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【1900PV感謝!】バビロン・クラック~黒の戦士と世界を救う双子の少女、銀の戦士と世界を滅ぼす生物兵器  作者: 東條零
第一章 水もしたたる何でも屋

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キッドナップ・バスターと空飛ぶバス

●Scene-5. 2059.06.12. 11:06pm. 石狩湾新港101号地埠頭


 新港の埋め立て地は、二十年前の地震で崩壊した後、復興めざましい地域であった。

 外国航路の貨物船がひっきりなしに往来し、外国人向けの遊興施設も充実している。

 一晩中ネオンに彩られた歓楽街と商業地区が隣接した、人種の坩堝であった。


 その、外れの101号地。

 ネオンの光りも届かないこの場所は、波の音だけが静かに寄せ返していた。


 戒無は、日暮れから埠頭の八番倉庫に張り付いていた。

 目立たないグレーのコートを着込み、倉庫の内部の様子と、人の出入り状況を注意深く観察している。


 船尾に跳ね上げ式のランプウェイを設けた貨物船が、埠頭に着いていた。

 フォークリフトやトレーラートラクターで荷役ができる船だ。


 戒無は、腕時計を確認した。

 午前零時に貨物船が出る。

 あと一時間弱。


 倉庫の中から、作業着を着込んだ東南アジア系の男が出てきた。

 周囲をうかがい、貨物船のほうへ走っていく。

 荷物の積み込み作業を始めるのだろう。


 倉庫の中に残っているのは、四人だ。

 羽織ったコートの内側に左手を差し入れ、ベルトの背に挟んだスイス製のオートマチックを抜いた。

 ダブルカラムで、マガジンに十五発、チャンバーに一発の九ミリ弾が装填できる銃だった。


 グリップに右手を添え、目を閉じると、祈るように照星を額に当てた。


 そのまま左腕を伸ばし、倉庫脇の街灯に照準した。

 かすかに、腕が震える。

 肘が痺れたように痛んだ。


 戒無は息をつくと銃を降ろし、霧雨の降り続く濁った空を仰いだ。


「子供を食い物にするヤツなんざ、ブチ殺してもかまわねーって思ったんだけどな……」


 ひとりごち、銃をもとのようにベルトに挟んだ。

 コートのポケットから昼間拾った鉄パイプを取り出す。

 長さ二十センチほどの短いものだ。

 それを、街灯めがけて放り投げた。


 ガシャンとガラスの割れる音がして、倉庫前を照らしていた明かりが落ちる。

 素早く通用口に移動した戒無は、息を殺して待った。

 なんだなんだと外国語で喚きちらす男の足音が近づく。

 二人だ。

 ぬっと、髭面の男が通用口から現れた。


 戒無は、そいつの前に無造作に足を出す。

 面白いほど簡単に、髭面の男はつんのめり、たたらを踏んだ。

 前にのめった男の無防備な首に、かかとを落とし込む。


「ぐごぅ」


 髭面の男は、顔面から地面に着地した。


 あとから飛び出してきた巨漢は、暗闇の中の正体不明の敵に慌てふためき、構えた銃の銃口を左右にさまよわせる。

 戒無は体を沈め、膝の力を使って下から思い切り掌底をぶち込んだ。

 巨漢は銃を放り投げ、砕かれた顎を押さえて悶絶する。


 前後不覚になった巨漢は、丸太のような腕を振り回してパンチを繰り出した。

 戒無は、右、左、とスウェイバックで拳をかわし、大振りの右を受け流して、体勢を崩した巨漢の無防備な脇腹に、ごついジャングルブーツを埋め込んだ。


 その降ろす足を軸にして、くるりと体をひねる。

 とどめの上段回し蹴りが巨漢の首筋をとらえた。

 綺麗に伸びた右足の下に、白目を剥いた男の巨体がぐずぐずと崩れ落ちた。


「俺って、強ぇーかも」


 うそぶいた戒無の後頭部に、固い金属が押し当てられた。


「若造。どこの組織のチンピラだ?」


 戒無は、静かに両手を挙げて頭の後ろで組む。


「組織の名前聞いたら、ビビっちゃうよ?」


 からかうような声音で、戒無は言った。


「どんな保育園の名前でビビるって? 調子に乗……」


 戒無はうつむき、ニッと口角を引き上げた。


「――レッド・クロイツ」


 ボソリとつぶやく。


「な、に?」


 一瞬、戒無の頭に銃をつきつけた男は、言葉に詰まった。 

 その隙を、戒無は見逃さない。

 瞬時に体を沈み込ませ、振り返りざまに拳銃を持った男の腕を左手で掴んだ。

 防御から攻撃へ。

 流れるような体重移動。

 掴んだ腕を引き寄せる勢いのまま、肘を男の顔面に打ち込んだ。


 男がひるんだ隙に銃を奪い、マガジンを落として放り投げる。

 肘を叩き込まれた男は、だばだばと鼻血を吹き出しながら怒りの形相で吠えた。

 血で視界が定まらないのか、やみくもに戒無に掴みかかろうと襲いかかる。

 攻撃をかわしながら倉庫の入り口にもつれ込んだ。

 戒無は、くるりと体勢を入れ替えると、男の後ろを取る。

 男の無防備な膝の後ろを、ひょい、と蹴った。


 無敵の膝カックンが、男をだらしなくよろめかす。

 よろめいた男の手首を左手で取り、右手を添え、男の右腕をぐるりと後方に回した。

 自分の体に男の腕を巻き付けるようにして腕の関節をキメ、そのまま地面にたたきつける。

 すかさず、跳ね起きて、倒れた男の腹に踵を落とし込んだ。

 男は、夜食をしこたま喰っていたらしく、消化しきっていない焼きソバを噴水のように吹き出した。


「あーあ。あとで掃除しとけよ」


 口と鼻の穴から麺を吹き出して呻いている男に、さらにとどめの一撃をと思った瞬間、背後に殺気を感じて戒無は横に飛んだ。

 

