開幕
九時三十分。校庭中央、三面の仮設リングが朝日に輝いていた。縁には白いロープ、マット代わりの人工芝が敷かれ、風に揺れる赤青のコーナーポストが祭囃子のカラフルな幟を思わせる。臨時観覧席に生徒が詰めかけ、熱気を帯びた声が夏草の匂いと混ざり合う。
選手整列の号令。一段高いステージに、生徒会長・小早川雪乃が姿を現した。黒髪を高く束ねたポニーテールが陽光を反射し、執事服を思わせる白の燕尾ジャケットが翻る。マイクを握ると、眩しすぎる笑顔で――普段のクールな仮面はどこへやら――声を張り上げた。
「皆さーんっ! 桜が丘初のスポーツチャンバラ大会、ついに開幕ですわぁぁ!」
叫んだ瞬間、場内からどよめきと歓声。雪乃は両腕を広げ、指を三本立てて見せる。
「ルールは簡単! 二本先取で勝利! レフェリーは都スポーツチャンバラ協会審判資格を持つ大山田帯刀教頭先生です!」
その瞬間、生徒達から「タッチャーン!」の声が上がる。
「そして私の右腕・宮前咲会計が副審を務めます!」
マイクの向こうで宮前が緊張の面持ちで頭を下げ、雪乃はウインクしつつ締めくくる。
「勝者には、青春を彩るスペシャルなご褒美をご用意しましたわ! 皆さま、フェアプレーで――いざ、尋常に!」
万雷の拍手。夏雲が割れ、真っ直ぐな日差しがリングを照らす。放送部の実況マイクがオンになり、スピーカーから爽やかな男子の声が弾けた。
『おはようございます! 実況は放送部2年、狩谷がお届けします! そして解説には陸上部の女王――朝比奈祐子先輩にお越しいただきました!』
サングラスを頭にのせた朝比奈先輩がマイクを握り、姐御スマイル。
『みんな! ケガすんなよ~! でも熱くいこうぜ! よろしくぅ!』
第一試合呼び出し。
俺と佐々木がリングに上がると、緊張感より人工芝の人口的な香りが胸に広がった。握ったスポンジ刀は軽く、手汗で柄が少し滑る。向かい側、佐々木は唇を噛み締め、足を細かく踏み鳴らしながら構えた。
『さあ開幕カードは、2年4組・皇ガクト VS 同じく2年4組・佐々木祐介!』
大山田先生が中央で木製レフェリースティックを掲げた。
「始めッ!」
乾いた掛け声と同時に佐々木が突進。だが踏み込みが浅い。俺は軽く半歩引き、柄を逆手に握り直して薙ぐ。耳の横を風切り音が通り過ぎた瞬間、佐々木の上腕部に刀身が触れ――
「一本!」
審判旗が上がる。観客席が「あっ」という息を漏らすより早く、佐々木は焦り空回りし、次の瞬間には俺の虎走りの胴打ちが決まり――
「二本! 勝負あり!」
試合時間、わずか十八秒。実況席が騒然となり、朝比奈先輩が笑いをこらえきれず叫んだ。
『はっや! いや~ガクトくん、朝イチから飛ばすねぇ!』
スタンドのあちこちで驚嘆と歓声が渦を巻き、沙羅は胸の前で両手を握り「やった!」と飛び跳ねた。佐々木は膝に手をつき、肩で息をしながらそれでも悔しげに拳を握りしめる。
リングを降りた俺の鼻腔を、遠くから漂う購買部焼きそばパンのソース香が貫いた。序幕は終わった――だが、真蔵、アンドー、そして雪乃の“ご褒美”が待つ頂点までは、まだ長い道のりだ。
俺は握り締めた刀を見下ろし、静かに息を吐く。照り返す夏陽が刀身に反射し、瞳の奥へ鋭い光を落とした。次の試合のコールが、まるで太鼓のように心臓を叩く。
――さあ、本当の勝負はここからだ。




