邂逅・黒の戦士と生物兵器
●Scene-30. 2059.06.16. 09:43am. 新札幌 旧ビル街
警察の尾行を撒くのに少し手間取って、戒無は新札幌のあたりにたどり着いた。
カジノとレッド・クロイツの関連は、警察でも懸案事項なのだろう。
その幹部の黒服連中と仲良く会話した戒無はマークされて当然だ。
「……ったく、相変わらず、頭の悪りぃ組織だぜ」
公僕を批判するようにつぶやいて、戒無はひしゃげたガードレールに腰掛け一休みした。
真っ赤な髪が、瓦礫の向こうに見え隠れしていた。
少女が路地を走り抜けていく。
――ふぁらん……。まっててね。おくすり、もってかえるから……。
棒のように細い足で地面を蹴りながら、少女は凶弾に倒れた男のことばかり考えていた。
愛芳が路地を走っていくと、行く手にいかつい大男がぬっと現れた。
「あっ……」
猛烈な殺気を感じて足を止め、少女は急いで身を翻した。
もと来た道を目指してダッシュする。
すると、そこにも待っていたように別の男が現れた。
男は、恐怖で後ずさる少女を見下ろして、ひひひ、と笑った。
路地の入り口と出口を塞がれた愛芳は、横の壁に取りすがるように背中を寄せた。
道の両端から、手にごつい銃を持った賞金稼ぎが、じりじりと距離を詰めてくる。
――ふぁらんっ!
愛芳は絶望的な気分で目を閉じた。
そのとき、続けざまに銃声が響いた。
愛芳は反射的に身をすくめた。
少女の両脇で、どさりどさりと人の倒れ込む音がした。
少女は、震えながら目を開けた。
こわばった首を巡らせて左右を確認すると、道の両脇を塞いでいた大男たちが、地面に倒れていた。
みるみる鮮血が地面に広がるのを見て、愛芳は息を呑んだ。
その少女の眼前に、ふわりと飛び降りてくる影があった。
路地に面したビルの二階から上に延びている非常階段。そこから飛び降りたのだ。
「ふぁらん……?」
少女は茫然とつぶやいた。
男は腹の傷を押さえ、ニコッと笑った。
「怪我はないか? アイファン」
愛芳は、ゆらゆらと首を横に振った。
「きいろのくるまのひと……?」
戒無はうなずいた。
「俺は……、藤堂戒無。ファランとは兄弟みたいなもんだ。リン・リーファンに頼まれて、君を探しに来た」
「りん・りーふぁん?」
「俺と、ファランのように……、そっくりな姿と能力を持つ……ピュア・チャイルドだ」
「ぴゅあちゃいるど?」
少女は、なにも知らないようだった。
戒無は、言葉を選んだ。
「君の姉さんだよ」
「……おねえさん?」
「お姉さんが、君を救ってくれるはずだ。俺と来てくれ」
花狼とそっくりな顔と姉という言葉に緊張の糸がゆるんだのか、少女は、戒無に向かって助けを請うように訴えた。
「でも、ふぁらんが……。ふぁらんが、おケガしてるの」
うるうると少女の瞳が潤む。
涙があふれそうだ。
「ふぁらんが……!」
戒無は、思わず、よしよしと少女の頭をあやすように撫でた。
あの男がこんな頼りなげな少女の相手をしていて、しかも好意を寄せられているらしいのが、意外だった。
まるで死神と天使だ。
その天使が悪魔のウイルスを体に宿しているというのが、なんとも皮肉ではあるが。
戒無はしゃがみこんで少女と目線を合わせ、ニパッと白い歯を見せて笑った。
「大丈夫。あいつは、誰かの助けを必要とするような可愛い男じゃねぇって」
「でもっ!」
少女は譲らない。
少女の必死な様子に、戒無はかすかにうなずいた。
「ファランはどんな様子だ?」
「あのね、パンってここ、うたれて……」
少女は右肩を押さえる。
「ちがたくさんでて、ナイフでジュってして、すごいおねつがでたの」
とてもよくわかる説明だった。
「場所は?」
「えき。ふるいの。くらくて、さみしくて、おにんぎょうさんがいっぱい。こわいとこ。おねがい、たすけて」
疑いのない瞳で懇願され、戒無は仕方なくうなずいた。
「おうよ」
そう返事をして、なんだか妙な展開になってきたぞ、と思った。
戒無のとまどいをよそに、少女は、安心したように息をついた。
戒無はジーパンのポケットから折り畳んだ帽子を取りだして、ふわりと少女の頭にかぶせた。
「目立つから、かぶってな」
「うん。こっちよ!」
愛芳が先にたって駆けだし、戒無は周囲の気配に気を配りながら、そのあとを追った。




