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第二章:操られる情報と裏の顔


早見拓海の議員宿舎の部屋が荒らされた翌日、彼の周囲の空気は一変した。電話は盗聴されているような不快なノイズが混じり、メールは開くたびに不審な警告が表示された。事務所に届く怪文書は増え、根も葉もないスキャンダルを匂わせる週刊誌の記者が張り付くようになった。

「早見議員、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ。」

秘書が心配そうに声をかける。早見は作り笑いを浮かべて首を振った。

「ああ、少し寝不足なだけだ。それより、今日の委員会の資料、最終確認はしたか?」

彼は平静を装っていたが、心の内は嵐だった。これは、単なる嫌がらせではない。明確な情報戦だ。自分が何を調べ、誰に接触したのか、全てが筒抜けになっている。

その夜、早見は人目を忍んで、公安の黒田剛と接触した。指定された場所は、渋谷の片隅にあるひっそりとしたジャズバーだった。薄暗い店内に流れるブルースが、二人の重い空気をかき消すようだった。

「議員宿舎の件、聞きました。無事でしたか?」黒田は、ストレートのウイスキーを傾けながら、早見の顔をじっと見つめた。

早見は頷いた。「消された資料がある。クロノスとブラックウォールの関係を示唆するデータの一部だ。そして、メッセージも受け取った。『公安』とだけ書かれた匿名メッセージ。あれはあなた方からですか?」

黒田は無表情にグラスを置いた。「我々からではありません。少なくとも、公式には。しかし、公安内部で貴方の動きを監視している者がいるのは事実です。そして、その『警告』の裏には、別の意図がある。」

早見は息を呑んだ。「別の意図、とは?」

「我々公安は、クロノスの不審な動きを長年追ってきました。ですが、上層部から常に圧力がかかり、深入りを禁じられていた。今回、貴方が動いたことで、眠っていた問題が掘り起こされた。そして、それを封じ込めようとする勢力が、我々の内部にもいるということです。」

黒田は、早見の目を見据えた。「私を含め、貴方の告発を望む者もいる。しかし、事を荒立てず、裏で処理しようとする者もいる。そして、最も厄介なのは、貴方が追っている件の本当の黒幕が、我々の想像以上に深く根を張っている可能性がある、ということだ。」

黒田は一枚の写真をテーブルに滑らせた。そこに写っていたのは、早見の部屋を荒らした男の姿だった。早見が国会図書館で遭遇した男と同じだった。

「彼は、ブラックウォール・コンサルティングの工作員だ。彼らは既に、貴方の身辺にまで手を伸ばしている。単なる監視ではない。これは明確な警告です。」

早見は震える手で写真を取った。現実が、想像を遥かに超える速度で悪化していた。

その頃、米国大使館の一室では、CIA東アジア担当官のサラ・コリンズが、複数のモニターを前に、冷徹な表情で情報を分析していた。彼女の指が、キーボードの上を忙しく滑る。

「日本の議員が動き始めたか。思ったよりも早く、核心に迫ってきたな。」

サラは、早見拓海のSNSアカウントから、彼の支持者、そして接触したジャーナリストたちの情報まで、ありとあらゆるデータを洗い出していた。彼女の任務は、クロノス・ディフェンスとブラックウォール・コンサルティングが進めている「介入作戦」が、米国の国益を損なうことなく、円滑に進行するよう、あらゆる障害を取り除くことだった。

「スケアクロウからの報告は?」サラは、隣に立つ部下に問いかけた。

「早見議員の部屋からのデータ回収は完了。外部への情報流出はなしと判断。監視は継続中です。」

「よろしい。しかし、あの公安の黒田刑事の動きが気になる。彼のネットワークは厄介だ。こちらと繋がりのある日本の官僚に圧力をかけさせろ。表向きは『過剰な捜査による外交問題化を避ける』名目で構わない。」

サラは、日本の公安内部にも、自らの息のかかった人間がいることを知っていた。彼らを利用し、黒田の動きを封じ込める。それが、彼女の得意とする情報戦の基本だった。

彼女は、東京支局の責任者から報告を受けていた。「本国の指示により、介入作戦のフェーズ移行を早めます。これに伴い、PXF部隊の最終準備を急がせます。」

「了解した。神崎義人には、予定通りに進めるよう伝えておけ。多少の混乱は許容範囲だ。」サラは冷酷に言い放った。彼女の頭の中には、すでに次の段階への計画が描かれていた。