 ゲロ吐き男の腹からバッバッと細い鮮血が上がった。

 サプレッサーだ。

 周到に消音器を装備しているところをみると、今までの間抜けたちとは役者が違うようだ。


「レッド・クロイツが、しがない貨物輸送業者になんの用だ?」


 倉庫の薄明かりの中に、精悍な男が姿を現した。

 戒無は、倉庫の通用口を背にゆっくりと立ち上がる。

 銃口が、まっすぐ戒無の心臓を狙っていた。

 臆する様子もなく、戒無は言った。


「貨物輸送が聞いて呆れる。ジランの子供は、いい金になるそうじゃねーか」


 ジラン。

 自然交配によって産まれる子供が激減して以来、体にクローンの刻印のない子供たちは闇の世界ではそう呼ばれ、希少動物のように珍重されていた。

 そこに目をつけた人身売買組織のキッドナップは日常茶飯事で、当局は対応が追いつかず手をこまねいている状況だ。

 誘拐された子供が売られる先は、いかがわしい売春宿だったり、闇の遺伝子業者だったり、はたまた金持ちの子供のない夫婦だったりと、色々だ。


「キッドナップ・バスターか……。レッド・クロイツなどと身の程知らずが粋がると、身を滅ぼすことになるぞ」


 誘拐された子供には、たいていの場合、懸賞金がかけられている。

 民間の身代金協力団体が、身代金の援助をしているからだ。

 巷には、懸賞金目当ての食い詰め者が暗躍し、彼らはキッドナップ・バスターと呼ばれていた。


 子供を無事に救出することができれば、合法的にその懸賞金を受け取ることができるが、組織的な国際誘拐組織に立ち向かっていく行為は、個人ではあまりに危険すぎる。


「そいつは、どうかな。ぼやぼやしてると、あんたの間抜けな仲間が起こした騒ぎを聞きつけて、面倒なお客が来るかもしんねーぜ?」


 責任転嫁しながら、戒無は倉庫の内部の様子を確認する。

 さらわれた子供たちは、これから船に乗せられようとしていたはずだ。

 子供の騒ぐ声も聞こえず、姿も見えないということは……。


 倉庫の入り口付近に、一台のフォークリフトと巨大な木箱が三つ置いてあった。


 ――薬で眠らされ、箱の中……か。


「ふん。警察が取り締まれるものなら、世間はもっと安定するさ。正義の味方がいつも勝つとは限らん。……悪いな。冥途の土産は鉛の弾だ」


 勝ち誇ったように男が言い放った瞬間、戒無の体は反応していた。

 本来、相手が素人でもない限り狙いを定められた銃口から逃げることなどできるわけがないし、積極的に行動を起こして危機を回避できる可能性は限りなくゼロに近い。

 だが、戦闘能力を人為的に遺伝子レベルで高められたピュア・チャイルドならば、そんな芸当が可能になる。


 ジグザグに飛んで間合いを詰め、戒無は男に回し蹴りをお見舞いした。

 男は吹っ飛んで倒れた。


 戒無はそのとき、ベルトに挟んでいた銃を反射的に抜いていた。

 体にしみついた反応は、意志の力だけでは抑えられはしない。

 銃を持っていれば抜く。

 ピンチに陥れば、反撃に転じようと体が動く。


 倒れた男の額に左手で抜いた銃を突きつけて制圧した戒無は、黙って銃口の下の男を見下ろした。


「きさま……ピュア・チャイルドか……?」


 男が低く唸る。

 一気に形勢が逆転し、観念したようだった。

 闇の世界に生きる者は、訓練されたピュア・チャイルド一人が軍の一個大隊にも匹敵することがあるのを知っているからだ。


 戒無は、トリガーガードにかけた指を、引き金に落とした。

 左手の肘がジンと痺れる。

