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呪われた三姉妹

●Scene-8. 2059.06.13. 12:12pm. ススキノ 雑居ビル三階


 戒無が雑居ビルに戻り階段を駆け上がると、事務所の扉の前で客が帰りを待っていた。


 その客の姿を見たとき、戒無は上がりかけの階段の途中で凍りついたように棒立ちになった。

 髪の長い女だった。

 白い薄手のコートを腕に掛け、きちんと背筋を伸ばして立っていた。


 女性は戒無を見るとかすかな安堵の表情を浮かべ、なにも言わずに深く頭を下げた。

 ウエーブのかかった豊かなストロベリーブロンドが、その動きにつられて前にパサリと流れ落ちた。


 戒無はいつもの表情に戻っていた。


「元気そうだな。リーファン……」


 低い声で言うと、残りの階段を上りきった。


「ごめんなさい。今更だけど、来ちゃった……」


 戒無は浅くうなずいた。


「昔話をしに来たわけじゃねーだろ? おまえの用件は……これだな?」


 公園から持ってきた液体肥料のボトルの、法外な賞金のかかった広告を麗芳リーファンに示して見せた。


「そう。知っているなら話が早いわ」

「ピュア・チャイルドってのは因果なもんだ」

「あなたも、わたしもね」


 二人の間に、重苦しい沈黙が落ちた。

 戒無は、無意識に左腕を押さえる。


「話を聞こうか」


 事務所のドアを開けて、促した。


「ありがとう。シャオロン」


 そのとき、階下から騒々しい足音が近づいてきた。


「もう、戒無さんったらぁ。ぐーたらでやる気がないくせに、なんでこんなに足が速いんですよう~」


 寿理が、戒無を追いかけてきたらしい。

 不安な表情で戒無を見上げた麗芳に、戒無は微笑んだ。


「うちの助手だ。すげぇ口の達者なやつで、いつもやりこめられてる」


 麗芳は、複雑な表情で戒無を見つめた。


「あなたが? ……今の生活が幸せなのね……」


 いつものようにウダウダ言いながら追いかけてきた寿理は、美女の来客に気づいて急にかしこまった。


「あ、あら、お客様?」


 寿理を振り返って、戒無は言った。


「お茶を頼む。ミルクティーだ」


 寿理は、戒無と麗芳の間の微妙な空気を感じ取ったのか、妙にしおらしくうなずいた。


「はい」


 寿理は、先にたってパタパタと事務所の中に消えていく。

 そのオレンジ色の髪を見送って、麗芳がためらうように訊いた。


「綺麗な人ね。恋人?」


 戒無は、ふっと笑った。


「あいつは、男だよ」

「まあ」


 麗芳は、驚いて目をしばたく。

 確かに、寿理は、黙ってすましていればとても元男性とは思えないゴージャスな美女だった。



 キッチンでお湯を沸かしながら、寿理は悶々としていた。

 戒無が案内して応接室へ消えた美女のことが気になってしかたがなかった。


 ――お茶の好みを覚えてる女性……か……。


 あのデリカーシーのない男が、女性のお茶の好みを覚えていること自体が驚異的だった。

 どこか儚げな、寂しい瞳をした女性だった。

 寿理とは正反対だ。

 寿理は複雑な気持ちでため息をつくと、沸騰したお湯に紅茶の葉を放り込んだ。


 嫌な予感がした。

 それは、恋する女のカンだ。

 なぜだか、あの美女は戒無にとって災いなのではないかと思えてならなかった。


 寿理がこの事務所に転がり込んで半年、物騒な街に住みながらも、平穏な日常だった。

 寿理は、それが破られるような、不穏な胸騒ぎをおさえることができなかった。



 応接室には梅雨時には珍しく、陽光が射し込んでいた。

 明るすぎる日差しを避けるためか、外からの視界を遮るためか、戒無は窓のブラインドを下ろした。