橘梓の事務所は、早見からの連絡を受けて、夜遅くまで明かりが灯っていた。彼女は、入手したクロノスとブラックウォールの契約書を、過去の国際紛争におけるPMCの活動報告書と照らし合わせていた。

「これ……訓練や警備じゃないわ。これは、準軍事活動よ。」

橘は、契約書に記された項目の一つ一つに、血生臭い匂いを嗅ぎ取った。兵器の調達、特殊車両の手配、そして特定の地域での「治安維持」という曖昧な表現。それは、かつて中東でブラックウォールが関与した「誤爆」事件の資料と酷似していた。

早見から受け取った「公安」からの警告メッセージも、橘の胸に引っかかっていた。公安が早見を警告する。それは、この陰謀が日本国内にも深く根ざしていることを意味する。

「まさか、日本政府の一部も関与しているの?」

橘は、自問自答した。もしそうなら、これは単なる企業スキャンダルではない。国家を揺るがす大事件だ。彼女の記者としての本能が、この事件の深淵を覗き込もうと促していた。しかし、同時に、これ以上深入りすれば、自分の命が危険に晒されることも理解していた。

彼女は、早見の部屋が荒らされたことを知っていた。そして、自分の周辺にも、不審な影を感じ始めていた。最近、自宅の郵便受けに無言電話が増えたり、尾行されているような視線を感じたりすることがあった。気のせいか、と思っていたが、早見の件を聞いて、それが単なる気のせいではないことを悟った。

橘は、携帯電話を手に取り、信頼できる弁護士に連絡を入れようとした。万が一のことがあった時に、これまでの調査資料が闇に葬られないように。そして、彼女は決意した。たとえ命の危険が伴っても、この真実を世に問う。それが、記者としての使命だと。

黒田と高村は、都内の地下にある秘密のアジトで、夜通し情報分析を続けていた。モニターには、ブラックウォール・コンサルティングの公式サイトから得られた情報、表向きの活動報告、そして裏で流れる怪しい噂が並んでいた。

「ブラックウォールは、表向きは『紛争地帯における安全保障コンサルティング』を謳っていますが、その実態は、非正規の軍事作戦を請け負う傭兵部隊です。」高村が淡々と報告する。

「そして、その資金源の一部が、クロノス・ディフェンスの不透明な予算と結びついている。さらに、その背後にはCIAがいる。」黒田は、モニターの画面を指差す。

「問題は、彼らが日本国内で、具体的に何を企んでいるのか、です。そして、どこに潜伏しているのか。」

その時、黒田の携帯電話が震えた。表示されたのは、公安内部の、彼が最も信頼を置く情報提供者からのものだった。

「黒田さん、最近、上層部から異常な圧力がかかっています。クロノス関連の案件から手を引け、という指示が来ています。どうやら、彼らが大規模な訓練を国内で行うための『特別な許可』が下りたようです。」

黒田は眉をひそめた。「大規模な訓練?どこでだ?」

「それが、非公開で。しかし、その規模からして、通常の訓練施設では無理でしょう。広大な敷地、あるいは地下施設の利用が考えられます。」

黒田は、脳内で日本の主要な地下施設を巡らせた。そして、ある場所が頭に浮かんだ。首都圏外郭放水路。あの巨大なコンクリートの空間。もし、あそこが彼らの訓練場所、あるいは潜伏場所だとしたら……。

「ありがとう。引き続き情報を頼む。だが、くれぐれも身辺には気をつけろ。」黒田は、情報提供者にそう告げ、電話を切った。

「高村。首都圏外郭放水路の最新の資料を全て集めろ。特に、最近のクロノス・ディフェンスによる保守点検記録を重点的に調べるんだ。」

高村は、黒田の鋭い目に、尋常ならざる決意を見た。

「了解です、班長。」

黒田は、外郭放水路の巨大なコンクリートの柱を想像した。あの場所が、もし本当に「影の軍隊」の牙城となっているのなら、彼らの企みは、日本の平和を根底から揺るがすものになるだろう。そして、その背後には、アメリカの国益を盾に、法の網をかいくぐる巨大な力が存在している。黒田は、早見との共闘を決意した。彼ら二人が、この闇に光を当てる、唯一の希望なのだと。


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