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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
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服部くんの失恋

 朝の一限目直前、沙羅はいつも通り、いや、いつも以上に明るい笑顔で由比と教室前で言葉を交わしていた。


「また昼、屋上でお昼ね!」

「うん。おにぎり持っていくから、由比は甘い系あったらお願いね」


 そんな他愛ない約束を交わすと、沙羅は「じゃあ、いってきます」と小さく手を振って、1年4組の教室へと入っていった。


 教室内は、朝の独特の喧騒と、ノートの紙がめくられる音、そして消しゴムのカスの匂いが混ざっていた。夏とはいえ、朝の教室はまだどこか湿り気を帯びた空気が漂っている。


「おはようございます、沙羅さん!」


 教室に入るなり、先に来ていた服部が、明るく挨拶を投げかけてきた。


 昨日までの沙羅なら、うつむき加減に曖昧な返事でごまかしたかもしれない。けれど今日は違った。


「おはよう、服部くん!」


 その声は、はっきりとしていて、どこか晴れやかだった。


 服部の顔に、驚きと喜びが混ざったような表情が浮かぶ。

 まさか、これは……?

 もしかして、いい方向に向かっているのでは?

 告白の返事はまだもらっていないが、この調子なら……


 午前中の授業中、服部はまったく黒板に集中できなかった。ノートを取りながらも、ひたすら考える。


(俺、沙羅さんと付き合える……?いや、昨日までの雰囲気と全然違う。これは……来てる!)


 だが、ふと疑問がよぎる。


(でも……恋が終わったなら、あんなに機嫌良くなるか?普通、もっと落ち込むんじゃ……いや、もしかして空元気?)


 希望と不安が入り混じったまま、時間は過ぎていった。


 そして昼休み。


 沙羅は席を立ち、服部の方へと歩み寄る。


「ねえ、服部くん。放課後、体育館裏で話せる?」


 その言葉に、服部の心臓が跳ねた。


「……わかった。行くよ」


 午後の授業中は、もはや文字すら頭に入らない。心臓の音がやけに大きく聞こえる。


 やがて放課後。


 西日が傾きかけた中庭を抜けて、服部は体育館裏へ向かった。


 そこには、制服のまま佇む沙羅の姿があった。髪がわずかに風に揺れている。


「服部くん……来てくれて、ありがとう」

「いえ……あの……その、返事を……聞かせてもらえますか?」


 沙羅は、ゆっくりと頷いた。

 その顔は、どこか悲しげで、しかし決意に満ちていた。


「……あのね。服部くんの告白、すごく嬉しかった。びっくりしたけど、ちゃんと真剣に考えたよ」


 服部の喉がごくりと鳴った。


「でも……僕、やっぱり……他に好きな人がいるんだって」


 言葉の一つ一つが、刃のように服部の胸に刺さる。


「その人のことを考えると、心がぎゅっと苦しくなるの。あなたの気持ちには、ちゃんと応えたいと思った。だけど、それは嘘になっちゃう……だから……ごめんなさい」


「……っ」


 服部の視界がぼやけていく。喉元が焼けつくようだった。


 沙羅は深く頭を下げると、そのまま走り出した。足音が、砂地に乾いた音を刻んでいく。

 服部は、その背中を、ただ黙って見送るしかなかった。


(……これが、失恋ってやつか)


 本当に、こんなに苦しいものなんだな。胸の奥が、ぽっかりと空いたような、息がうまく吸えないような。


 服部は、そのまま剣道部の稽古に出ることなく、帰路についた。


―――


 夕暮れ。赤く染まった空の下、校門を抜けると、沙羅がガクトの横に並ぶ。


「……きょう、服部くんに……ちゃんと、言ったんだ」

「そうか」


 ガクトは短く答える。沙羅の足取りはゆっくりで、どこか重たい。


「……僕、あのとき、本当に悩んでて。誰が好きなのか、自分でも分かんなくなってて……」


「うん」


「でも、昨日の夜、雷が鳴ったとき……怖くて、ほんとに、どうしようもなくて……ガクトが来てくれて、歌ってくれて……」


「……」


「その時に分かったんだ。僕、やっぱり……ガクトが……」


 ガクトは足を止める。沙羅も立ち止まる。


「服部くんを、あんな形で傷つけたのは、本当に悪かったって思ってる。ごめん、って何回思っても足りないくらい」


 しばらく沈黙が流れた。蝉の声が、夕暮れにかすかに響いている。


「お前が悩んで、考えて、出した答えなら……それでいいと思うよ」


「……ほんとに?」


「思ってるよ。俺は、お前がちゃんと自分の気持ちに向き合ったの、知ってるから」


 沙羅は顔を上げ、ガクトの目を見た。頬が、わずかに赤く染まっている。


「……ガクト。僕、もう逃げないよ。ちゃんと、自分の気持ち、言えるようになりたいから」


「そっか……じゃあさ」


 ガクトは少し笑って、前を向いた。


「俺も、ちゃんと向き合うよ。お前の気持ちに」


 並んで歩く二人の影が、長く夕焼けに伸びていった。

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