 麗芳はその背中にポツリと言った。


「アイファンを、助けてほしいの」


 林愛芳リン・アイファン

 液体肥料のボトルの広告に乗っていた少女だ。

 戒無は、ソファにかけた麗芳を振り返った。


「三億五千万。しかも生死不問の賞金首を俺に助けろと?」

「私にはどうすることもできないのよ……」


 麗芳は辛そうに目を伏せた。


「アイファンは、おまえと同じMF22なのか?」


 はじめてボトルの写真を見たとき戒無は我を失うほどに驚いた。

 かつて愛した女性、今、目の前にいる麗芳と生き写しだったからだ。


 女は、静かにうなずいた。


 麗芳と同じMF22ピュア・チャイルド……。


 戒無には、その意味するところは充分にわかっていた。

 林麗芳リン・リーファンは特殊な体質だった。

 体の中で、感染力の強い致死性のウイルスを飼うことができるのだ。

 本人は決して発病することなく、ウイルスと共生関係を保てる宿主となれるのである。


 自然界には、特定の動物が伝染病ウイルスの宿主となり、ヒトなどに病気を媒介することがままあるが、ヒトが、ヒトを死に至らしめることが可能なウイルスの宿主たりえる事実は正式には報告されていない。

 それゆえに、彼女の遺伝子は貴重な軍事機密であった。


「アイファンは、無効化されていないバイオ・ボムよ」


 麗芳の遺伝子を受け継いだMF22は、過去に一度だけ、戦略生物兵器として利用されたことがある。


 戦略生物兵器。

 MF22を殺傷力の高い殺人ウイルスに感染させ、敵地へ送り込むのである。

 後催眠暗示によりMF22が自傷すると、その血液に触れた人間から感染が広がってゆく。

 一度、病気が広がり始めると、その町や都市を完全に封鎖して焼き払うしか病気の拡散を止める方法はなくなってしまう。

 そんな破滅的な戦いを繰り返してきたがために、生態系は狂い、地球は、星としての生命力を失うことになったのだ。


「アイファンが持っているウイルスは?」


 麗芳は目を伏せた。


「二年前、バベル・ハザードで使用された、指向性ウイルスよ」

「バベル・ハザード……。バビロン・クラックか……」


 戒無は、うめくようにつぶやいた。


 バビロン・クラックは、頭痛、筋肉痛などの風邪に似た初期症状から始まり、嘔吐、下痢、喉や目の炎症を起こす。

 細胞の自己増殖能力が失われ、やがて体内組織が破壊されて、体の開口部から出血し、全身がただれるようになって死んでいく。

 致死率百パーセントとも言われる悪魔の伝染病である。


 指向性ウイルスというのは、世界各地で秘密裏に研究されてきた、特定の民族の遺伝子を持つ者にのみ作用する病原菌だ。

 ヒトゲノム解析計画によって明らかにされた、人種による遺伝子のわずかな差異を軍事的に利用したものである。

 大規模殺傷兵器として開発されたそれは、民族爆弾とも遺伝子爆弾ジーン・クラッシャーとも呼ばれるものだった。

 イラクで研究されたという、アラブ地域特有の風土病を使って、免疫のない欧米人を根絶やしにする計画や、南アフリカでの、黒人に対する細菌兵器の研究がそのはしりである。


 戒無は、普段のちゃらんぽらんぶりからは想像できないほどに深刻な表情になった。


「バベル・ハザードでは、国をひとつ焼き払って、ようやく事態が収束したんだぜ? それと同じウイルスが、今、この国に?」

「ええ。しかも、バビロン・クラックは、民族を特定できるほどターゲットが絞られたウイルスじゃないわ……。アジア全域のモンゴロイドが感染するのよ」


「ワクチンは……?」

「ないわ」


 戒無は両手をひろげて首をすくめた。


「……待ってくれよ。今の俺は、迷子の仔猫を探したり、屋根の修繕をするような、街の便利屋なんだぜ? そんな物騒な事件なら、組織だって動くやつらにはかないっこねーよ」


