服部兄妹の挑戦状
都立桜が丘高校の七月は、ただでさえ忙しい。
期末試験に加え、インターハイ予選に生徒会選挙、そして恒例の生徒会主催イベント。放課後の廊下には期末テストを嘆く声と、部活動へ急ぐ足音が交錯し、教室の窓からは夏の光がじりじりと机を照らしている。
俺――皇岳人が出場することになったのは、そのイベントの目玉、「最強は誰だ!? 大スポーツチャンバラ大会」だった。
スポーツチャンバラ。竹刀を用いた剣道とは異なり、軽量のエアソフト剣を用いて、体のどこかにヒットすれば即ポイント。動きの速さと柔軟な体捌きが勝敗を分ける競技だ。
「……剣道と違って、構えの重さが仇になるかもな」
動画サイトで映像を確認しながら、俺は唸る。突き、面、小手、胴――決まった打ち込みに集中する剣道に比べ、スポチャンはあまりに自由すぎる。
そんな俺に、協力を申し出たのは沙羅だった。
とある早朝。陽の昇りきらぬ我が家の小さな庭で、俺たちは特訓を開始していた。
「いくよーっ、ガクト!」
「いつでもこい!」
沙羅がテニスボールを次々に投げつける。それを身体を捻り、屈み、跳ねて避ける俺。バウンド球、壁に反射させた変化球、徐々に沙羅の攻撃もトリッキーになっていく。
「はぁっ、はぁっ……!」
「セイセイセイ!」
数十球目、ボールが玄関扉をかすめ、母親の怒声が響く。
「ちょっと!壁に当てるなって言ったでしょーっ!」
「すみませんっ!!」
特訓は中断され、俺たちは汗だくのまま笑い合った。
そんなある日の放課後。
剣道部の稽古を終えて道場を出たところで、背後から声がかかる。
「皇先輩、少しよろしいですか?」
振り返れば、服部真蔵。険しい表情でたっていた。
「ああ、なんだ?」
「ここでは……少し。ベッカリベーカリー前の公園でいいですか?」
そんな風に声をかけられた俺は、服部の後を無言のまま歩く。夏の陽は傾き、蝉時雨が降る中、俺たちは公園にたどり着く。
そこには、セーラー服姿の少女が待っていた。服部の妹――千奈。
「皇先輩、ご足労ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる千奈。服部はその横に立ち、俺へと視線を向ける。
「服部、お前……妹を巻き込んでまで何を」
「いいえ、違います」
静かに、はっきりと千奈が割って入る。
「皇先輩が気づいていたかは分かりませんが、兄と沙羅さんが出かけたあの日、私と一緒に行動していたあの瞬間から、皇先輩は既に私たちと戦っていたんですよ」
「……は?」
「皇先輩!」
服部が突然声を張る。
「俺は、高校に入ってからずっと、剣道だけでなく人間としても、あなたを目標にしてきました」
言葉を懸命に探しながら話す服部。その横で千奈が黙って見守る。
「けど、沙羅さんのことだけは、納得できないんです!」
俺は静かに見つめ返す。
「沙羅がお前を選ばなかった…それが納得できないって訳ではないみたいだな」
「……さすがです」
千奈が言葉を継ぐ。
「兄は振られたこと自体は受け入れています。けど、納得できないのは皇先輩の“態度”です」
「俺が、何をした?」
再び服部が口を開く。
「あなたは……沙羅さんの、なんなんですか」
「前にも言ったはずだ。それはお前に話すことじゃない」
「……卑怯です。それじゃ、俺はあなたのライバルにもなれない!」
そう言いながら服部が拳を握る。
「これで話は終わりか?」
「いえ……俺と勝負してください!」
服部の目が燃えている。
「沙羅さんは関係ありません。ただ、あなたと“俺自身”のけじめです」
その言葉に、俺もつい語気を強める。
「剣道で一回勝ったぐらいで、調子に乗ってないか?」
「皇先輩! 今度のスポーツチャンバラ大会で兄は優勝します。その上で、皆の前で改めて沙羅さんに告白させてください!」
「……好きにしろよ」
吐き捨てるように言い、俺は背を向けた。
「お兄ちゃん……よく、がんばりました……」
千奈が涙ぐみながら兄に抱きつく。
服部は黙ってその肩を抱えたまま、俺の背中をまっすぐに見据えていた。
挑戦状は、受け取った。
――俺は、負けるつもりはない。




