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神の御子は今宵しも

●Scene-36. 2059.06.17. 01:02am 小樽 F7ビル 70階


 いっせいに、火線が集中した。

 反射的に戒無は教会の中に転がり、花狼のために道をあける。


 花狼のショットガンが続けざまに火を噴き、バージンロードを逆行してくる罰当たりな黒服の男たちを吹き飛ばした。


 中空に浮かぶ地上七十階のバージンロードから、神の逆鱗に触れた男たちが手すりを超えて奈落の底に転落する。


 銃を持った黒服の男の群に狙いをつけ、戒無も引き金を引き絞ろうとしたとき、そいつは現れた。

 金色の髪をオールバックになでつけ、白いスーツを着込んだ長身の男だった。

 数人のM107を引きつれ、祭壇から優雅な物腰で二人を見下ろす。


 忘れるはずもない。

 十年前、煮え湯を飲まされたルドルフ・アイケだった。


 アイケの合図で黒服たちは銃を降ろし、壁際に下がった。

 正面の祭壇の奥にはパイプオルガンの金色のパイプが所狭しとひしめき、銀色の十字架と燭台に揺れるロウソクの炎が、独特の荘厳な雰囲気を醸し出している。


「ようこそ、双子のピュア・チャイルド」


 アイケが帝王のような尊大な声で呼びかけた。


「よく、ここまで来た。我がビルの警備体制を更に強化せねばならないことがわかって、収穫だったよ」


 ゆっくりと、戒無は立ち上がった。


「ニナはどこだ?」


 アイケの青い瞳を睨んで、戒無が言った。

 アイケは、低く笑った。


「これは失礼。この壮麗な空間にふさわしい美女たちの紹介がまだだったな」


 M107に無理矢理引きずられるようにして、ニナが姿を現した。

 白い花びらのようなドレスを着せられ、小花のヘッドドレスで結った髪を飾っていた。

 可憐な、お人形さんのようだった。


「戒無っ!」


 純白の人形が鈴のような声で叫んだ。

 戒無の無事な姿を見て泣いているようだった。

 戒無がヘリから落下したときのニナは半狂乱で、落ちていく戒無は後ろ髪を引かれる思いだった。

 戒無は、この少女を泣かせてばかりいる自分に、少し、罪悪感を感じた。


「チュンメイ……」


 思わずつぶやいた花狼もまた、ニナの姿にかつての春美の面影を見たようだ。


 カツンとハイヒールが床を鳴らした。

 光沢のある黒のドレスに身を包んだ麗芳がM107にエスコートされて現れた。

 麗芳は、戒無と花狼には視線を合わせずうつむいた。


「リーファン、これがおまえの目的なのか?」


 静かに戒無がうつむいた女に言った。

 女は、ふるりと首を振った。


「シャオロン。私、あなたに訊きたいことがあるの。二年前、あなたはファランを止めなかった。あれは、あなたの意志なのね? なにも知らなかったミンファンを、問答無用で焼き殺すのが、あなたのやり方なのね?」


 戒無はきつい目をして麗芳を見た。


「そうだ。あの任務では、俺は最初からミンファンの焼却処分に異論はなかった」


 麗芳は口元に両手を持っていった。


「ひ……どい……」

「泣いて赦しを請えば、すべてがチャラになるのか? 後悔してると、本当は、命令されて仕方なくやったと懺悔すれば、俺もおまえもミンファンも救われるのか? 罪が消えるとでもいうのか?」


 麗芳は、わなわなと握った拳を震わせた。


「血も涙もないのね。シャオロンも、ファランも……。そうやって、死ぬまで殺し続けるのよ! ……これですっきりしたわ。私は、私のやったことを後悔しないわ」

「復讐……か。アイファンは何者かが復讐のために利用したとおまえは言ったな。なるほど。これはおまえの復讐なのか……」

「あのとき、ミンファンを殺したくせに……。なにも知らなかったあの子を紙くずみたいに焼き払ったくせにっ!」


 叫ぶ麗芳の声は悲鳴のようだった。


「そういうおまえの気持ちを利用するのが、アイケのやり方だ」


 冷たい声で花狼が言った。


「あなたたちは、なんでも思い通りにできるだけの力を持って生まれたわ……。傲慢よ。利用されるだけの私の気持なんかわからないのよ!」


 突然、麗芳の頬がパチンと鳴った。

 麗芳はもちろん、戒無も花狼も驚いた。


 お花のドレスを着た少女が、麗芳の頬を張り飛ばしていた。


「なんの罪もない女の子焼き殺して、楽しい人がいるとでも思ってるんですか? 言葉にして謝罪しなければ、傷ついてないとでも思ってるんですか? あなただけが、辛いわけじゃない!」


