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兄と妹、そしてお姉ちゃん


●Scene-28. 2059.06.16. 08:00am. ススキノ 雑居ビル一階


 寿理は、戒無に言われたとおり、暖め直した豚まんをかかえてニナのキッズルームに顔を出した。

 相変わらずパワフルな子供たちが、わいわいと騒ぎながら食べ物に群がってくる。


 ニナが、不安な瞳で寿理を見た。


「戒無は……?」

「大丈夫。おなかの傷はやぶれてないわ。でも、アタシにはなにも言ってくれなくて……。レッド・クロイツ時代のことは、あまり触れられたくないのね。一人で行っちゃったわ」


 張りつめていた糸が切れたように、ニナは板張りの床に座り込んだ。

 ポン、とニナの肩を叩いて、寿理も隣に並んで腰を下ろす。


「寿理さん、わたしね、フラれちゃったの……」


 ニナは、ぽつんと言った。


「えっ?」

「戒無に好きだって言ったんだけど、好きになっちゃいけないって。でも、一生、わたしを護るために側にいるって……。そんなの……辛い……」


「戒無さんは、どうして好きになっちゃいけないって?」


 ニナは、ためらうように視線を揺らした。


「人殺しだから……って」


 ふっと、寿理は口許を笑わせた。


「そうね……。確かに、血まみれの手で、あなたを抱くことはできないわね……」

「寿理さんも、同じこと言うのね……」


「辛いこと言うようだけど、ニナちゃんは、ここでちゃらんぽらんやってる戒無さんしか知らないでしょう? 藤堂戒無は……。ううん。劉小龍は、怖い男よ」


「リウ・シャオロン……?」

「戒無さんの、本当の名前。レッド・クロイツの総督候補だった男の名前よ」


 驚いて見開いたニナの瞳に、大粒の涙が浮かんだ。


「わたし……、そんなことも知らないで……。あの人、どんな想いでわたしの側にいるって言ったの? どうして、冬宮の血を引くわたしを護ってくれるの?」

「知りたければ、自分で訊いてごらんなさい。でも、泣いちゃだめよ? あなたが泣いたら、あの人は本当のことは言わないわ」


 ニナは、うっと息を詰め、溢れる涙を必死でこらえた。

 それでも涙が溢れ落ちて、体育座りをした膝小僧を濡らした。

 そんな、いじらしい少女を見て、寿理はふわっと微笑んだ。


「おばかさんね。アタシの前では泣いてもいいのよ。好きなだけ、泣いちゃいなさい」


 そう言って、ニナの頭を抱き寄せる。

 ニナは、寿理の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。

 寿理は、少女が落ち着くまで、黙ってその小さな肩を抱きしめていた。


 しばらくして、ウサギちゃんの目になったニナに、寿理は濡れタオルを持ってきた。


「シャナちゃん、戻ってこないけど、どこ行っちゃったのかしら?」


 タオルを渡しながら寿理は訊く。

 シャナはいつもニナの視界に入るところに居た。

 寿理と入れ違いに出ていってからまだ戻らない。


「あの子は大丈夫。調べることがあるみたい」

「やぁね。心配なのはニナちゃんのほうよ。それこそ、シャナちゃんって、片時もあなたの側から離れなかったじゃないの」


 ニナは、クスッと笑った。


「だって、今は、寿理さんがいるもの……」

「あた、アタシ?」


 思わずドギマギして、寿理は自分を指さした。


「わたしも、寿理さんがいてくれたら、安心」

「やぁん。もう、この子ったら可愛いこと言ってくれちゃって~……」


 寿理は、きゅうっとニナを抱きしめ、くりくりと頭をなで回した。

 急に女同志の親密度が増した二人は、仲良くキッチンに立ち、お茶のしたくを始めた。


 紅茶の葉を選びながら、ニナが言った。


「寿理さん、わたしね、兄がいるの。母が違うから、いっしょに暮らしたことはないんだけど……」

「あら、アタシにそんなこと言っちゃっていいの?」


 ニナは、寿理を振り返ってうなずく。


「なんだか、寿理さんに聞いてほしくて……。あの、でも、冬宮のお家事情なんか、迷惑じゃ、ない?」


 伺うような表情のニナに、寿理はふっと優しく微笑んだ。

 ニナは、ホッとして続けた。


「兄は、五年前に家を出て行方不明なの。本当は、兄が冬宮を背負い、東亜細亜連合を率いていくはずだったのに。わたしの存在が兄を苦しめていたのかと思うと、とても辛くて……。兄に会って謝りたくて……」


 寿理は「う~ん」と唸った。


「それはどうかなぁ? 案外、お兄ちゃんも、妹に期待してるかもよ?」


 ニナは、ふるり、とかぶりを振った。


「でも、兄が家を出たのはわたしのせいだもの!」


 寿理は、優しい瞳でニナを見下ろした。


「お兄ちゃんってさ、妹のことはそりゃあもう、可愛いのよ。妹の幸せのためなら家を捨てるくらいなんでもないのよ。きっと、ニナちゃんのお兄ちゃんも、謝ってほしいなんて思ってないわよ」

「え……?」


 寿理は、あはっと笑って首をすくめた。


「あたしにも、昔、可愛い妹がいたの。ほら、昔はお兄ちゃんだったから、わかるわけ」

「昔は?」

「うん。今はお姉ちゃん」


 ニコッと笑って寿理はしなを作った。思わずニナは吹き出した。


「それにね、お兄ちゃんも、もっと別の理由で家を出たのかもしれないわよ?」

「別の、理由?」

「そうねぇ~。たとえば、強くなるため、とかね」


 ニナは驚いた瞳で寿理を見つめた。


「そんなこと……考えたこともなかった……」

「大丈夫。お兄ちゃんは、あなたのことが大好きよ」


 ニナは、はにかんだようにポッと頬を染めた。

 少女の純粋な想いがその笑顔に現れていて、寿理も照れたように微笑んだ。



 東亜細亜連合の総帥である冬宮誠志郎には、二人の息子がいた。

 十年前、レッド・クロイツの刺客に暗殺されたとされている一誠と、弟の誠次である。


 一誠は、正妻との間に息子を、愛人との間に娘をもうけた。

 正妻の息子でニナの六つ違いの兄、誠流せいるは、五年前、家を継ぐのを嫌って家を飛び出したあと、欧州の外人部隊に入隊したまま行方知れずだという。


 現在に至るまで、冬宮誠流の生死は確認されていない。



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