表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第三章:闇の契約と迫る危機


早見拓海と黒田剛は、公安部内の安全な隠れ家で、クロノス・ディフェンスとブラックウォール・コンサルティングに関する情報を突き合わせていた。早見が議員の立場から入手した公式文書の裏には、黒田の公安情報網が捉えた、より暗部が隠されていた。

「これを見てください、早見議員。」

黒田は、複数の契約書を広げた。表向きはクロノスがブラックウォールに「海外での警備訓練」を委託する内容だったが、その裏に隠された細目は、訓練という言葉では到底説明できないものだった。兵器の輸送ルート、特定地域の地理情報、そして「対象国の不安定化要因の特定」という曖昧な表現。

「これは……まるで、クーデターの準備じゃないですか。」早見は息を呑んだ。

黒田は無言で頷いた。「我々もそう見ています。介入作戦。対象は中東の小国、カザール共和国。最近、新たな油田が発見されたばかりの国です。」

カザール共和国。早見はニュースでその名を聞いたことがあった。安定していた政情が、この数ヶ月で急激に不安定化し、反政府勢力の活動が活発になっていると報じられていた。

「まさか、その背後にクロノスとブラックウォールが……?」

「そして、CIAのサラ・コリンズだ。彼女の指示の下、アメリカの国益という大義名分の元、カザール共和国の現政権を転覆させ、傀儡政権を樹立しようとしている。そこにクロノスが絡むのは、転覆後の新政権との軍事契約を独占するためだろう。」

黒田はモニターに、カザール共和国の地図と、その周辺に点在する米軍基地の位置を表示した。介入作戦は、まさにアメリカの戦略的利益と、クロノス・ディフェンスのビジネス的利益が合致した結果だった。

「しかし、なぜ日本が関与するんです?クロノスは日本の企業ですが、こんな危険な作戦に、日本政府が関与を容認するはずがない。」早見は納得できなかった。

「それが、この陰謀の最も深い部分だ。」黒田は、溜息混じりに語った。「上層部の一部が、この計画を黙認、あるいは積極的に協力している。それは、日本がアメリカとの同盟関係を強化し、国際的な地位を確立するためだと、彼らは考えているようだ。」

「つまり、神崎義人だけでなく、日本の政治家や官僚にも、この計画の協力者がいる、と?」早見の顔から血の気が引いた。信じていた日本の政治の根幹が、腐敗している現実を突きつけられたようだった。

その頃、橘梓は、早見からの連絡が途絶えたことに焦りを感じていた。早見の議員事務所からは「体調不良で休養中」と伝えられたが、直感的に何か事件に巻き込まれたのだと察した。彼女は独自のルートで情報を集め、早見の身辺を探った。

「これは……」

橘は、早見が最後に立ち寄ったとされる図書館の監視カメラ映像を何度も再生した。そこに映っていたのは、早見を追跡する不審な男の姿だった。男の顔を拡大し、警察のデータベースを照会したが、ヒットしない。

「まるで、存在しない人間みたいね……」

彼女は、以前早見から聞いた「ブラックウォール・コンサルティング」という名前を思い出した。そして、中東での「誤爆」事件に関する匿名告発文書。

橘は、その文書を詳しく調べ直した。文書は、事件の背景にブラックウォールの特殊部隊「PXF(Private Execution Force)」が関与していたことを示唆していた。PXFは、PMCの中でも特に秘匿され、汚れ仕事を請け負う精鋭部隊。彼らは、法的な制約を一切受けない「影の軍隊」として、国際法を無視した作戦を遂行する。

橘は、さらに情報網を駆使し、ブラックウォールとPXFの過去の活動事例を徹底的に洗った。すると、驚くべき事実が浮かび上がってきた。彼らは、特定の企業の利益のために、紛争地帯の政情を意図的に不安定化させ、その後にその企業が利権を獲得するというパターンを繰り返していたのだ。それは、今回カザール共和国で起こっていることと完全に一致した。

「これは、ただの企業と政治家の癒着じゃない。国家をも巻き込んだ、巨大な陰謀だわ。」

橘は震える手で、早見の連絡先を再確認した。彼に、この情報を伝えなければ。同時に、自分自身も危険に晒されていることを肌で感じていた。自宅の周辺には、不審な車両が停車していることが増え、見慣れない人物が徘徊しているのを目撃することもあった。彼女は、万が一の事態に備え、これまで集めた全ての証拠を暗号化し、信頼できる複数の場所にバックアップを取った。

クロノス・ディフェンスの最高機密会議室では、神崎義人が、サラ・コリンズとブラックウォール・コンサルティングのPXF隊長「ファントム」を前に、最終調整を行っていた。

