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【1900PV感謝!】バビロン・クラック~黒の戦士と世界を救う双子の少女、銀の戦士と世界を滅ぼす生物兵器  作者: 東條零
第四章 こわれた結界

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たったひとつの煌星《きらぼし》

●Scene-19. 2059.06.15. 10:34pm. 羊ヶ丘 グノーシス教会


 花狼のポケットの携帯が震動した。


 映像オフのまま電話に出ると、東京支部代表の周武漢チョウ・ウーハンだった。

 二年前、あの中東での悪魔の作戦に従事した部下だった。

 

『BSLー4隔離設備が整いましたので、MF22を移送してください』


 周は言った。


 愛芳がその体に宿しているバビロン・クラックは、エボラ出血熱やマールブルグウイルス、ラッサ熱などと同様に、危険度レベル四に分類され、ウイルスの取り扱いには厳重な管理と設備を必要とする。


 正式なBSLー4設備を整えるのは時間がかかるが、実験はともかく、隔離専用の施設ならば設置は比較的容易だ。

 厚さ三・五センチの防弾ガラスで室を独立させ、宇宙服のようなスーツを着用する方式にすれば、スーツを薬品洗浄するためのシャワー室と、何重かになったエアロック方式のドアを用意すればいい。


「べつに、ここでもかまわない。アイファンは、教会が気に入っているようだ」

『どんなシチュエイション、どんなキーワードで暗示が発動するかわかりません。一刻も早く、隔離施設に収容せよとの、総督のご命令です』

「長老会のボケじじぃどもの、茶飲み話に嫌気がさしたようだな。わかった。総督命令なら従おう」


 電話を切り、花狼は傍らのベッドで眠る愛芳を見下ろした。

 相変わらず、なにも考えていないようなあどけない寝顔だ。

 東京支部に連れて行けば、警戒厳重な施設に隔離され、何重もの扉の向こうで実験動物のように扱われるのだろう。


 泣くだろうか……。


 憐憫の情が浮かんで、そんな不抜けた考えは、努めて振り払った。

 情を移している場合ではない。

 この、無垢なる少女一人で、何十億という人間を死に至らしめることが可能なのだ。


 花狼は腕時計に視線を走らせた。

 日付がかわるまでには、まだ少し時間があった。



 明芳を焼き払った翌朝、国連非常事態対策委員会の制圧チームに合流した花狼は、最も効果的に国をひとつ焦土と化すための作戦の指揮をとった。


 油田への引火は防いだが、セイラン共和国は一週間以上も燃え続けた。

 人々は突然襲われた伝染病に畏れおののき、絶望の中で炎に焼かれて死んでいった。

 それは紛れもなく、そこに住んでいるなにも知らない人々を焼き払う、悪魔の作戦だった。

 近隣の国々は、その、天までも焦がすような地獄の業火を呪わしい気持ちで見守った。

 なにかがほんの少しだけ違っていれば、その炎の中で骨までも焼かれているのは自分自身なのかもしれないと、誰もが思い、震え上がった。


 そうして、史上最悪と言われた伝染病汚染パンデミックは終息した。


 後に、そのとき蔓延したウイルスはバビロン・クラックと命名され、人々の心に刻まれることとなったが、それが特定の人種にしか感染しない指向性ウイルスであったことは、一般に知られることはなかった。



 花狼は、手にした白刃が戒無の腕を切断するときの感触を思いだしていた。

 手榴弾のピンを抜き、不敵に笑う表情がその思い出に被った。

 ギリギリ土壇場に追いつめられたとき、破滅的に突っ走って閉塞状況を打開する男だった。

 一見、無茶なようだが実は計算高い。


 ――あの……馬鹿野郎が……。


 十年前、ルドルフ・アイケの罠にはまったとき、あの男を反射的に庇った。

 そのお陰でジーン・クラッシャーM68に感染し、全身の細胞の増殖能力が失われて、腐って死ぬのを待つばかりだったが、そんな花狼のところへ血液と皮膚の細胞が送られてきた。


 体細胞クローンを作る場合、通常は、細胞分裂が活発な身体部位を使う。

 皮膚の細胞などもそのひとつだ。

 送られてきた細胞が小龍のものであることは、遺伝子を調べてすぐに判明した。


 花狼と同じ遺伝子を持つ正常な細胞は培養され、花狼の体に導入された。

 そうして、彼は一命をとりとめたのだ。

 ただ、色素を司る遺伝子のダメージが大きく、彼は後天的な色素異常を抱えることとなった。

 髪と目の色が目立って違うのは、そのためである。


 小龍が、なぜ戻らなかったのか、花狼には理解できなかった。

 命を救い、救われてもなお、彼に裏切られたような気がしてならなかった。


 ――こだわっているのは、俺のほうか……。


 花狼は、小さな寝息をたてている少女の寝顔をのぞき込んだ。

 そっと呼びかける。


「アイファン。アイファン、起きろ。出かけるぞ」

「んー……。もう、あさ?」


 ねぼけた目をしばしばさせて、愛芳は花狼を見上げた。


「いや。まだ夜中だ」

「よるのおさんぽ? おほしさま、みえるかなぁ~?」


 嬉しそうに笑って、愛芳は、かかげた両手をくりくり振って、幼稚園児のお遊戯のようにお星様の真似をした。



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