 頬を押さえて、麗芳は茫然と小さな少女を見下ろす。

 ニナはポロポロと涙をこぼしていた。


「なにも知らないわたしが生意気なこと言ってごめんなさい。でも、戒無は決して弁解しないわ! あなただって、わかってるでしょう?」


 それまで黙って成り行きを見守っていたアイケが、突然、高らかに笑い出した。

 パンパンと三文芝居をたたえるように手を叩く。


「素敵な余興だ。……ときに、リウ・ファラン。冬宮ニナと引き替えにアイファンを要求したはずだがね? まあ、君たちがそんな交渉に乗るとは思っていなかったよ。私としても、獲ると決めた標的を逃したのはあれが最初で最後だ。私の帝国を造るための汚点なのだ。是非とも、遺恨を晴らそうじゃないか」


 戒無は、アイケのよく動く口に視線を向けた。


「冬宮一誠とチュンメイを殺させたのも、おまえだな……?」

「思わぬ伏兵のお陰で、東亜細亜連合とレッド・クロイツを闘わせる計画が台無しになったのも、口惜しい思い出だよ、リウ・シャオロン。おかげで、第七帝国は追求を逃れるのに、たいそう時間がかかったものだ」


 花狼は、うすく笑って傍らの戒無に目顔で合図する。

 戒無は、視線で応えた。


「遺恨を晴らす……か。しょせん、殺し合いだ……」


 つぶやいた戒無の表情に凄絶な笑みが浮かんだ。

 トンと床を蹴ると、血塗られたバージンロードに向かってダッシュした。

 フワリと長いコートが舞う。


 吹き抜けの中央を渡る中空のバージンロードは、左右に控えた敵の格好の標的だ。

 色めき立った黒服の男たちの銃口が、次々に戒無を追いかける。

 その男たちの中に、手榴弾が放り込まれた。

 花狼だ。


「伏せろ!」


 ニナに向かって戒無が叫ぶ。

 続けざまに爆発が起こった。

 もうもうと爆煙がけぶり、視界が悪くなる。

 手すりから天井に続く転落防止用の強化ガラスが、あちこで吹き飛んだ。

 その混乱に乗じて、戒無はニナと麗芳の側にいたM107を射殺した。

 一瞬の早業だった。


 ニナは自分の目の前に転がった死体に目を丸くしたが、必死の思いで悲鳴を飲み下した。

 戒無は、怯えるニナに触れなかった。

 麗芳に向き直り、脇のホルスターから小さな銃を出して渡した。


「ニナを、頼む」

「ど……うして? 私がこの子を殺すとは思わないの?」


 震える声で麗芳は言った。

 戒無は、優しく微笑んだ。


「撃ちたいなら、俺を撃て。おまえの罪も、苦しみも、ぜんぶ俺があの世へ持っていってやる」

「シャオロン……」


 戒無は、麗芳のおもてを上げさせ、そっと紅い唇にキスをした。

 それを間近で目撃したニナは、驚いてペタンと腰を抜かす。


「うそ……」


 いろんなことがいっぺんに、ニナの小さな胸を襲って、ぱんくしそうだった。


 戒無はニナを見ずに立ち上がる。

 コートを跳ね上げて、背中からもう一挺の銃を抜いた。

 両手に銃を握り、爆煙と銃声、飛び散る鮮血の坩堝の中にアイケの姿を捜した。


 長椅子の陰から戒無を狙うM107の銃口が光った。

 横っ飛びでそれを避け、宙を飛びながら両手の銃を乱射する。

 M107は、あらぬ方向に向かって自動小銃を撃ちながら昇天した。


 流れ弾がオルガンの金色のパイプに当たって、清涼な音をたてる。

 その弾みで自動演奏のスイッチが入ったのか、銃声をかき消すほどの大音響で讃美歌が流れ始めた。

 荘厳なパイプオルガンの調べだった。


 肩から床に着地した戒無は、そのまま回転しながら駆け寄ってくる黒服の男たちを狙い撃った。

 何人もの男たちが朱に沈んでいく。

 自動小銃を乱射してくる男たちに向かって、手榴弾を投げた。


 百十一番の讃美歌に送られて、爆風に飛ばされた男たちが手すりを越え、遙か下方のエントランスへ墜ちていく。

 ニナが息を呑んだ。


 生きてここを突破できたとしても、二度と口を利いてくれないかもしれないな、と思って戒無は苦く笑った。

 正面の敵の額を穿ち、振り返りざまに左手の銃で背後の敵を撃ち倒した。

 全身の神経が針のように研ぎ澄まされ、かすかな気配を拾って反応する。

 闘うためだけに、殺し合うためだけに創られたピュア・チャイルドの力は圧倒的だった。


 主の降誕を祝う曲が流れる中、血煙が白い教会の壁を染めていく。


 戒無は、長椅子の背に身を潜め、マガジンキャッチを押して弾倉を落とした。

 新しい弾倉を装填し直して立ち上がる。

 硝煙の中に、ルドルフ・アイケの姿を見つけた。

 流れるように照準してトリガーを引き絞る。


 速い。

 アイケの反応速度も尋常なものではなかった。

 しかし、それは十年前から知っている。

 距離を詰めた。

 アイケの射撃は恐ろしく正確だった。

 一瞬でも気を抜いたらおしまいだ。


