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【1900PV感謝!】バビロン・クラック~黒の戦士と世界を救う双子の少女、銀の戦士と世界を滅ぼす生物兵器  作者: 東條零
第二章 過去を葬送《おく》る詩《うた》

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十四歳のプロポーズ

●Scene-11. 2059.06.13. 09:10pm. ススキノ 雑居ビル三階


 雑居ビルの三階は、カラフルな花々であふれかえっていた。


 内職の造花作りに精を出しているのだ。

 戒無とニナとシャナが、色とりどりの花弁のパーツを組み合わせ、細密な造花作りに没頭している。


 目と目を寄せて細かな作業を繰り返していた戒無は、だぁぁ~、と意味不明な声を上げてソファに仰け反った。


「寿理さんが上手でしたよね」


 なんとなく、戒無を責めるような声音でシャナが言った。


「そうね。とても手先が器用だったわね」


 ニナが請け合う。

 確かに寿理は、胡蝶蘭のブーケなども器用に造り出し、内職としては破格の金額を稼ぐ魔法の腕を持っていた。

 薔薇の花弁をセットするだけでリタイアしてしまう戒無とは大違いだ。


「なんなんだよ、俺がなにしたってんだよ」


 遙かに年下の女の子たちを相手に、戒無はふてくされる。


「なんで、寿理さんをクビにしたんですか?」


 シャナがきつい調子で訊いた。


「なんで……って、おまえに説明する義務があるのかよ?」

「でも、なにがあったかくらい、話してくれてもいいでしょう? 戒無」


 真摯なニナの瞳に見つめられて戒無は答えに窮した。

 部屋中に散乱した花が、なんだかうっとうしかった。


「俺は寝る」


 バタンとソファに体を伏せ、戒無は狸寝入りを決め込んだ。

 ソファに山になっていた深紅の薔薇が、パァッと飛び散る。


 そのとき、戒無のポケットで携帯電話がうなりをあげた。

 仕方なく、電話を取りだす。

 画面に寿理の顔が映った。


『みんな、げんき~? やぁん、戒無さん、薔薇の中の美少年って感じ~』


 薔薇の中に埋もれている戒無の映像が、寿理には届いているというわけだ。

 戒無は、冷たい声で言った。


「んじゃ、おやすみ」


 そう言って、電話を切ろうとする。


 その瞬間、画面の中の寿理が、パンと平手で殴られて吹っ飛んだ。


 電話の画面から寿理の姿が消える。

 寿理の携帯が、ほかの人物の手の中にあるのは明白だった。


「誰だ?」


 急に鋭さを増した戒無の声音に、ニナとシャナは作業の手を止めた。

 先方からの映像がオフになる。


『俺の邪魔をするなと言ったはずだ』


 花狼だった。

 戒無はスピーカーをオフにして、電話を耳に当てた。


「待てよ。誤解だと思うぜ?」

『羊ヶ丘のグノーシス教会だ。決着をつけるか、今後一切、手出しを辞めるか、選択権をきさまにやろう。リミットは零時だ』


 それだけ言うと、通話が切れた。

 寿理をどうするとか、そういった交渉はいっさいナシだ。


 戒無は時計に視線を走らせる。

 午後九時十五分。

 むっくりと薔薇の中から起きあがった。


「寿理さん、危険な目にあってるの?」


 ニナは、が訊いた。


「おまえは、心配するな」

「でも!」


 ニナが立ち上がった拍子に、膝の上の花びらが散った。

 シャナは、戒無とは目を合わせずに言った。


「レッド・クロイツのリウ・ファランですね」


 驚いた顔で、戒無はシャナを見つめた。


「忘れたんですか? わたしは耳がいいんです。マークすべき人物の声は判別がつきます」

「そうだったな……」


 シャナは、意志の強い瞳で戒無を見上げ、きっぱりと厳命するように言い切った。


「やめたほうがいいです。死にに行くようなものです」


 戒無は目を細めた。