「日本の公安が嗅ぎ回っているようですが、問題ありませんね、神崎さん?」サラが冷たい声で問う。

「ええ、問題ありません。公安内部にも我々の協力者がいますから。彼らは、過剰な捜査を抑制し、情報をコントロールするでしょう。」神崎は自信満々に答えた。

「しかし、早見議員の動きは想定外でした。」ファントムが口を開いた。彼の顔には常に感情が浮かばず、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。「彼は我々の存在に気づいている。排除する必要がある。」

サラは同意した。「排除は必要だ。しかし、彼を表立って殺害すれば、かえって事件を大きくする。事故に見せかけるか、精神的なダメージを与え、政治生命を絶つ。その方がスマートだ。」

神崎は、グラスのワインをゆっくりと傾けた。「ご心配なく。日本のメディアは、金でどうにでもなる。スキャンダルを捏造し、彼を社会的に抹殺する準備はできています。それが、我々クロノスの得意分野ですから。」

彼らの会話は、まるでゲームの戦略を練るかのように淡々と進められた。彼らにとって、他国の政情や人々の命は、駒の一つでしかなかった。

「PXFの最終準備は?」サラがファントムに尋ねた。

「全て完了した。目標地点への潜伏も順調だ。あとは命令を待つのみ。」ファントムは答えた。

「目標地点は、あの地下施設ですね?」神崎が確認する。

ファントムは無言で頷いた。その「地下施設」とは、まさに首都圏外郭放水路の隠蔽された区画だった。神崎とクロノスは、長年この施設の保守点検を請け負うことで、内部構造を完全に把握し、PXFの隠れ家として利用できるよう密かに改修を進めていたのだ。

黒田と早見は、公安の極秘資料庫で、外郭放水路の構造図を広げていた。広大な調圧水槽、無数の柱、そして地下深くへと続く立坑。その巨大な構造が、彼らの心を圧迫した。

「クロノスは、最近、この放水路の『老朽化対策工事』という名目で、通常の点検では立ち入らないような深部区画の改修を行っていた。この記録が怪しいと睨んでいます。」黒田が指差すのは、通常公開されない地下のトンネルや接続部の図面だった。

「PXFがこれほどの巨大施設を隠れ家にするとは……。」早見は、その規模に驚きを隠せない。

「彼らは、作戦の最終準備と、恐らくは今回の介入作戦で得られるであろう情報の保管場所として、ここを選んだのだろう。首都圏の地下に隠された、最高の『聖域』だ。」

その時、黒田の携帯電話に、再び公安内部の信頼できる情報提供者から連絡が入った。

「黒田さん、緊急です!米国防省から、日本政府を通じて、自衛隊特殊作戦群に対し、特定のテロリストグループ掃討作戦への協力要請が出ました。作戦地域は、日本の国内です。」

黒田は息を呑んだ。「国内だと?どこのだ?」

「それが、場所が伏せられています。ただ、かなりの大規模な作戦になる模様で、特殊作戦群の藤堂隊長が指揮を執るとのことです。」

黒田は、これがPXFの作戦準備を隠蔽するための偽装作戦であることを即座に察した。自衛隊を動員し、あたかもテロリスト掃討作戦であるかのように見せかけ、その実態はPXFの隠蔽活動や、場合によっては公安の介入を阻止するための陽動に使うつもりなのだ。

「藤堂隊長……」早見が呟いた。

藤堂慎一郎。早見も面識があった。陸上自衛隊の精鋭、特殊作戦群の隊長だ。国家に忠誠を誓う生真面目な軍人であり、このような陰謀に加担するとは考えられなかった。彼もまた、状況の全貌を知らされぬまま、駒として利用されようとしているのだ。

「自衛隊が動けば、我々の介入はさらに難しくなる。PXFは、自衛隊を陽動に使い、その隙に介入作戦を決行するつもりだ。」黒田は歯噛みした。

「待ってください、黒田さん。自衛隊を動かすということは、それだけ、この作戦が重大で、しかも政府上層部が深く関与している証拠でもある。これは、国会で告発する絶好の機会です!」早見は焦燥と決意の混じった表情で訴えた。

黒田は早見の目を見つめた。確かに、自衛隊が国内で動くという事実は、これまで彼らが集めてきた全ての情報に信憑性を与える。だが、同時にそれは、早見自身の命を最大の危機に晒すことになる。

「分かりました。早見議員。あなたに頼るしかない。だが、私の指揮下にある公安部隊も動く。自衛隊とPXF、そしてCIAが入り乱れる中で、我々が介入できる隙を作る。それが私の役目だ。」

二人の目は、固い決意に満ちていた。外郭放水路の巨大な地下空間は、今やただのインフラ施設ではない。それは、日本の、そして世界の未来を賭けた「影の契約」の最終決戦の舞台となろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