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紅い十字の影

●Scene-6. 2059.06.13. 04:27am. 港湾警察児童保護局


 誘拐された子供たち十二人の懸賞金は、総額で二百七十万円にものぼった。


 港湾警察の児童保護局庁舎を出た戒無と寿理は、警察で貰ったマネーカードとバニーちゃんが微笑むボコボコになったバスを見比べて、ため息をついた。


「このバス、レンタ会社で保険に入ってるわけだよな?」


 確かめるように戒無は訊く。


「そりゃあ、入ってるでしょうけど、ショットガンで撃たれたり、跳ね橋飛び越えたりしたのがバレたら、どうでしょう?」

「広告が派手すぎて、ごまかしがきかん、……か」

「賠償金って名目の口止め料を取られそうって思うのは、アタシだけ?」


 戒無は、それには答えず、黙って首をすくめた。


「戒無さん。アタシに黙ってましたね?」


 寿理は瞳をキラリと輝かせ、戒無の前に回った。


「なんだよ?」

「なぁにが街の便利屋さんですか。キッドナップ・バスターだなんて……。ムチャですよ。危険じゃないですか! どうせやるなら、もっとちゃんと装備を整えて、ですねぇ」


「だってな、ボロアパート壊した借金が払えねぇだろ?」

「それで、二百七十万稼いでも、バス壊してもっと借金がかさんだら元も子もありません」


「……確かに。おまえの運転は最悪だ」

「んもうっ!」


 いきりたつ寿理の額に、ペチっと手を当てて、戒無は彼女の気勢を削いだ。


「や。なんですか、おでこペチって……」


 両手で額を押さえ、寿理は不満に口を尖らせる。


「ちょっとな……。黙っててくれ」


 戒無は、二年ぶりに引いた引き金の、あっけないほどの軽さに、嘘寒さを感じていた。

 しかしそれは、無機物に向けて右腕で発射したものだ。

 左が利き腕の戒無にとって、右での精密射撃は約二パーセントほどの誤差を産む。


 しばらく黙ったまま、二人は肩を並べて歩いた。

 白々と空が明けかかって、空にカラスの群が集まり始めている。


 歓楽街の裏通りを歩きながら、寿理は沈黙に耐えかねて切り出した。


「夜中に、ニナちゃんたち、置いて来ちゃって、心配じゃないんですか?」


 普段から、戒無は、異常なほどニナの安全に心を砕いている。


「ニナには、シャナがついてる」


 当然のように、戒無は答えた。


「シャナちゃんって、妹じゃないですかぁ。双子だけど」


 戒無は、ニッと笑って寿理を見下ろした。

 寿理は、まっすぐに見つめられたので、ドギマギと頬を染めて顔をそむける。


「気づいてるくせに、とぼけるなよ。あれは、どんなことがあってもニナから離れない。そう、訓練されている」


 寿理は、そっと戒無の視線をすくい上げた。


「訓練って、ピュア・チャイルド? シャナちゃんはニナちゃんのクローンなんですか?」

「ふうん」


 戒無は、鼻を鳴らした。


「ニナちゃんの、ね。ニナはオリジナルだってわかってるわけだ」

「や、やですよ、戒無さん。アタシは怪しい者じゃありませんよ! ニナちゃんを狙ったりとか、してませんよ!」


 戒無は、その必死な寿理の様子を見て、思わず失笑した。


「ばーか。誰が、んなこと言ったよ?」

「あ、あれ? アタシ、墓穴掘りました?」

「ま、気づいてるなら話は早い。ニナは、冬宮家の一人娘だ。妾腹だけどな」


 一瞬、寿理の動作が止まった。


「え~っ。東アジア連合のスポンサーじゃないですかぁ。気を失うほどの大金持ちでしょぉ? そこのお嬢様が、なんでこんなところで何でも屋やってんですか?」

「さあ。社会勉強、かな?」


「あっやしいなぁ~。そんなこと知ってるってだけでも、うさんくささ百倍。戒無さんって、何者です?」

「知ってるだろ? 借金地獄の何でも屋だよ」


 寿理は、首をすくめた。

 戒無が、自分の身の上話をするつもりがないことは、初めからわかっている。

 なにをやるにも独断専行。

 今日のキッドナップ・バスターも、寿理が割り当てられたのは逃走用の車両確保だけだ。


 もし、この男が助手である寿理に仔細に作戦を伝授するようなことがあれば、それは相当ヤバイ事態なのだと、彼女は今までの経験でわかっていた。

 なので、寿理はあっさりと引き下がり、話題を戻した。


「で、ニナちゃんは、知ってるんですか? シャナちゃんが自分のクローンだってこと」