「誰が行くっつった?」


 不機嫌な声になった。

 戒無の様子が普段と違うので、ニナは戸惑った。


「シャナ……」


 傍らのシャナを制するように、ニナは二人の間に入る。

 シャナは、ニナを安心させるように、ニナに微笑んだ。

 しかし、口調は変えず、なおも戒無に厳しく言い放つ。


「あなたたちの関係は理解しているつもりです。でも、今のあなたとリウ・ファランでは勝負になりません……」


 戒無はシャナの的確な分析に、苦く笑った。


 シャナは立ち上がった。

 それでも背丈は戒無の胸のあたりだ。

 その小さな体で、普段は物静かなシャナが精一杯訴えようとしていた。


「わたしにはわかります。あなたには、リウ・ファランは殺せない。ニナが、わたしを殺せないように!」

「そんなの、あたりまえじゃない!」


 ニナは悲鳴のような声を上げた。

 ニナがシャナを殺す。

 そんなことはあり得ないだろう。


 だが、シャナの言っている意味は少しばかり違うのだ。

 シャナは、ニナの影武者となるべく産まれたクローンだ。

 だから、絶体絶命の危機がニナに訪れたとき、シャナは影としての役目を全うし、ニナとすり替わって死なねばならない。

 けれども、ニナはそれを潔しとはしないだろう。

 しかし、それでは本末転倒なのだ。

 シャナの存在意義が消えてしまうのだ。


「ニナを護るために存在するはずのわたしが、ニナの足かせになってしまう。それは、わたしたちが、あまりに近すぎるからです。あまりに同じ時間を共有したからです。あなたが、わたしに、自分を大切にしろと言ったのは、それがわかっていたからでしょう? 自分を大切にすることでしか、本当の意味でニナを護るなんてできやしない。誰かを護るっていうことは、命を助けるだけじゃない。心をも護ることだって……!」


 庇われて自分だけ助かり、大切な人に置いてけぼりにされた者の心の痛みを、戒無は嫌というほど知っていた。

 だから、シャナに自分を大切にしろと言ったのだ。


「俺が、あいつのために死ぬとでも? よしてくれ。俺たちは、そんな甘っちょろい関係じゃねーよ」

「それでも、花狼は一人じゃありませんよ。敵地に、あなたが単身、乗り込んで、どうやって生きて戻ってくるんですか?」


 戒無は答えなかった。


「寿理さんのことは、応援を頼みましょう? だからもう少し、待って下さい」


 戒無は薄く笑った。


「シャナ……。俺の左手な……」

「え?」


「震えるんだ……銃を握ると。このままじゃ……。過去という亡霊に捕らわれたままじゃ、いざってとき、おまえたちを護りきれねーんだよ」


 シャナは驚いた目で戒無を見上げる。

 信じられないものでも見るような瞳の色だった。

 利き腕が使えないほどのトラウマをこのお気楽な男が抱えているとは、誰も想像がつかなかった。


 ふわっと、ニナが戒無の腰のあたりに抱きついた。

 細い腕で、キュッと男を抱きしめる。


「人を傷つける武器なんて、いらない!」


 ニナは、吐き出すように言った。


「銃なんか持てなくたっていいじゃない。戒無は、わたしの知ってる戒無のままでいてほしい。そんな、怖い顔、しないで欲しい。寿理さんは、お爺さまに助けてもらいましょう? だから、戒無は、危険なことしないで!」

「ニナ」


 戒無は、捨て身で抱きついてきた少女の頭を、ぽん、と叩いた。


「その、お爺さまが繰り出す救出のためのエージェントも、命がけだってわかってるか?」

「え……」


「たとえ俺が安全圏にいたとしても、誰かが命を落とすかもしれない。そいつには、家庭があるかもしれない。残された子供が泣くかもしれない」


 ニナは、衝撃を受けた。


「そ……んな……」

「理想で戦争はできない。大義名分を掲げても、殺し合いは殺し合いにすぎない。そんな不条理の中でも、人は自分にできることをするしかない。俺には俺の、おまえにはおまえのやりかたがある」


