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【1900PV感謝!】バビロン・クラック~黒の戦士と世界を救う双子の少女、銀の戦士と世界を滅ぼす生物兵器  作者: 東條零
第二章 過去を葬送《おく》る詩《うた》

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ガーデニングは三億五千万の賞金首

●Scene-7. 2059.06.13. 10:30am. 大通り公園


 さきほどから、梅雨の晴れ間が見えていた。


 明け方に帰ってきて惰眠を貪っている戒無を、ニナがたたき起こした。

 ニナは、山ほどのガーデニング用品をそろえて、出撃体勢を整えている。


 ふにゃふにゃとだらしなくあくびを繰り返す戒無に、バケツやら熊手やらクワやらを持たせて、意気揚々と大通り公園に向かって出発した。


 ニナとシャナと寿理はピクニック気分だ。

 お弁当の唄を唄いながら、バスケットにサンドウィッチを詰めていたのは寿理だし、ラメ入りゴムのおそろいの長靴とピンク色の軍手を選んだのはニナだった。


 軽トラの荷台に、あぶれた戒無が座り込んでいた。

 寿理が運転する軽トラは、右に左にあぶなっかしく蛇行する。

 助手席にすし詰め状態になっているニナとシャナは互いの体を支え合っているからかまわないらしいが、荷台にガーデニング用品といっしょに乗せられた戒無は、公園までの短い道のりで、すでに疲労困憊していた。


 そういえば、寿理は無免許だとか何だとか……。


 公園に着くと、地元の有志がたくさん集まっていた。

 荷台の上から荷物を降ろしながら様子を見ていると、集まった者達が、皆、ニナに挨拶をしていくのがわかった。

 老人も子供も若者も主婦も、こんな時代にそぐわないやわらかな笑顔でニナを中心に作業していた。


 この時代、地面に直植えした植物はすぐに枯れてしまうことが多い。

 様々な化学物質による大気や土壌の汚染のため、大地の持つ生命力が枯渇しているのだ。

 けれども、土の成分を調節し、こまめにメンテナンスをした花壇ならば、しばらくの間は花々も生き続けることができる。

 そうして、ニナは、近隣の公園を回っては花壇の整備を繰り返しているのだ。


 いつか、生き残った木々や花々が、地球の空気を浄化し元通りの緑溢れる大地に戻ることができるように、と。


 苗のポッドを降ろし終わり、戒無は軽トラの荷台にゴロリと寝ころんだ。

 今日は、空が高い。

 明け方のぐずついた空模様が嘘のようだ。


 空を渡る雲を眺めながら、霧の酸性雨が降る中で再会した男の、血のような瞳を思いだした。

 あの男が日本に来ているということは、レッド・クロイツは大きな作戦を遂行中だということだ。


 左手を持ち上げ、太陽にかざした。

 陽光に透けて掌の血管が赤く見える。

 かつて、その甲に刻まれていた血盟の証が見えるような気がした。


 それは、あの男の手にあるものと同じ、先端が鋭い剣になった逆十字と、龍の紋章だった。


「あー。やっぱり、サボってますね。もう、油断も隙もないんだから。もうひとつ花壇、作りますからね。ほら、クワ持って、耕してください」


 戒無は寿理に追いたてられ、クワを担いで軽トラの荷台から降りた。


「ちゃっちゃ、とやってくださいね。また、いつ雨が降り出すかわからないんですから」


 小うるさい世話女房のようにまくしたてて、寿理は戒無を花壇予定地まで引っ張っていく。


「へーへー」


 不承不承うなずきながら、戒無は覚悟を決めた。

 その覚悟が、野良仕事で筋肉痛になる覚悟だったのか、非日常に巻き込まれていくかもしれないことへの逡巡を断ち切るものだったのか、戒無にはわからなかった。


 花壇作りで小一時間汗を流した戒無は、昨夜の活劇で青タンになった左の肩を押さえた。

 バスの中でシェイクされ打ち付けた痕だ。


「戒無?」


 側で土をブレンドしていたシャナが、戒無の様子に気づいて顔を上げた。


「なんでもねーって」


 戒無は、シャナに軽薄に笑いかける。


「なにがあったのかは訊きません。ただ、体調が思わしくないときは言って下さい。でないと、的確なバックアップができませんから」


 いつもの慇懃無礼な口調で、シャナは静かに言った。


「ああ。少し、打っただけだ」

「左腕ですか?」


「ちょっと繋ぎ目がな……。ま、たいしたことねーから、心配すんなって」

「わたしは、あなたを心配しているわけではありません。わたしは……」


 ふっと笑って、戒無は勢い込んで喋るシャナの眼前に掌をかざした。


「わかってる」


 シャナは口をつぐみ、浅くうなずいた。

 再びかがみこみ、土をブレンドする作業に戻る。


 そんなシャナを見下ろして、戒無は彼女の傍らに置いてある液体肥料のボトルに視線を止めた。

 牛乳のパックや洗剤、シリアルの箱などでよく目撃するキッドナップ広告が、そこにも印刷されていた。


 ガバッとそれをわしづかみにして広告を凝視した。

 まだあどけない顔をした少女が写っていた。


 名は、林愛芳リン・アイファン

 十三歳。

 賞金総額三億五千万円。

 生死不問。


 ――生死不問?


「やだ、戒無さん、いくらノド乾いたからって、液肥ボトルですよ、それ。飲めませんってば」


 通りかかった寿理が、戒無に笑いかける。


「リーファン……」


 戒無は、ボトルを睨みつけ、茫然とつぶやいた。


「え?」


 寿理とシャナが顔を見合わせる。


「ヤツが動いたのは……こいつのせいか……」


 あまりに強く握りしめたので、液体肥料のボトルが少し歪んだ。


「悪ィ。俺、ちょっと用事、思いだしたわ……」


 ぶうぶう文句を言う寿理に詫びながら、戒無は公園を後にした。



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