウンターにはリーファが一人で立っていた。
「あ、蒼太さん!おはようございます」
リーファが笑顔で手を振った。
「おはようございます」
「今日も依頼ですか?」
「はい。何かいい依頼ありますか?」
リーファは少し考えてから、依頼掲示板を指差した。
「Fランクの依頼は…今日は薬草採取とゴブリン討伐がありますね」
「ゴブリン…」
蒼太は依頼書を見た。
【依頼書】
依頼名:ゴブリン討伐
難易度:F+
報酬:8000ゼル
内容:王都北の洞窟に出没するゴブリンを3匹討伐せよ
依頼主:リベルタス治安維持隊
備考:ゴブリンは知能が低いが、集団で行動することがある。注意されたし。
「F+…Fより上なんですか?」
「はい。Fランクの中でも少し難しい依頼という意味です。ゴブリンはスライムより強いですから」
リーファは心配そうに蒼太を見た。
「蒼太さん、まだ昨日初依頼を終えたばかりですよね。無理はしないでくださいね」
「大丈夫です。スライムのスキルもコピーしてますし」
「そうですか…でも、本当に気をつけてください」
彼女の心配は本物だった。蒼太は少し嬉しくなった。
「わかりました。じゃあ、この依頼、受けます」
「かしこまりました」
リーファは依頼を受理し、蒼太のギルドカードに記録した。
「洞窟は北門から徒歩一時間ほどです。この地図を持っていってください」
「ありがとうございます」
蒼太は地図を受け取り、ギルドを出ようとした。
その時——
「待ちなさい」
冷たい声が背後から響いた。
蒼太は振り返った。
そこには、一人の少女が立っていた。
銀色の長い髪。鋭い青い瞳。白と銀を基調とした騎士の鎧を着て、腰には細身の剣を下げている。年齢は蒼太と同じくらいだろうか。
そして何より、その美しさに蒼太は息を呑んだ。
整った顔立ち。凛とした佇まい。まるで絵画から抜け出してきたような、完璧な美少女。
「あ、あの…」
「あなた、昨日登録したばかりの新人ね」
少女は蒼太を見下ろすように言った。
背はそこまで高くないのに、なぜか見下ろされている気分になる。それだけ、彼女の雰囲気には威圧感があった。
「は、はい…」
「ゴブリン討伐を一人で受けるつもり?」
「そうですけど…」
少女はフッと鼻で笑った。
「無謀ね。昨日スライムを倒したくらいで調子に乗って、ゴブリンに殺されるパターンよ」
「え…」
「忠告しておくわ。ゴブリンは武器を使う。罠も仕掛ける。そして何より、群れで襲ってくる。スライムとは格が違うわ」
少女の言葉には、経験に裏打ちされた重みがあった。
「それでも行くというなら止めないけど…死んでも知らないわよ」
そう言って、少女は踵を返した。
「あ、あの!」
蒼太は思わず声をかけた。
「お名前…聞いてもいいですか?」
少女は振り返らずに答えた。
「…リリア。それだけ覚えておけば十分よ」
そして、ギルドを出ていった。
「リリア…」
蒼太はその名を繰り返した。
「蒼太さん」
リーファが心配そうに声をかけてきた。
「今の人…リリアさんは、Cランクの冒険者です。とても実力のある方なんですが…少し、冷たい人で」
「Cランク…」
ランクは下からF、E、D、C、B、A、Sと続く。Cランクということは、かなりの実力者だ。
「彼女の言う通り、ゴブリンは危険です。本当に、気をつけてくださいね」
「はい…」
蒼太は複雑な気持ちでギルドを後にした。
北門を抜けて、森を進む。
昨日の東の森とは違い、北の森はより暗く、鬱蒼としていた。
地図によれば、洞窟は森を抜けた先の岩山にあるらしい。
「リリアか…」
蒼太は先ほどの少女を思い出した。
冷たい態度だったが、忠告してくれたのは事実だ。きっと、悪い人じゃない。
「でも…負けられないな」
蒼太は拳を握った。
【コピー&ペースト】がある。昨日スライムから得たスキルもある。ゴブリンのスキルもコピーすれば、きっと勝てる。
それに——
「強くならないと、魔王なんて倒せない」
蒼太は歩を進めた。
一時間ほど歩いて、ようやく洞窟が見えてきた。
岩山の中腹に、ぽっかりと開いた暗い穴。入口は人一人が通れるくらいの大きさだ。
「ここか…」
蒼太は洞窟の入口に立った。
中からは、何か嫌な臭いがする。獣臭と、腐敗臭が混ざったような臭い。
「うっ…臭い」
鼻を押さえながら、蒼太は中に入った。
洞窟内は暗かった。入口からの光がわずかに差し込んでいるだけで、奥は完全な闇だ。
「明かりが…必要だな」
そう思った瞬間、蒼太は何かを踏んだ。
カチッ
「え?」
次の瞬間——
ヒュンッ
何かが飛んできた。
蒼太は反射的に【弾性跳躍】で後ろに跳んだ。
ガンッ
蒼太がいた場所に、木の杭が刺さっていた。
「罠…!」
リリアの言葉を思い出す。「ゴブリンは罠を仕掛ける」と。
「マジかよ…」
蒼太は冷や汗をかいた。もし避けられなかったら、あの杭が体に刺さっていた。
「慎重に…いかないと」
蒼太は足元を確認しながら、ゆっくりと進んだ。
洞窟の奥から、声が聞こえてきた。
「ギィ…ギィギィ」
甲高い、不快な声。
そして、奥から光が見えた。焚き火の光だ。
蒼太は壁に身を隠しながら、そっと覗き込んだ。
洞窟の奥には、広い空間があった。
そこには——
ゴブリンが五匹いた。
身長は120センチほど。緑色の肌に、醜い顔。尖った耳と牙を持ち、ボロ布のような服を着ている。それぞれが棍棒や短剣といった武器を持っていた。
「五匹…依頼は三匹だけど」
どうする?