「だから、口を出すなっていうの? わたしの気持は、わかってもらえないの?」


 戒無はそっとニナの髪を撫でた。


「誰かが誰かを護りたいと思う。それは、思われるほうにとっちゃ少しばかり重いかもしれんが、強い想いを持てただけで人は救われることもある。償いきれない過去を抱えていても、生きていてもいいのかもしれないと思うこともある。俺はおまえを護りたい。およそ実現不可能な理想を持ったおまえを、護りたいと思う」


「理想……? わたし、夢みたいなことばかり言ってる? 戒無から見たら、現実を知らない子供だと思う?」

「いや。なにが正しくてなにが間違っているのか、それは歴史が証明してくれる。俺は、おまえが時代を動かす立場になるまで、見守るだけだ」


「時代を動かす……?」


 ニナは、茫然とつぶやいた。

 自分が冬宮グループの後継者であるという事実を、初めて重く感じた。


「そのためにも、引き裂かれた過去は繕いに行かなきゃな……」


 ニナは、戒無の体に回した腕に力を入れ、イヤイヤとかぶりを振った。


「それでも、嫌。わがままなのはわかってる。自分の気持ちだけ押しつけて、戒無の気持ち考えてないのもわかってる。だけど、行かないで。お願いだから、行かないで!」

「泣くなって」


 ニナは、うるんだ瞳で戒無を見上げた。


「戒無……。わたし、わたしね……。戒無のこと……」


 はっとして、シャナがニナを見る。


「ニナ」


 制するように、戒無は少し厳しく呼びかけた。


「その先は、これから巡り会う誰かのために、とっとけよ」

「そんな言い方、ずるい! 子供扱いしないで! わたし、あなたとだったら、あなたといっしょなら、運命を受け入れられると思う。冬宮の家を、背負っていけると思う……!」


 それは、わずか十四歳の少女の、捨て身のプロポーズだった。

 戒無は、優しく微笑んだ。


「もちろん。たとえどんなことがあっても俺はお前を護る。一生、おまえのそばにいるよ」


「そばにいるだけなの?」

「そうだ」


「好きになっちゃいけないの?」


 澄んだ瞳に大粒の涙が溢れた。

 その切ない表情に、一瞬、くらりときそうになる気持ちを封じ込め、戒無はそっとニナの体を引き剥がした。


「どうして?」


 悲鳴のようにニナは叫ぶ。

 そっと身をかがめ、戒無はニナと目の高さをそろえた。


「理由は、簡単だ」


 言いかけて、戒無は少しためらった。

 だが、この無垢な少女には告げねばならない。


「俺は……人殺しだからだ」


 傍らで、シャナが顔を伏せた。

 まっすぐに戒無を見つめるニナの瞳に、みるみる涙が溢れた。


 パタパタ、と床が鳴る。

 こぼれる涙をぬぐいもせず、ニナは詫びた。


「ご……めんなさい。こんな追いつめ方して……。そんなこと、言わせるつもりじゃ……」

「わかってる」


「わたしは、なにも知らない……。なんの力もない……。あなたを傷つけるだけの子供なのね……」


 ニナは、パッと身を翻した。

 逃げるように廊下へ走り出る。

 バタンバタンと二度、ドアの開閉する音が響いた。

 廊下の向こうの応接室へ飛び込んだらしい。


 ニナを追おうとして思いとどまり、シャナは戒無を見上げた。


「戒無……」

「ニナを頼むな」

「はい。……すみません、わたしも、余計なことを言いました」


 戒無は、シャナの頭をくるくると撫でる。


「ばーか。つっぱってんじゃねぇよ。ガキのくせに」

「あなたも、馬鹿正直な子供みたいです」


 戒無は、笑った。


「……だな。それでも、男の子は、つっぱってなんぼ、ってときもあんだよ」

「生きて帰ってきてください。このままあなたを失ってしまったらニナは一生後悔します」


 戒無は、浅くうなずいた。

 シャナは、ニナのあとを追い、応接室へ消えていく。

 戒無は、事務机の引き出しから銃を取り出し、そっとその冷たい感触に触れた。



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