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第四章:それぞれの追跡と葛藤


早見拓海の国会事務所は、冷たい戦場と化していた。彼の告発の準備は着々と進んでいたが、同時に、妨害工作も熾烈を極めていた。

「早見議員、今日の委員会、欠席でよろしいですね?」

秘書の顔には疲労の色が濃かった。早見が「体調不良」を理由に公の場から姿を消して、すでに数日が経過していた。しかし、それはあくまで表向きの理由だ。実際は、黒田剛と公安が用意した安全な隠れ家に身を潜めていた。

彼のスマートフォンには、連日「体調を気遣う」同僚議員からの連絡が入っていたが、その裏には探りを入れる意図が見え透いていた。メディアからの問い合わせもひっきりなしで、特にスキャンダルを追う週刊誌の記者が執拗だった。神崎義人率いるクロノス・ディフェンスが仕掛けた情報戦は、早見の政治生命を確実に削り取ろうとしていた。

「もうすぐだ。全ての情報が揃えば、世論は動く。」

早見は、黒田が提供したデータと、自らがこれまでに集めた資料を再確認していた。介入作戦の詳細、PXFの活動履歴、そして、日本政府の一部高官がその計画を黙認していることを示す間接的な証拠。これらが一つに繋がれば、もはや誰もこの真実を否定できない。

その夜、早見の隠れ家に一本の電話が入った。発信元は、大手新聞社の社会部、橘梓だった。

「早見議員、無事でしたか!事務所から連絡が取れないので心配していました。私、橘梓です。今、どこに?」

早見は一瞬警戒したが、橘の必死な声に嘘偽りがないと感じた。

「橘さん……今、話せる状況ではありません。ですが、あなたが追っている件、全て真実です。いや、真実の一部しかあなたは知らない。」

「何かあったんですね!私、協力できます。あなたが掴んでいる情報を、国民に伝えることができます!」

橘の熱意が、電話越しにも伝わってきた。早見は迷った。彼女を巻き込むことは、彼女の命を危険に晒すことだ。しかし、この巨大な闇を暴くには、世論の力が必要だった。そして、橘のような、真実を求める記者の存在が不可欠だった。

「分かりました。数日後、ある場所で重要な情報を公表します。詳細はこちらから連絡します。それまで、何があっても、私の言葉を信じて待っていてください。そして、身辺にはくれぐれも気をつけて。」

早見は、電話を切った。この電話が、橘の運命を大きく変えることになるだろうと予感しながらも、彼は自らが選んだ道を進むしかなかった。

黒田剛は、公安内部の情報網を駆使し、PXFの国内での足取りを追っていた。彼には、公安内部にわずかながら信頼できる協力者がいた。彼らは、クロノスと政府上層部の癒着に疑問を抱き、密かに黒田に情報を流していた。

「班長、最近、クロノスが関与する防衛施設での不自然な資材搬入が確認されています。特に、最新鋭の通信機器や、掘削機械まで。」

公安の若手隊員、高村綾が報告する。彼女もまた、この陰謀の深さに危機感を募らせていた。

「掘削機械だと?訓練施設では必要ないはずだ。やはり、地下施設か……」

黒田は、クロノスが過去に受注した全ての公共事業、特に地下インフラ関連の情報を洗い直させた。その中に、数年前にクロノスが請け負った首都圏外郭放水路の「老朽化対策工事」の記録があった。通常の点検では立ち入らないような深部区画の改修記録。その時期と、PXFの海外での活動が一時的に停滞していた時期が奇妙に一致した。

「高村、この時の改修の詳細記録を全て洗い出せ。特に、通常では考えられないような追加予算や、新しい区画の設置の有無を重点的に。」

「はい、班長!」

高村はすぐにPCに向かった。数時間後、彼女は驚くべき情報を発見した。

「班長!見つけました!この『老朽化対策工事』の最終段階で、クロノスは『特殊センサーシステムの試験設置』という名目で、放水路の最深部に通常ルートとは別の秘密通路を設けています。しかも、その通路の先には、小型の車両も格納可能な広大な空間があると記録されています!」