逃げるか?いや、でもここまで来て。
「…やるしかない」
蒼太は短剣を抜いた。
そして、心の中で念じる。
「ステータス」
【現在のステータス】
名前:桜井蒼太
レベル:2(昨日のスライム討伐で上がっていた)
HP:120/120
MP:120/120
現在保持スキル:
・【コピー&ペースト】(固有)
・【酸性粘液 Lv2】
・【弾性跳躍 Lv3】
・【物理耐性(小) Lv1】
「よし…まずは様子を見る」
蒼太はゴブリンの一匹に【コピー】を試みた。
【コピー可能スキル】
対象:ゴブリン
∙【棍棒術 Lv2】
∙【夜目 Lv3】
∙【集団戦術 Lv2】
∙【狂暴化 Lv1】
選択してください
「全部コピー!」
スキルを取得した。そして【ペースト】。
瞬間、蒼太の視界が変わった。
暗かった洞窟内が、はっきりと見える。これが【夜目】の効果か。
そして、ゴブリンたちの動きが何となく読めるようになった。【集団戦術】のスキルが、彼らの連携パターンを理解させてくれる。
「なるほど…これは使える」
蒼太は慎重に距離を詰めた。
ゴブリンの一匹が、蒼太に気づいた。
「ギャッ!」
他のゴブリンも一斉に振り返る。
五匹のゴブリンが、武器を構えて襲いかかってきた。
「来い!」
蒼太は【弾性跳躍】で大きく跳び、ゴブリンの頭上を飛び越えた。
着地と同時に、背後のゴブリンに【酸性粘液】を放つ。
「ギャアアアァァ!」
ゴブリンが苦しみながら倒れた。一匹撃破。
残り四匹が同時に襲いかかってくる。
しかし、【集団戦術】のおかげで、その動きが予測できた。
右から棍棒、左から短剣、正面から体当たり——
蒼太は全ての攻撃を【弾性跳躍】で回避し、カウンターで【酸性粘液】を浴びせる。
「ギィィィ!」
「ギャアア!」
二匹目、三匹目が倒れる。
残り二匹。
ゴブリンたちは恐怖したのか、後退し始めた。
「逃がさない!」
蒼太は【弾性跳躍】で距離を詰め、短剣を振るった。
ザシュッ
四匹目のゴブリンを斬り倒す。
最後の一匹が、悲鳴を上げて逃げ出した。
「待て!」
蒼太は追いかけ——そして、気づいた。
「しまった!」
逃げるゴブリンが、何かを踏んだ。
ガラガラガラッ
天井から、大量の岩が降ってきた。
「うわっ!」
蒼太は【弾性跳躍】で入口方向へと跳んだ。
背後で、洞窟の一部が崩れる音がした。
なんとか洞窟の外に出た蒼太は、地面に座り込んだ。
「はぁ…はぁ…危なかった…」
最後のゴブリンは、崩落に巻き込まれたようだ。
結果的に、五匹全て討伐した。
「やった…勝った…」
蒼太は安堵の息をついた。
そして、ゴブリンたちが落とした戦利品を回収した。小さな緑色の魔石が五つ。それと、使えそうな短剣が一本。
「これで…報酬もらえるかな」
蒼太は立ち上がり、王都への帰路についた。
森を抜け、門をくぐり、ギルドへと向かう。
「蒼太さん!」
ギルドに入ると、リーファが駆け寄ってきた。
「無事だったんですね!良かった…」
彼女は本当に心配してくれていたらしい。目に涙が浮かんでいた。
「はい。なんとか」
「ゴブリンは…?」
「五匹、倒しました」
「五匹…!?」
リーファだけでなく、周囲の冒険者たちも驚いた表情を見せた。
「新人が、ゴブリン五匹…?」
「マジかよ…」
「コピー&ペーストって、そんなに強いスキルなのか?」
ざわめきが広がる。
そのとき、ギルドの入口から、あの銀髪の少女——リリアが入ってきた。
彼女は蒼太を一瞥し、そして小さく呟いた。
「…生きて帰ってきたのね」
その表情には、わずかに安堵の色が浮かんでいた。
「リリアさん…」
蒼太は彼女に声をかけようとしたが、リリアは無視して依頼掲示板へと向かった。
「蒼太さん、報酬の手続きをしますね」
リーファが笑顔で言った。
「はい、お願いします」
その夜、蒼太は再び『眠れる竜亭』のベッドに横たわっていた。
「二日目も…なんとか生き延びた」
報酬の8000ゼルを手に入れ、少しずつだが、この世界での生活が安定してきた。
そして何より——
「【コピー&ペースト】…やっぱり強い」
ゴブリンのスキルもコピーした。これで、戦闘の幅がさらに広がった。
「明日は…もっと強い敵に挑戦してみようかな」
蒼太は天井を見つめながら、そう呟いた。
リリアの冷たい瞳が、脳裏に浮かぶ。
「いつか…あの人を驚かせてやりたいな」
そんなことを考えながら、蒼太は眠りについた。
異世界生活、二日目。
少しずつ、この世界に馴染んできた蒼太だった。




