第3話「初めての戦闘と、【コピー】の力」
王都の東門を抜けると、そこには鬱蒼とした森が広がっていた。
「これが…モンスターの出る森か」
蒼太は森の入口で立ち止まった。木々は背が高く、枝葉が重なり合って空を覆い隠している。森の中は薄暗く、奥からは時折、獣の鳴き声のようなものが聞こえてくる。
正直に言えば、怖かった。
元の世界では、せいぜいキャンプに行ったことがあるくらい。本格的な森に入るのは初めてだし、ましてやモンスターと戦うなんて経験は当然ない。
「でも…行くしかないよな」
蒼太は深呼吸をして、森に足を踏み入れた。
足元には落ち葉が積もっていて、歩くたびにザクザクと音がする。木漏れ日が差し込み、幻想的な光景を作り出している。もし観光だったら、きっと美しいと感じただろう。
でも、今は違う。
蒼太は腰に差した短剣に手を添えながら、慎重に歩を進めた。
「スライムって…どこにいるんだ?」
依頼書には「王都近郊の森」としか書かれていなかった。具体的な場所は教えてもらっていない。
森を進むこと十分ほど。
「ん?」
蒼太は足を止めた。
前方、木の根元に、青い何かがあった。
ゼリーのような、半透明の物体。大きさはバスケットボールくらい。それがぷるぷると震えている。
「あれが…スライム?」
蒼太は慎重に近づいた。
スライムは蒼太に気づいていないようだった。ただ、その場でぷるぷると震えている。可愛いと言えば可愛い。
「よし…」
蒼太は短剣を抜いた。
初めての戦闘。初めてのモンスター討伐。
手が震える。心臓がバクバクと音を立てている。
「えいっ!」
蒼太は短剣を振り下ろした。
しかし——
ブンッ
空振りだった。
スライムは素早く横に跳ねて、攻撃を回避した。
「速っ!」
想像以上の機動力だった。あんなにぷるぷるしてたのに、動くときは素早い。
スライムは蒼太の方を向いた。視覚器官があるわけではないのに、確かに「こちらを見ている」と感じる。
そして——
ビュンッ
スライムが跳んできた。
「うわっ!」
蒼太は慌てて横に飛び退いた。スライムは蒼太がいた場所に着地し、すぐに次の攻撃態勢に入る。
「ヤバい、ヤバい…!」
これは思ったより強い。いや、スライムが強いというより、蒼太が弱すぎるのだ。
戦闘経験ゼロ。剣術の心得ゼロ。ただの高校生が、いきなりモンスターと戦えるわけがない。
スライムが再び跳んでくる。
今度は避けきれなかった。
ベチャッ
スライムが蒼太の腕に張り付いた。
「うわっ、気持ち悪っ!」
そして——熱い。
「痛っ!熱っ!」
腕がジンジンと痛む。見ると、スライムが触れた部分の革鎧が溶け始めていた。
「酸…?」
蒼太は慌ててスライムを振り払った。スライムは地面に落ち、再び跳ねて距離を取る。
蒼太の腕には、軽い火傷のような痕が残っていた。
「くそ…弱いとか言って、普通に危ないじゃないか…」
このままでは負ける。いや、負けるどころか、死ぬかもしれない。
そのとき、蒼太はハッと思い出した。
「そうだ…【コピー】!」
蒼太はスライムを見据えた。
心の中で強く念じる。
「【コピー】!」
瞬間、視界の端にウィンドウが浮かび上がった。
【コピー可能スキル】
対象:スライム
∙【酸性粘液 Lv2】
∙【弾性跳躍 Lv3】
∙【物理耐性(小) Lv1】
選択してください
「全部コピーできるのか…!じゃあ、全部だ!」
蒼太は三つのスキル全てを選択した。
【コピー完了】
取得スキル:
・【酸性粘液 Lv2】
・【弾性跳躍 Lv3】
・【物理耐性(小) Lv1】
現在の保持スキル数:4/10
「よし…次は【ペースト】!」
蒼太は取得したスキルを自分に適用した。
瞬間、体に力が漲るのを感じた。
特に脚に。そして、手のひらに妙な感覚がある。
「これが…スライムのスキル…」
スライムが再び跳んでくる。
でも、今度は違った。
蒼太の目には、スライムの動きがはっきりと見えた。軌道が、速度が、着地点が。
「見える…!」
蒼太は【弾性跳躍】のスキルを使って、大きく後ろに跳んだ。
自分でも驚くほど高く、遠くに跳べた。三メートルは跳んだだろう。
「すげぇ…!」
そして、着地と同時に、蒼太は右手を前に突き出した。
「【酸性粘液】!」
手のひらから、緑色のドロッとした液体が飛び出した。それはスライムに命中し——
ジュウゥゥゥ
スライムの体が溶け始めた。
「自分の酸で溶けるのかよ!」
いや、よく考えれば当然だ。スライムは他のスライムと戦うこともあるだろう。同じ種族同士の攻撃が効くのは、生態系として自然なことだ。
スライムは苦しそうに震えながら、やがて動かなくなった。
体が完全に溶けて、地面に染み込んでいく。後には、小さな青い結晶が残された。
「やった…倒した…!」
蒼太は膝をついた。全身から力が抜けていく。
初めての戦闘。初めてのモンスター討伐。
怖かった。本気で死ぬかと思った。
でも、勝った。
「【コピー&ペースト】…マジで強いな」
相手のスキルをコピーして、それを使って倒す。理にかなっている。そして何より、圧倒的に有利だ。
蒼太は地面に残された青い結晶を拾い上げた。親指の爪くらいの大きさで、綺麗に輝いている。
「これが…魔石ってやつかな」
モンスターを倒すと手に入る、価値のある結晶。ギルドで換金できるはずだ。
「よし…あと四匹だ」
蒼太は立ち上がった。