 連射されたうちの一発が、脇腹をかすめた。

 戒無は唇を噛み、床へ一旋転。

 かろうじて逃げた。

 アイケは戒無を仕留めようと、笑いながらバージンロードを歩き、銃を乱射する。


 その背後から、花狼が光る白刃をひらめかせて斬りかかった。

 居合いだ。

 花狼の抜き打ちは、弾丸より速い。


「な……に?」


 アイケは、愕然とした。

 白いスーツの背が斜めに裂け、鮮血が滲み出す。

 アイケは怒りの形相で花狼を振り返った。


「ファラン!」


 戒無は、右手の銃を花狼に投げた。

 花狼はそれを空中で受け取り、アイケの左のこめかみに突きつけた。

 戒無もアイケの右のこめかみに銃をつきつけ制圧する。


 二人の手の甲に、破滅の龍が輝いていた。

 時が凍り付いた。

 讃美歌が流れ続けている。

 アイケは、頬をピクリと痙攣させた。

 戒無が低い声で囁く。


「待ち望みし主の民よ、おのが幸せを祝わずや……エイメン」


 二人は、同時に引き金を引き絞った。

 V字型に鮮血が上がり、アイケの頭の上半分が吹き飛んだ。

 顔の判別のつかなくなった死体が、ぐしゃりとバージンロードの真ん中にくずおれた。


 戒無と花狼は視線を交わし、かすかにうなずいた。

 数え切れない数の命が一瞬のうちに消えていった。

 懺悔をすれば許されるなどというのは自己欺瞞だ。


 戒無はパイプオルガンに狙いをつけた。

 自動演奏装置を狙って引き金を引く。


 しん、と沈黙が落ちた。

 バージンロードの中央で、戒無と花狼は背を寄せて銃を握った右腕を前、左腕を横、と直角に出し、四方を威嚇する。


「アイケは死んだ。武器を捨てて逃げる者を追いはしない」


 花狼が言った。


「とっとと引き上げな。拾った命は有効に使うもんだぜ」


 戒無が、黒服の生き残りたちにウインクする。

 ガチャガチャと、銃器と床が触れあう音が、あっちでもこっちでも響いた。

 男たちは、ひきつった悲鳴を上げながら、廊下に続く扉へ殺到した。

 残るは、闘うために創られたピュア・チャイルドM107だけだ。


 パンッ!

 麗芳に渡した銃の発射音がした。

 瞬時に、戒無と花狼は左右に散った。

 麗芳の腕では、一撃でM107に致命傷は与えられない。


 肩口に銃弾を喰らってわずかに動きを止めたM107の後頭部を、戒無は走りながら撃った。

 弾が抜け、顔面が炸裂した瞬間を見たのだろう。

 ニナが悲鳴を上げて身を伏せた。


「立てるか?」


 戒無は、麗芳の腕を取った。

 麗芳の視線は、顔面を破裂させて死んでいるM107に釘付けだ。


「んなもん、見てんじゃねーって」


 そっと、戒無は麗芳の眼前に掌をかざす。

 麗芳の視線が動いて、戒無の瞳を見上げた。


「シャオロン……」


 麗芳の肩をポンと叩いて、床にうずくまっているニナの傍らにしゃがみ込んだ。


「ニナ」


 低く、呼びかける。

 遠慮がちに肩先に触れた。

 戒無が触れると、ニナはピクンと体をこわばらせ、その手から逃れるように後ずさった。

 すっかり怯えきった瞳で戒無を見上げる。


 だが、悠長に少女をなだめている暇はない。

 戒無は、背筋を緊張させると、銃を握った腕をすくい上げるように回転させ、背後の敵を撃った。

 脳漿が散った。


「いやぁ……」


 たまりかねて、ニナは泣き出した。


「悪りぃな」


 戒無は、泣いているニナをひょいと担ぎ上げた。

 右の肩に乗せるようにして華奢な体を支える。


「いや! いやっ!」


 ニナは、身をよじる。

 少女のささやかな抵抗を無視して、戒無は礼拝堂を走った。

 三十キロそこそこの少女の体は、羽根のように軽い。

 立ちふさがるM107を撃ち倒して進んだ。


 銃声が耳をつんざくたび、ニナは叫び声を上げる。

 肩に乗せた少女の体が震えている。

 血と硝煙の匂いが、吐き気を催すほどに充満していた。


「怖いよ……。こんなの、戒無じゃない……」


 耳元で弱々しくつぶやいた少女の言葉が、戒無の胸に鋭く深く突き刺さった。

 戸口で花狼と合流し、麗芳を振り返った。

 後ろについてきているはずの女は、祭壇の十字架の下にいた。


「リーファン!」


 戒無は叫んだ。

 麗芳は、ふるふると力無くかぶりを振る。


「ごめんなさい。私は行けないわ……」

「ばっかやろう!」


 連れ戻しに行こうと戒無は一歩前に出る。


「俺が行く」


 花狼が、戒無を制した。

 鮮血の染みた緋色の絨毯を渡る。


「来ないで! 来ないでファラン! 爆破するわ!」


 叫んだ麗芳の言葉に、痛いほど空気が張りつめた。



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