背中合わせの想い
●Scene-39. 2059.06.17. 02:00pm. ススキノ 廃ビル 外
戒無の事務所のあった雑居ビルが炎上崩壊したので、顔なじみの地主に頼んで付近の廃ビルを借りることにした。
ビルのフロアの一角を仕切り、隔離病棟を造った。
そこに宿主と感染者を隔離して、ウイルスが無効化されるまで外界との接触を断って様子を見る。
愛芳と花狼の体の中のウイルスが無効化されるまで、関係者は離れることなく、外界との接触も極力避けて、仲良く暮らさねばならない。
「んでよ、今回の一件、不気味なほど、マスコミも警察も静かなんだわ」
即席の隔離病棟の壁一枚を隔てた外側の窓の下で、戒無が道ばたに座り込んで足を投げ出し、片膝を抱えていた。
病棟の中では、花狼が同じように座り込んでいる。
頭上のフィルター付きの通風口を通じて、かろうじて会話が成立するのだ。
「レッド・クロイツと東亜細亜連合とフリーダム・セブンが揃って口を閉ざせば、世界は黙るということだな」
「違いない」
少し笑って、戒無はまじめな声で切り出した。
「俺な……。あんとき、すげぇ迷ったんだわ」
「あのとき?」
「おまえに撃てって言われたときだよ」
「ああ」
「なんか……な。俺たちの因縁が、こんな圧倒的な力の前に屈するのかと思うと、すげぇ腹が立ってな……」
ククッと笑って、花狼は言った。
「シャオロン。俺は、ためらわないぞ。きさまを撃ち殺すなぞ、朝飯前だ」
「……だと思った」
戒無は首を後ろにそらして、こつんと壁に頭を打ち付けた。
「だがな」
壁の向こうで、花狼が感情のこもらない声で言った。
「命のやりとりを、いちばんしたくない相手だということは確かだ」
戒無は、へへっ、と笑った。
「そいつは、手強いってことか?」
しばしの沈黙があった。
やがて、抑えた声で花狼は言った。
「共に歩めないことに、不条理を感じるからだ」
戒無は、視線を落とし、その言葉の重みを噛みしめた。
春美を失ったとき、ニナを連れてどちらへ行くかが運命の別れ道だった。
レッド・クロイツへ戻るか、冬宮へ寝返るか……。
幼いニナを抗争の中へ巻き込まないためには、冬宮へ行くしかなかった。
「ああ。悪りぃな……」
ボソッと詫びて、戒無は目を伏せた。
自分の選択に後悔はない。
ニナはきっと、冬宮グループと東亜細亜連合を率い、世界に羽ばたく女性に育つだろう。
「ねぇねぇ~」
無邪気な声が、建物の中から聞こえてきた。
愛芳だ。
「あたし、いいことかんがえたの。おそと、ぼこぼこでしょ?」
寿理の大活躍の跡だ。
「ああ」
花狼が答えた。
「ぼこんってなったとこに、これ、うえてもいい?」
「おまえ、こんなもの、まだ持っていたのか?」
「おねえちゃんにもらったんだよ。おねえちゃんの、おはなだよ」
背中で愛芳の声を聞きながら、戒無は空を見上げた。
梅雨の晴れ間が広がっていた。
「戒無さぁ~ん」
寿理が走ってきた。
「こんなところにいたんですか……。ああ、もう、子供みたいにどこにでも座らないでくださいね」
小姑のように口うるさい。
すっかり、いつもの寿理だった。
「どうした? 寿三郎」
寿理は、ハッと表情を変えて、ポンと手を叩いた。
「あ、そうそう。小言言ってる場合じゃなかったわ。ニナちゃんが、目をさましましたよ~」
満面の笑みで報告する。
「そうか……」
複雑な表情で戒無は立ち上がった。
戒無の反応が今ひとつなので、寿理はけげんに首をかしげた。
「シャオロン」
花狼の声が戒無を呼び止めた。
「ああ。わかってるさ……」
背中で答えて、戒無はスタスタとビルの玄関に回った。
「あ、あの……。戒無さん、どうしちゃったんですか?」
おずおずと、寿理が花狼に訊く。
「少しばかり、殺しすぎただけさ。冬宮ニナには、きつい現実だろう」
「ああ……そっか……。そうですよね……」
寿理は、ペコンと壁に向かってお辞儀をして、あわてて戒無のあとを追った。