 麗芳は、キッとした目で戒無を睨めつけた。


「どこの組織が、あの子を護ってくれるっていうのよ!」

「護る……かどうかはわからんが、レッド・クロイツなら対処可能だろうな」


 麗芳は、拳を握りしめた。


「レッド・クロイツは、ミンファンを殺したわ! 助けられたのに……。あと三日待ってくれたら、ミンファンを死なせないで済んだのにっ!」


 林明芳リン・ミンファンは、先のバベル・ハザードでその体にバビロン・クラックを宿し、戦略兵器として利用されたMF22ピュア・チャイルドである。


「リーファン……」


 戒無は麗芳に背を向けてブラインドの隙間から外を眺めた。まぶしい太陽の光が目に突き刺さった。


「あなたも理解してはくれないのね。私の呪われた遺伝子がこの世に存在する限り、私の悪夢が醒めることはないのよ……」

「わかってるさ……。おまえの気持は痛いほど」


「だったら、お願い。力を貸して! 私と同じさだめを背負った子が、この危険な街をさまよっているのよ。莫大な賞金をかけられて! もし、あの子が誰かに傷つけられでもしたら……。次に地図から消えるのは、この国なのよ……!」


 戒無は、厳しい視線を麗芳に向けた。


「悪いが、感情論だけで俺を動かせると思うなよ。アイファンは、どこで創られ、何者によって野に放たれたんだ? そしておまえは、それをどこで知り、俺になにをさせようとしている?」

「シャオロン……」


 麗芳は、戸惑ったようにうなずいた。


「ごめんなさい。私もすべてを知ってるわけじゃないわ。二十年前、創られた三つの冷凍クローン胚のうち、ひとつはレッド・クロイツに。ひとつはフリーダム・セブンに。もうひとつは……亜人類保護協会(SPA)に」


 フリーダム・セブンというのは、かつての北米に点在する七つの巨大なセクトを集めた新国家だ。


「レッド・クロイツのクローンがおまえで……、フリーダム・セブンのがバベル・ハザードに利用されたミンファンだな……?」

「ええ。SPAは、哀しい目的にしか使われることのないロットナンバーMF22を、クローン胚のまま保護する予定だったわ。でも、相次ぐ地殻変動の混乱による散逸を畏れ、十三年前に解凍に踏み切ったの。そして、二年前、中東のテロ組織に奪取されたわ。おそらく、アイファンがこの国に連れてこられたのは、バベル・ハザードの復讐よ」


 室内の空気が、息苦しいほどに張りつめた。


「復讐? あれは、東亜細亜連合とレッド・クロイツが結んだ作戦には違いなかったが、あの滅びた国の誰が復讐を?」


 麗芳は、静かに首を横に振った。

 戒無は、ため息をついた。


「リーファン」


 静かに戒無が呼びかけ、麗芳は顔を上げた。


「その情報を、おまえはどこで手に入れた?」


 一瞬、麗芳の表情に動揺が走った。


「それは……」

「バビロン・クラックのことも、おまえたちのことも、トップシークレットのはずだ。おまえは、この二年、どこにいたんだ?」

「黙っていてごめんなさい。私は……、今、冬宮のご隠居様のところでお世話になってるの……。アイファンのことは、そこで……」


 戒無は、片眉をひそめた。


「冬宮誠志郎?」


 冬宮グループの総帥冬宮誠志郎は、地球上の全陸地面積の三分の一を占めるというアジアの中でも、中国、モンゴル、韓国、台湾、日本を含む東アジアを束ねる東アジア連合の事実上の首領であった。

 冬宮ニナの祖父である。


「あなたが、ニナさんの護衛についていることも、そこで知ったわ」


 戒無は麗芳の向かいのソファに腰を下ろした。


「あのクソじじい……。だったら直接言ってくればよさそうなもんだ。おまえを使いによこすなんざ、嫌みにもほどがある」

「この期に及んで、簡単にあなたを動かせるとは、ご隠居様も思ってらっしゃらないわ。ニナさんの護衛も、命令じゃないって伺ったわ。彼女の人柄に触れて、彼女の純粋さを護りたいと思ったから引き受けたんでしょう?」