「知ってるさ。もしものときは、シャナがニナの影武者として命を張ることも……。だから、妹として無償の愛を注いでる」

「そうだったんですか……。なんだか、いじらしいですね。二人とも」


 戒無は、浅くうなずいた。


「……だな」


 二人は、路地を抜けた。


 明け方にはやんでいた霧雨が、また降り出している。


 メインストリートに出ると、右手にひらけた緑地帯の向こうに、巨大なカジノがそびえていた。

 中国の投資化が資本を提供して認可された遊興施設だった。


 カジノのビルを見上げて立ち止まった戒無に、寿理は釘を刺すように言った。


「カジノで一攫千金なんて、せっかくの懸賞金をつぎ込むような真似はやめてくださいね」

「カジノ? あ、ああ、そうだな……」


 そのとき、黒塗りのリムジンが戒無たちの前を横切り、カジノの駐車場へ滑り込んで行った。


「アタシたちのバスとは大違い……」


 寿理が恨めしそうにつぶやく。


 その、リムジンが、まるで寿理のつぶやきが聞こえたかのように駐車場でUターンして戻ってきた。

 二人の前に止まったリムジンのドアが開き、一人の若い男が降りてくる。


 寿理は、その男の銀髪と深紅の瞳、そして圧倒的な雰囲気に圧されて、一歩あとずさった。


 戒無の顔にシニカルな色が浮かんだ。


「ファラン……」


 寿理はギョッとして戒無の横顔を仰いだ。

 霧雨に濡れてたたずむ二人の男は、背格好も年齢もほぼ同じように見える。

 髪と目の色が違わなければ、瓜二つなのかもしれなかった。


「二年ぶりだな、シャオロン」


 二人の間のピンと張りつめた空気を感じ取り、寿理は身を固くした。

 戒無は、緊張感をそぐように明るい声を出した。


「元気そうでなにより」


 戒無は、笑った。


「残念だが、今はきさまを狩る命令は受けていない」

「そりゃ、助かった。命拾いしたってわけだ」


 劉花狼リウ・ファランは、いぶかるように目を細めた。


「隙だらけだな。戦う牙をなくしたのなら、俺の邪魔だけはしないことだ」

「わかってるって」


 静かに、戒無は微笑む。

 花狼は、戒無から視線をそらし、再びリムジンに乗り込んだ。

 その刹那、車の後部座席にもう一人、何者か、小さな手の持ち主がいることに、戒無は気づいた。


 ――子供?


 戒無の目の前から、リムジンが発進する。

 車はカジノの地下駐車場へ降りるゲイトをくぐって消えて行った。


「綺麗な人ですね……。アタシがイースト・パセオタウンで見たのって……あの人かも」


 戒無は、寿理の顔を見ずにうなずいた。


「そうか」

「あの、訊いてもいいですか? シャオロン……って?」


 戒無は、笑った。


「おまえ、知らねーのか? 餃子とシュウマイを合わせたようなヤツで、アツアツのに食いつくと、熱い汁がぴゅっって出てきて……」

「それは、 小籠包! なにはぐらかしてんですか! ごまかされませんよ」


 戒無は、観念したように肩をすくめた。


「はは……。劉小龍リウ・シャオロン。俺は、ガキの頃、そんな名で呼ばれていた。……ま、昔のことだ」

「じゃあ、あの、三白眼の綺麗なお兄さんは、戒無さんの……?」


 戒無は、自分と花狼との関係についてはなにも答えなかった。

 ただ一言、とんでもない言葉を残して歩き始めた。


劉花狼リウ・ファラン朱紅十字団レッド・クロイツの次期総督候補だ」


 寿理は、唖然として、通りを歩いて行く戒無の後ろ姿を見つめた。

 捕まえて問いただしたいことが山ほどあったが、彼女はその場から動くことができなかった。


「レッド・クロイツ……? 戒無さん、なんでそんな……?」


 寿理は、急速に広がる胸の奥の不安を持て余していた。

 ケーキを焼いて、オンボロアパートの水道工事をして、子供たちと遊ぶような日常が、急速に遠のくのが怖かった。


 通りを行く戒無は、右腕できゅっと左の肩を掴んだ。

 いつも腱鞘炎が疼くと言っている、左の利き腕だ。

 おそらく、腱鞘炎などではないのだろう。

 もしかしたら、ホイッパーで生クリームを泡立てるのは、リハビリなのかもしれない。


「戒無さん、遠くに行っちゃわないでくださいね……」


 たたずむ寿理の上に、次第に激しさを増した雨が降りかかっていた。



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