最初の一匹を倒して、少し自信がついた。もう、戦い方は分かる。【コピー】して、【ペースト】して、スライムのスキルで戦えばいい。
それから一時間ほどで、蒼太は残り四匹のスライムを討伐した。
二匹目からは、もう余裕だった。【弾性跳躍】で距離を取り、【酸性粘液】で攻撃する。スライムの攻撃は【物理耐性】である程度防げる。完璧な戦法だった。
「五匹…完了」
蒼太は五つの魔石を革袋に入れた。ギルドで支給された、戦利品用の袋だ。
「よし、帰るか」
森を出て、王都へと戻る。
夕日が傾き始めていた。二つの太陽のうち、黄色い方が沈もうとしている。青白い方はまだ空高くにあった。
「不思議な世界だな…」
蒼太はそう呟きながら、王都の門をくぐった。
冒険者ギルドに戻ると、夕方の賑わいが広がっていた。
一日の仕事を終えた冒険者たちが、酒を飲んだり、依頼の報告をしたりしている。
蒼太はカウンターに向かった。リーファがちょうど空いていた。
「あ、蒼太さん!お帰りなさい。もう戻ってきたんですか?」
「はい。依頼、完了しました」
蒼太は革袋から五つの魔石を取り出し、カウンターに並べた。
リーファは目を丸くした。
「本当に…スライムを五匹も?」
「はい」
「すごい…初依頼で、しかも今日登録したばかりなのに」
彼女は魔石を一つ一つ確認してから、書類に記録していく。
「確かにスライムの魔石、五個ですね。報酬の5000ゼルをお支払いします」
カウンターに、銀貨が五枚置かれた。
「このゼルって…」
「通貨ですよ。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚です。銀貨五枚あれば、宿に一週間は泊まれますし、食事も十分できます」
「なるほど…」
意外と価値があるんだな、と蒼太は思った。
「それと、蒼太さん」
リーファは微笑んだ。
「初依頼完了、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
蒼太も思わず笑顔になった。
「これで私も、立派な冒険者ですね」
「はい。でも…無理はしないでくださいね。スライムは確かに弱いモンスターですが、油断すると危険です」
「わかってます。実際、一匹目は結構苦戦しました」
リーファは安心したように頷いた。
「今日はもう遅いですし、宿をお探しですか?」
「あ、そうですね…宿、どこかいいところありますか?」
「それでしたら、ギルドの近くに『眠れる竜亭』という宿があります。冒険者御用達で、清潔で安全ですよ。一泊銀貨一枚です」
「じゃあ、そこにします」
リーファは地図を描いて渡してくれた。
「ここです。夕食も美味しいので、ぜひ食べてみてください」
「ありがとうございます」
蒼太は銀貨を受け取り、ギルドを後にした。
『眠れる竜亭』は、確かにギルドから徒歩三分ほどの場所にあった。
三階建ての建物で、一階が食堂兼酒場、二階と三階が客室になっているようだ。
「いらっしゃい!」
入口で、恰幅の良い中年女性が迎えてくれた。宿の女将らしい。
「宿を探してるのかい?」
「はい。一泊、お願いします」
「銀貨一枚だよ。食事は?」
「夕食もお願いします」
「じゃあ、もう銀貨一枚。計二枚だね」
蒼太は銀貨を二枚渡した。
「三階の五号室が空いてるよ。鍵はこれ。夕食は一階で出すから、好きな時に降りてきな」
「ありがとうございます」
部屋は質素だが清潔だった。ベッド、机、椅子、窓。それだけだが、十分だ。
蒼太はベッドに倒れ込んだ。
「はぁ…疲れた…」
全身の疲労が、一気に押し寄せてきた。
今日一日で、何が起きたのか。
転生。女神との出会い。王都到着。ギルド登録。初戦闘。
あまりにも濃密すぎる一日だった。
「でも…やっていける気がする」
蒼太は天井を見上げた。
【コピー&ペースト】のスキル。これがあれば、きっと強くなれる。魔王を倒すことだって、夢じゃない。
「よし…まずは腹ごしらえだ」
蒼太は部屋を出て、一階の食堂へ降りた。
食堂は冒険者たちで賑わっていた。酒を飲み、笑い、今日の成果を語り合っている。
「おい、新人!」
突然、声をかけられた。
振り返ると、昼間ギルドで見かけた戦士——確か、蒼太のスキルを笑っていた男だ。
「お前、本当にスライム倒したのか?」
「はい」
蒼太は平然と答えた。
男はニヤリと笑った。
「へぇ。やるじゃねえか。俺はガロン。戦士だ」
「蒼太です」
「コピー&ペーストがどんなスキルか知らねえが、まあ頑張れよ。冒険者の世界は甘くねえからな」
ガロンはそう言って、仲間のテーブルに戻っていった。
悪い人じゃなさそうだ、と蒼太は思った。
「お待たせ!」
女将が料理を運んできた。
シチュー、パン、サラダ。シンプルだが、ボリュームがある。
「いただきます」
蒼太はスプーンを口に運んだ。
「うまっ!」
シチューは肉と野菜がたっぷり入っていて、スパイスが効いている。パンは外はパリッと、中はふんわり。元の世界のコンビニ弁当とは比べ物にならない美味さだった。
「異世界の飯…最高だな」
蒼太は夢中で食事を平らげた。
そして部屋に戻り、ベッドに横になった。
「明日は…何の依頼を受けようかな」
考えているうちに、意識が遠のいていった。
長い一日が、終わった。
桜井蒼太の異世界生活、一日目。
それは、予想以上に充実した一日だった。