「俺は、そんな、お綺麗な人間じゃねーよ」

「でも、損得じゃ動かないのは、私も知ってるわ」


 麗芳は立ち上がって、深く頭を下げた。


「お願い。あなたしか頼れる人がいないのよ……」


 うなだれた肩が、弱々しく震えている。


 ――あなたしか、頼れる人がいない……。


 それが彼女の精一杯の自己欺瞞であることを、戒無は熟知していた。

 かつて彼女が、バイオ・ボムとして策謀の中心に放り込まれたとき……。

 彼女を救い、悪魔のウイルスを無効化することに成功したのは、あの男だった。

 戒無は、彼女を救いたいと思い、救うようつとめたが、結果的に麗芳はあの男を選んだ。


 バイオウエポン・リストに戒無と並んでその名を連ねる、ロットナンバーM68。


 戒無と同じ遺伝子を持つ男……。

 劉花狼リウ・ファラン……。


 戒無は、あの男に対するこだわりを捨て切れていなかった。

 そして、そんな自分を心の中で嗤った。

 あの男がいなければ、おそらく戒無は、敗北感というものを味わうことなく生きていくことができただろう。


 あの男は、なにもかもが常識を超えていた。

 あの男は、殺せと命じられれば、どんなに近しい間柄の人間がターゲットでも的確に任務を遂行した。

 彼は、護るべきものも貫くべき信念も、なにも持っていなかった。

 いや、つとめて持たないようにしていたのだろう。


 だから強かった。

 圧倒的な作戦遂行能力と戦闘力を備えていた。

 その非情さが、一瞬の生死を分ける賭に勝ち残る判断力に繋がるのだ。


 彼は子供の頃から、およそ人間らしい心を持っていないのではないかと思われるほどに、冷徹で峻烈な雰囲気を全身にまとわりつかせていた。

 まさに、血も涙もないという形容がぴったりくるような、鋭い刃物のような男だった。


 けれども、そんな花狼がたった一度だけ、自分の身を犠牲にして他人を護ったことがあった。

 その代償が、あの色素の抜けた銀色の髪と血の色をした瞳だ。


 十年前、花狼に命を助けられて以来、戒無は彼の影を超えられずにいる。

 それは、この麗芳のことについても同じだった。

 ともに歩みたいと思った女は後にも先にもこの麗芳だけだった。

 しかし、麗芳が必要としたのは戒無ではなくあの男だった。

 彼女があの男に惹かれた理由は、認めたくはないがわかるような気がした。


 あの男はおそらく、この世で最強の、生きた破壊兵器たりえる人間だった。

 もちろん、どんなに冷たい心を持った人間でも、人である限りは痛みも哀しみも背負って生きているはずだ。

 だが、あの男は、そんな人間らしい感情は決して表に出さず、すべてを強靱な精神力で自分の裡に抱え込んできた。

 同じように、生きた生物兵器として戦略利用されていた麗芳が、そんな魂に惹かれるのも無理はないことだった。


「ファランが……」


 戒無はつぶやいた。


「えっ?」

「ファランが日本に来てる。おそらく、アイファンを追っているんだろう。ヤツには連絡していないのか?」


 麗芳は小刻みにかぶりを振った。


「ど……うして? 私は……あなたのところに来たのよ……。私は、あなたが好きだった……。でも、あの女性ひとを忘れられなかったのは、あなたのほうじゃない……」

「チュンメイのことは、言うな」


 麗芳は唇を噛んだ。

 じりじりと沈黙が続く。


 戒無は目を伏せた。


 どのみち、避けては通れないのか……。


 戒無は、観念したようにうなずいた。


「アイファンを見つけだせば……救う手だてはあるのか?」


 不安に曇っていた麗芳の表情が、ぱぁっと輝いた。


「シャオロン! ありがとう。シャオロン……!」


 麗芳は思わず戒無に抱きついた。

 唐突に胸に飛び込んできた懐かしい香りに、戒無はとまどった。

 かつて、この甘やかな香りを抱きしめたときは、過去の呪縛を乗り越え、彼女と二人、未来を夢見ることもできると思っていた。


 だが、それは儚い幻想だった。

 自分には不可能などないと信じていた頃が、無性に懐かしく思えた。



 応接室のドアの外に、トレイにコーヒーカップを乗せた寿理が立ちつくしていた。

