マッチポンプ
東京の蒸し暑い午後、蝉の鳴き声が校舎の窓の外にこだましていた。
桜が丘高校・一階の一番奥、生徒会室では、冷房の効いた空間の中に、今日何度目かの会話が繰り返されていた。
「ねぇお願い……」
「嫌です。」
事務机を挟んで向かい合うのは、生徒会長の小早川雪乃と、生徒会会計補佐である皇ガクト。その横で、書類をめくっていた宮前咲は、さっきまでこのやり取りの回数を数えていたが、すでに数えるのをやめていた。
「もう一度いうわよ、ガクトくん。私はあなたに“可能性”を見出しているのよ。わかる?」
「それは大変光栄です、はいはい……」
「真面目に聞いて頂戴。あなたは、去年一年生ながら剣道部でインターハイ出場という異例の成果を出し、全校生徒に名前を知らしめたわ。二年になってからも、オリエンテーリングでは、あの朝比奈祐子を率い、校長の難問を突破。そして、我が生徒会、いえ、桜が丘高校全体を揺るがした『26億円部活助成金事件』を見事に解決……」
「セリフ、長いぞお前……」
「さらに! ここまでの実績を積みながらも、最近の剣道の成績はイマイチって聞いてるわよ? 練習試合で一年生に負けたとか」
「……あれは調子が悪かっただけだ」
「そうかしら? 事実、あなたはこの数日、部活に顔を出さず、生徒会室に入り浸っているわね。それってつまり……」
「おい、それは聞き捨てならないな! お前が『選挙準備が間に合わないのよぉ』ってわざわざ部活中の俺のところに来て、霧山部長に許可取って、ここに連れてきたんだろうが!」
「そんなこともあったかしら?」
あさっての方向を見てしらを切る雪乃に、ガクトの額に青筋が浮かぶ。その空気を察して、宮前咲が間に入った。
「会長、皇先輩を次期生徒会長に推すのは構いませんが、時と場所は考えてください。今は引き継ぎの準備や、選挙管理の作業で手一杯なんですから」
「そうね……ごめんなさい」
珍しく素直に頭を下げる雪乃。
ガクトも若干呆れつつも咲に目を向ける。
「いや、別に俺は怒ってるわけじゃ……咲、悪いな」
「いえ……先輩、ほんとご苦労様です」
そんな空気が少し和らいだそのとき、生徒会書記のアンドーが、巨体を揺らして入室してきた。
「カイチョー。イベント、アイデア。キタ。」
アンドーから手渡された一枚の書類に、雪乃がさっと目を通す。
「まあ……これは、なんて素晴らしい案なのかしら!」
芝居がかった声で歓声を上げる雪乃に、生徒会メンバーの視線が集まる。
「これ、生徒会長選挙の前イベントに最適だと思わない? ずっと何か物足りないって思ってたのよ!」
「いま準備してる『大カラオケ大会』じゃ不満なのかい? ミス雪乃?」
白薔薇を胸に挿した副会長・錦野が、やや不服そうに口を挟む。
「ええ、足りないの。もっと“熱さ”が必要だわ! この一年の服部くんから提出されたこの案──『最強は誰だ!? 大スポーツチャンバラ大会(仮)』! これを採用します!」
「服部……!? あいつ、そんなこと考えてたのか……」
書類のタイトルを見て、ガクトが小さくつぶやいた。
脳裏に浮かぶのは、沙羅の隣を並んで帰ったときに見かけた服部の目だった。
風雲急を告げる、生徒会選挙前イベント。
新たな火種が、静かに灯ったのだった。