黒田の目に、鋭い光が宿った。

「やはり、そうか……。ブラックウォールのPXFは、ここを隠れ家にしていたのだ。あの巨大な地下空間を、彼らは完璧なアジトとして利用していたのだ。」

黒田は、すぐさま公安上層部にPXFへの突入作戦を具申した。しかし、彼の予想通り、上層部からの明確な許可は下りなかった。

「黒田、落ち着け。貴方の情報は理解できるが、それはあくまで推測の域を出ない。しかも、相手はアメリカのPMCだ。万が一、国際問題に発展すれば、責任が取れるのか?」

「しかし、彼らは日本国内で違法な活動を行っている!今、動かなければ、取り返しのつかないことになる!」黒田は憤った。

「これは、日米間の外交問題だ。我々公安の範疇を越えている。しばらく様子を見るしかない。これが上層部の決定だ。」

黒田は、電話を切った。絶望と、怒りが彼の心を支配した。政府は、自国の安全よりも、アメリカとの関係を優先する。そして、国民に真実を隠蔽しようとしている。

彼は、すぐさま自衛隊特殊作戦群の藤堂慎一郎隊長に連絡を取った。藤堂とは、過去の対テロ訓練で面識があった。

「藤堂隊長、お忙しいところ恐縮です。お尋ねしたいことがある。」

「黒田さん、どうされました?先ほど、米国防省から、特定のテロリストグループ掃討作戦への協力要請が来ておりましてね。国内の、ある地下施設での作戦になるようです。」

藤堂の声は固かった。黒田は、それがPXFの隠蔽作戦であると瞬時に理解した。

「藤堂隊長、その『テロリスト』とは、PXFのことではないのか?彼らは、この日本の地下で、国際的な陰謀に加担している!」黒田は単刀直入に問い詰めた。

藤堂は沈黙した。彼は、国家に忠誠を誓う軍人として、上層部の命令に逆らうことはできない。しかし、黒田の言葉に嘘がないことも感じ取っていた。

「黒田さん……私にも、詳しいことは分かりません。ただ、上からの命令には従うしかない。しかし、もし何らかの『誤解』があった場合、私は自衛官として、国民を守る義務がある。」

藤堂は、それ以上の言葉を濁した。だが、黒田はその言葉の裏に、藤堂なりの「最大限の協力」の意思を感じ取った。自衛隊が直接動くことはできないが、藤堂がこの事態を警戒し、何らかの準備を進めていることを示唆していた。

「ありがとうございます、藤堂隊長。その言葉だけで十分です。」

米国大使館の深奥部、サラ・コリンズのオフィスでは、介入作戦の最終準備が着々と進められていた。モニターにはカザール共和国の首都の状況が映し出され、PXFの隊員が市内に潜入している様子が示されていた。

「作戦開始まで、残り24時間。神崎のチームは、日本のメディアを完全に掌握したか?」サラが冷徹に問いかける。

「はい。早見議員のスキャンダルを捏造し、彼の影響力はほぼゼロになりました。国会での告発は不可能でしょう。」部下が答える。

「そして、公安の黒田の動きは?」

「上層部からの圧力で、ほぼ身動きが取れない状態です。しかし、一部の彼に近いメンバーが、放水路の周辺で不審な動きを見せています。彼らが直接動けば、自衛隊が対応することになるでしょう。」

サラは、薄く笑った。全てが計画通りに進んでいる。自衛隊を動かし、日本の警察機構の動きを封じる。そして、その隙にPXFが作戦を完了させる。完璧なシナリオだった。

PXFの指揮官「ファントム」は、首都圏外郭放水路の最深部に設けられた秘密基地で、最終ブリーフィングを行っていた。彼の背後には、爆破工作担当の「ヴァイパー」を含む、PXFの精鋭隊員たちが沈黙したまま立っていた。

「間もなく、作戦は開始される。我々の任務は、カザール共和国での『テロ事件』を偽装し、米軍介入の口実を作ることだ。我々が動けば、日本の自衛隊が動員される。その混乱に乗じて、我々は隠蔽されたデータを回収し、完璧な隠蔽工作を行う。」

ファントムの言葉は、冷酷で容赦がなかった。彼の視線は、眼下の巨大な調圧水槽へと向けられていた。無数のコンクリートの柱が立ち並ぶその空間は、彼らにとっては完璧な隠れ家であり、任務遂行のための最適な舞台だった。

「日本の警察機構が介入する可能性もある。その場合は、容赦なく排除しろ。彼らは我々の任務を妨害する障害でしかない。だが、自衛隊とは交戦するな。彼らは我々の陽動として機能する。」

ヴァイパーは、無言で頷いた。彼女の表情には、いつもの無邪気さはなく、冷たい殺意が宿っていた。

早見は、隠れ家のテレビから流れるニュースを見ていた。彼のスキャンダルが、連日、トップニュースで報じられている。世間は彼を「金に汚れた裏切り者」と罵倒していた。

「これが、彼らのやり方か……。」早見は唇を噛み締めた。

しかし、彼の心は折れていなかった。むしろ、怒りが彼を突き動かしていた。

その時、黒田が部屋に入ってきた。その表情は、かつてないほど厳しかった。

「早見議員。奴らが動き始めました。自衛隊の特殊作戦群に、国内での『テロリスト掃討作戦』の命令が下った。場所は明かされていないが、恐らくここだ。首都圏外郭放水路だ。」

早見は立ち上がった。「ついに、ここに来たか……」

「自衛隊が動けば、我々の介入はさらに難しくなる。奴らは、自衛隊を陽動に使い、その隙に介入作戦を完了させるつもりだ。」

「では、どうするんです?」

黒田は、早見の目を見据えた。「私と公安のチームは、独自に放水路へ突入する。自衛隊が陽動に動くタイミングを狙って、PXFを叩く。あなたには、今すぐ橘記者に連絡を取ってもらいたい。全ての情報を彼女に渡し、何があっても真実を公表してもらいたい。そして、我々の突入作戦を追ってもらうんだ。」

早見は震えた。橘を危険に晒すこと、そして、この突入作戦がどれほど危険なものか、理解できたからだ。

「分かりました。全て、あなたの指示に従います。黒田さん。生きて、戻ってきてください。」

黒田は、早見の肩を強く叩いた。「貴方もだ、早見議員。我々の戦いは、これからが本番だ。」

二人の目は、固い決意に満ちていた。首都圏の地下に広がる巨大なコンクリートの迷宮は、今、それぞれの思惑が交錯し、血塗られた最終決戦の舞台となろうとしていた。早見は、橘梓に電話をかけた。そして、黒田は、公安の信頼できる数人の部下たちと共に、静かに武器を手に、闇の深淵へと向かう準備を始めた。


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