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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
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波乱の予感

 東京湾沿いに立ち並ぶ高層マンション群。その一角、上層階にある服部家のリビングは、まだ昼間というのに薄暗かった。バルコニー越しに見える鈍色の海が、沈んだ空気に拍車をかけている。


 真蔵の部屋──カーテンは固く閉ざされ、空気清浄機が低く唸りを上げるだけの静けさ。ベッドの上には、服部真蔵がうつ伏せになったまま、身動き一つせずに沈んでいた。


 コンコン──控えめなノックの音が室内に響く。


「……入るな」


 くぐもった声が返るも、ドアは静かに開かれ、妹の千奈が足音を忍ばせて入ってきた。


「お兄ちゃん」


「……帰ってくれ」


「顔、上げてよ」


「……無理」


 千奈はため息をつき、近くの椅子を引いてベッド脇に腰を下ろした。


「……沙羅先輩に振られたんだね」


「……話したくない」


「でも、話さないと余計に苦しくなるよ。私は、聞くために来たんだよ」


「……どうせ、笑うくせに」


「笑わないよ。私はお兄ちゃんの味方」


 真蔵は顔を枕に埋めたまま、低く搾り出すように言った。


「……“好きな人がいる”って……その一言で全部、終わった」


「うん……」


「頭が真っ白になって……何も言えなかった」


「……そりゃ、ショックだよね」


「でも……どうしても諦めきれない。皇先輩がいる限り……俺は……!」


「お兄ちゃん」


 千奈は静かに視線を落とし思案する。


 ──皇先輩って、よく言えば優しいけど、悪く言えば、あまり自分から仕掛ける人じゃない。相手の出方を見て、それに合わせるタイプ。だから、私は生徒会長の小早川先輩に連絡した。皇先輩をちょっとだけ煽ってもらう目的で…


 ──でも結局、小早川先輩は何もしなかったみたい。沙羅先輩も、ちゃんと自分で結論を出しちゃった。


 千奈はベッドに肘をついて、兄を見つめながら口を開いた。


「……お兄ちゃんの負け、ってことだよね」


「……ああ」


「でも、負け方を……選ぶことはできるんじゃない?」


 含みのある言葉を真っすぐな視線で話す千奈。


 真蔵がゆっくりと上体を起こす。


「聞かせてくれ」


「一度、正面からぶつかる。剣道でね。勝ったら、胸を張って想いを伝える。負けたら、潔く身を引く。……ただ、勝っても負けても、沙羅先輩の気持ちは変わらないと思うけど」


「……!」


「でも、ガクト先輩が沙羅先輩に相応しいか、それを試す舞台なら作れる。どう? やる?」


「やる。すぐにでも」


 真蔵は拳を握りしめ、目を伏せた。


「けじめだ。俺自身、先輩と真剣にぶつからなきゃ……きっと前に進めない」


「わかった。じゃあ――舞台は、私が用意する」


 千奈はスマホを取り出し、連絡先の中から〈小早川雪乃〉をタップした。


◆ ◆ ◆


 コール音が二度鳴ったところで、電話はつながった。


『……あら、千奈さん? 今度は何のご用件かしら』


「小早川先輩、お忙しいところすみません。ご相談がありまして」


『先に言っておくけれど、私を妙な策略に巻き込もうっていうなら、断るつもりよ?』


「ごもっともです。でも今回は前みたいなご相談じゃありません。もしかしたら小早川先輩としても面白いかも、ってお話なんです」


『……ふむ? 続けて』


「はい。皇岳人先輩と、私の兄・真蔵を直接対決させたいんです」


『……理由は?』


「兄は昨日、沙羅先輩に正式に振られました。理由は、“好きな人がいる”って……皇先輩です。でも皇先輩って、はっきりしないところがあるじゃないですか? だから兄も、気持ちに区切りがつけられなくて」


『……なるほど。で、どうしたいの?』


「皇先輩と正々堂々、一戦交えて、ちゃんと気持ちに踏ん切りをつけたいって言ってるんです。勝っても負けても、けじめをつけたいって」


『ふうん……でも、沙羅さんを“賭ける”ような真似は絶対にダメよ?』


「もちろんです。あくまで兄のけじめです。」


『あなた、やっぱり策士ね……』


「で、いかがでしょう? お引き受けいただけますか?」


『……ええ、面白いわ。丁度、生徒会長選挙前のイベントが欲しかったところなの。生徒会主催のエキシビションマッチとして開催できると思うわ』


「本当ですか!」


『舞台は校庭。去年の後夜祭で使った仮設ステージを流用できるわね。観客は自由参加、入場無料、安全管理は生徒会で手配するわ』


「ありがとうございます!」


『ただし、剣道じゃ地味すぎる。そうね……スポーツチャンバラにしましょう。マスクは公式装備、専門家の立ち会いも必須で』


「はい、完璧です!」


『決まりね。私はポスターと校内放送の草案を用意するわ。それと、出場者も数人追加募集して、ちょっとした武道大会風にしましょう』


「えっ、それって……兄と皇先輩の一騎打ちじゃ…」


『それだけじゃつまらないでしょ? ふふ……波乱の夏休み前夜祭、って感じにしましょう』


 通話が切れた。


 千奈はスマホをそっと胸に当て、息を吐いた。


「お兄ちゃん……ごめん。なんか、とんでもないことになっちゃったかも」


「聞いてたよ。……ありがとう、千奈」


「……勝っても負けても、スッキリしてね」


「必ずだ」


 夕暮れの空に、雲の隙間から陽光が差し込む。

 その光は、静かに、兄妹の背中を照らしていた――。

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