 取り込み中の様子だったので、部屋に入るタイミングを逸してしまったのだ。

 寿理はカップに視線を落とした。


「冷めちゃったわ……」


 ぽつりとひとりごちる。

 お茶をいれかえようと、寿理は身をひるがえしてキッチンに戻った。



 少しして、事務所を辞した麗芳を寿理は追いかけた。

 どうしてそんな行動に出たのかわからない。

 ただ、なにがなんでも、戒無を止めなければいけないと、思えてならなかった。


「戒無さんを、連れていかないでください」


 昨日降った鉄パイプが転がった路地で麗芳を呼び止め、寿理は真剣な表情で談判した。


「私はただ、可哀想な女の子を保護して欲しいって彼に頼みに来ただけよ」


 麗芳は、寂しげな瞳でゆらゆらと首を振る。

 寿理は、一歩も引かなかった。


「そのために、レッド・クロイツと敵対することになっても?」


 麗芳はふわりと微笑んだ。


「そう。知っているのね。シャオロンは、あなたを信頼しているんだわ。羨ましい」

「ごまかされないわよ。戒無さんは、あなたを愛してる。あなたのためなら、あの人、どんどん危なくなっちゃうわ!」

「それは買いかぶりよ……。フラれたのは、私のほう」


 寿理は、イヤイヤとかぶりを振った。


「とにかく。もう、戒無さんに会わないで! あの人を、追い込まないで!」

「寿理さん……」


 そのとき、タン! と寿理の耳元で小気味良い音が鳴った。

 寿理の髪がはらりと散る。


 肝を冷やして横を見ると、二人の間の立ち枯れた木に、銀色に光るナイフが突き刺さっていた。

 反射的に臨戦態勢をとって、寿理は身構える。

 だが、姿を現したのは戒無だった。


「なにやってんだ、おまえ」

「戒無さん……」

「客に絡んでんじゃねーよ」


 寿理は、戒無の怒りにしどろもどろになった。


「だって、だってアタシ……」


 寿理を無視するように、戒無は麗芳を見つめた。


「すまなかったな」


 麗芳はやわらかく微笑む。


「ううん。会えて良かったわ。ありがとう、シャオロン」


 去っていく麗芳の後ろ姿を、戒無と寿理はしばらく見送った。

 彼女の影を追うように、よく訓練された護衛が二人ついている。

 冬宮の命を受けた者だろうと、戒無は想像した。


 戒無は、立ち枯れの木に刺さったナイフを引き抜いて、刃先にすっと指を滑らせる。

 状態をチェックして、刃を収めた。

 寿理は、そんな戒無の慣れた動作にも不安を露わにする。


「なんでナイフなんか投げるんですか? そんなものを狙ったとこに投げられるだけだって、普通じゃないですよ。危ないですよ! そんな危ない男、あたしが止めなかったら、誰が止めるんですか! 水道工事とか、鉄パイプ拾いとか、そういう仕事しましょうよ。みんなで笑いながら、お天道様の下で」


「水道工事、向いてねーって言ったのおまえだろ?」

「じゃあ、買い出しとか、窓掃除とか、子守とか、運転手とかっ!」


 戒無は、低く笑った。


「おまえの運転は、最悪だ……」

「それでも、組織に殺されるよりはましですっ!」


 寿理は、ピシャリと言い放った。


「おまえがこだわってるのは、それか……」


 寿理はハッとした。

 これ以上、戒無を追い込んではいけないという理性的な判断と、彼が心配でたまらないという相反する気持ちがせめぎあって、どうすることもできなかった。


「どうしてそんなに、ピュア・チャイルドは好戦的なんですかっ! 地球をこんなにしても、まだ足りないんですかっ!」

「寿三郎」

「その名前で呼ばないで下さい」


 戒無は、冷たい瞳で寿理を見下ろした。


「おまえは、クビだ。出て行け」


 寿理は、ふらりとよろめいた。


「そんな……。そんなのって……。結局、アタシの存在なんか、戒無さんにとってはその程度なんですね……」


 戒無は答えなかった。

 寿理は、みるみる泣き顔になった。

 切なく肩を震わせると、涙声で叫んで駆け出した。


「戒無さんのばかぁっ!」



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