 構えた銃口が、かすかに震えた。


 撃てない……。


 戒無は、二年前のあのとき以来、一度も引き金を引いていなかった。

 左腕に焼け付くような痛みの記憶が蘇って、戒無は、思わず唇を噛んだ。


「なんなんだ、きさま……。そのチャカは飾りかぁ?」


 男の渾身の膝蹴りが、戒無の腹に入った。

 戒無は、呻いて倉庫の床に崩れ落ちる。

 男は、床に落ちている自分の銃を拾おうと、肩から転がった。


 体を二つに折って床にうずくまる戒無は、コートのポケットから円筒形の手榴弾を取り出し、ピンを歯で引き抜いた。

 男の伸ばした手と銃の間に、それを転がし、両腕で耳を庇い、かたく目をつぶる。


「な……!」


 男のひきつった表情が、閃光で包まれた。

 特殊閃光手榴弾と呼ばれる、スタングレネードだった。

 非殺傷兵器ではあるが、鼓膜が飛ぶほどの大音響とみぞおちを殴られたような衝撃波で、不意打ちを食らった敵は目を回す。


 目を押さえて悶絶している男の腹に落とし突きをお見舞いして黙らせた。


 戒無は、ぶんっ、と頭を振った。


「だせぇ……って」


 左手に握った銃をベルトに戻した。


 スタングレネードの衝撃波で、眠らされていた子供たちが目覚めたらしい。

 木箱の中で、すすり泣く声や、出口を求めて箱を叩く音が聞こえていた。

 今しがた倒した男のポケットから鍵を探り出し、木箱を解放する。


 ひとつの箱に、四人ずつ、見たところ、三歳くらいの女の子から、十歳にも満たないような子供たちが押し込められていた。

 子供たちは、戒無の顔を見て、いっせいに助けて助けてと騒ぎ始めた。

 戒無は、シーッと人差し指を唇に当て、子供に好かれる人なつっこい笑顔でウインクした。


「もうちょっと、辛抱してろよ。すぐ、ママに合わせてやるからな」


 そのとき、倉庫の表に、大型の車両が止まる音がした。

 戒無は開けっぱなしの通用口に走り寄る。

 身を低くして壁に張り付き、外の気配を伺った。


「あらやだ。焼きそばがドロドロじゃないのぉ。戒無さんったら、いったい、なにやってるのかしら?」


 戒無は、ドッと脱力した。

 あのオーバーなしゃべり方は、寿理だ。


「寿三郎! 手を貸してくれ」


 戒無は、通用口から素早く寿理を招き入れた。

 そのとき、外に止められた、想像を絶する車両に目を奪われて、戒無は、間抜けにも棒立ちになった。


「おい、なんだ、こいつは……?」

「なんだ……って、戒無さんがレンタしてこいって言ってた、大型車両ですよ?」


 寿理は、あっけらかんと答える。

 戒無は、あらかじめ、寿理に逃走用の車両調達を命じていたのだ。


「普通、ワゴンとか、トラックとか借りてこないか?」

「いいじゃないですか。どうせ、乗せるのは人間なんでしょう?」

「だからって……。こんなでかいバス、目立ちまくりじゃねーか……」


 目の前にそびえているのは、大型観光バスだった。

 夜間急襲の隠密行動に、カラフルなペイントの観光バス。

 バスの側面に描かれた、新港のカジノの宣伝をするバニーガールが、にこにこと微笑んでいた。


 しかし、ここで押し問答していても埒があかない。

 戒無と寿理は子供たちをバスに乗せ、その場から逃走を決め込んだ。


 だが、ばかでかいバスが埠頭を走っていて、誰も気づかぬわけがない。

 倉庫を出て貨物船に向かった東南アジア系の男がとって返したのか、ほかにも仲間がいたのか、たちまち追っ手がかかって、バスは二台の乗用車に追われる羽目に陥った。


 石狩湾新港の埠頭には、百メートルおきくらいに、暴走防止の段差がある。

 その段差でバスが跳ねるたびに、子供たちは歓声を上げた。


「おまえたち、しっかり掴まってろよ!」


 戒無は子供たちを激励し、運転を寿理に任せて最後部へ移動した。

 黒塗りの乗用車が二台、段差で飛び跳ねながら猛烈な勢いで追いかけてくる。


 埠頭を抜け、自然公園にさしかかった。

 乗用車のサンルーフが開き、サブマシンガンを抱えた男が顔を出す。


「寿三郎! フルブレーキング! みんな、顎引いとけ!」


 ガッツンという衝撃がきて、バスの中のものすべてが前につんのめる。

 子供たちの悲鳴と同時に、乗用車が後ろに追突した。

 サブマシンガンを抱えていた男の体が大きく前後に振り回され、サンルーフから後ろに飛んでいった。


 もう一台の車が、バスに併走する。

 そっちは、窓からショットガンを出していた。


「きゃぁ~! 人殺しぃぃ~!」


 泣き声を上げながら、寿理はアクセルを踏み込み、ハンドルを左右に切りさばく。


 路側帯を突っ切り、歩道のゴミ箱を跳ね飛ばし、公園地区の緑地を爆走した。


「頭、下げろ!」


 戒無が怒鳴ったとたん、ドン! と右から発車音がした。

 バスの右後方の窓一面に細かなヒビが走る。


「もう、なんてことするのようっ! レンタカーなんだから、壊したら弁償なのよっ!」


 寿理が叫びながらケツを振る。

 ぐうん、と横Gがかかって、右に併走する車に体当たりをかました。


「げ」


 衝撃をモロに受けた戒無は、左側の窓に飛ばされて、したたかに肩を打ち付けた。


「戒無さん、生きてますかぁ~?」


 寿理の声に、戒無はイライラと怒鳴り返す。


「もっと優しく運転できねーのか!」

「無理ですよう。だってアタシ、無免許ですもん」

「あぁ?」

「ご心配なく! オフロードだったら得意ですからっ!」


 無免許でオフロードが得意だと豪語されても、民間人を乗せるためのバスは、ロールバーが仕込まれた、五点式シートベルト装備のラリーカーとは違うのだ。


「なんてヤツだよ……ったく」


 戒無は、自分のことは棚に上げて、眉をしかめた。

 ここは寿理に任せ、腹をくくるしかないようだ。


 前を凹ませた車と、側面を潰された車がしつこく追いすがる。


「ああ、もう、しつっこいったら!」


 寿理は、自然公園を飛び出し、湾岸埋め立て地群を繋ぐ橋に乗った。

 大型の船も湾内に出入りできるよう設計された可動橋だった。


 サイレンが聞こえてきた。

 橋が通行止めになる合図である。

 大型船の汽笛が鳴り響く。

 くるくる回る赤いランプを明滅させながら、交通遮断装置が行く手を遮るように路肩からせり出してきた。


 前方の道路が、みるみる空に向かって角度を増していく。


「どっ、どうします? 戒無さん! バックします? 止まります?」


 戒無は、前方に走りより、寿理の傍らに身を乗り出した。

 後方からは、銃を乱射する追っ手が二台、しつこく追いかけてくる。


「アクセルだ。思い切り加速して、飛べ」

「ええぇぇぇ~?」


 寿理は、我が耳を疑った。


「そんなぁ。映画じゃないんですから、飛べませんよう」

「生き残りたかったら、なにがなんでも、飛べ!」

「戒無さんの意地悪~っ」


 寿理は、ヤケクソでアクセルを踏み込んだ。


「オフロードが得意ならわかってるだろーが、着地のときは、ハンドル、がっちりホールドして、アクセルオフ、な」


 寿理は、驚いたように戒無を横目で見た。


「ようし、みんな、前の座席に掴まって、頭、下げてな!」


 子供たちは、驚くほど素直に戒無の号令に従う。


「つっこむぅ~!」


 車止めの交通遮断装置をバキバキとはねとばし、バニーちゃんの観光バスは坂になった跳ね橋を空に向かって上っていく。

 追っ手の二台は、とまどったように、その手前でスピードを落とした。


 が、あわてて再加速し、バスを追いかける。

 後ろからの銃弾が、後方の窓を砕いた。


 跳開橋は、次第に角度を増してくる。

 大型船の汽笛が、真下で響いた。

 道路の切れ目がどんどん迫る。


 まるで、銀河鉄道がレールの切れ目から宇宙に向かって滑り出すようだった。


「きゃー! 神様仏様ぁ~!」


 一瞬、ふわっと全身が浮くような感覚に包まれ、バスは宙を舞った。

 すぐに、重力が鋼鉄のバスを捕まえる。


 ぐわっしゃん!


 という目玉が飛び出そうな大衝撃とともに、バスは橋の反対側の可動部分に着地した。

 ぽーんと、いちばん小さい女の子が椅子から跳ね飛ばされた。

 戒無は、身を投げ出して、それを受け止める。

 受け身が取れなくて、またしてもあちこちを打ちつけて、ヨレヨレになった。


「戒無さん、後ろ、見えます?」


 女の子を抱いたまま、戒無は後部座席まで軋む体を引きずって走った。

 網の目のようにひび割れた窓を蹴り壊して視界をクリアにする。


 と、そのひらけた視界に、真っ先に飛び込んできたのが、橋の切れ目から空中に舞い上がる黒塗りの車だった。

 一台は、橋と橋の間の距離を飛びきれず、ガツンと前輪をぶつけて海にダイブした。

 もう一台は、かろうじて橋を飛び越えてくる。


「なかなか、やるね」


 戒無は観念した。

 これ以上の鬼ごっこは、交機の餌食だ。


 右手で、銃を抜いた。


「それ、なぁに?」


 腕の中の幼女が興味深そうにハーフメタルのオートマチックを眺める。


「水鉄砲。ぴゅーって水が出るんだ」

「ああ、マミちゃん、それ好き」


 戒無は幼女に微笑む。


「イイ子だから、耳ふさいで、目、つぶってな」

「うん」


 マミちゃんは、両耳に人差し指を突っ込み、戒無の胸で丸くなった。

 開いたリアウインドウから、右手に握った銃で素早く照準する。


「赤い水の出る、水鉄砲だけどな……」


 追っ手の車の前輪を狙って、撃った。

 タイヤがバーストし、スピードの乗った乗用車は、クルクルとスピンして欄干に激突していった。


 戒無は銃を戻し、幼女を抱いてもとの席に座らせた。

 運転席の寿理に歩み寄り、肩をポンと叩く。


「後ろ、片づいたぜ」


 その手が、かすかに震えていることに、寿理は気が付いた。


「戒無さん?」


 スピードを緩めながら、寿理は戒無を見上げる。

 手の震えのことは、あえて問わなかった。


「吹っ飛んじゃいましたね、後ろの車」

「あー。着地でパンクしたタイヤがバーストしたんでねーの?」

「あ、な~る……」


「よくやった。……正直、マジで飛べるとは思わなかった」

「え~? なに言ってんですかぁ。やですよ、今頃、そんなことぉ~」


 相変わらずの寿理の騒々しさに、戒無は苦笑しながら行き先を指示した。



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