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ファミーユ・ゼダンだったら

 昼休みの中庭。

 陽射しは穏やかで、春の風がふわりと芝生を撫でていく。

 俺はその芝生の真ん中で、制服の上着を敷いて寝転びながら、焼きそばパンを片手にスマホゲームに興じていた。


「……おいおい、またかよ。必殺技の演出、こんなにかっこいいのに……ゲーム性が死んでるんだよな」


 ブツブツと文句を言いつつも、画面をタップする指は止まらない。

 画面の中で、俺の「セイカイテイオー」がド派手な斬撃を放ち、敵を吹き飛ばしていた。


「ふー……なんでこのグラフィックと設定で、バトルがこんなに退屈なんだよ。てか、こいつのCV、前作の伊藤凪だったら完璧だったのに……」


 小さくあくびをしながら、もう一口、焼きそばパンをかじる。


 ——そのときだった。


「皇くんっ! 大変ですっ!」


 慌てた足音と共に、五郎丸 隆が駆け寄ってきた。

 黒縁メガネがずり落ちかけ、制服の上着がずれて乱れている。ひょろい体格には不釣り合いなワイルドな慌てぶり。


「……おぉ、五郎丸。どうした? またプリコメ戦線が炎上したか?」


「ちがいますっ! それどころじゃないんですっ!」


 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、五郎丸は俺の前にしゃがみ込む。


「沙羅ちゃんがっ、教室で佐々木に絡まれてます! なんか、かなりマズい感じですっ!」


 一瞬、俺は起き上がろうとしたが思いとどまる。


そして……


「……ふぅん」


 俺はゆっくりと一度 上半身を起こすが、そのままゴロンと仰向けに転がった。

 教室なら佐々木も無茶はしないだろう。そうたかをくくった。


「それって、俺に関係あるのか?」


「か、関係ありますともぉっ!」


 五郎丸のメガネが光る(錯覚)。

 ついでに鼻の穴も若干膨らんだ。


「沙羅ちゃんは皇くんの幼なじみでしょう!? それに、ここのところ毎日来てるじゃないですか! 君たちの間に何かあったのは推測できますよ!でも、でも、今は皇くんだけが頼りなんですよ!」


「へぇ……」


 焼きそばパンを口に運びながら、俺は曖昧に返す。


「それにですねっ! Zガソダンのファミーユ・ゼダンだったら、ファン・ユリィのピンチを絶対見過ごしませんよ! むしろあそこで助けに入ることでルート分岐が……!」


「お前の話、例えがニッチなんだよ」


「でも、皇くんだって、沙羅ちゃんのこと――」


 そのときだった。


 パリィンッ!


 校舎から、甲高い音が響いた。


 その瞬間、俺と五郎丸は同時に顔を上げる。

 教室棟の3階、俺たちの教室がある廊下の窓ガラスが割れていた。

 破片が風に乗って、キラキラと輝きながら地面に降り注ぐ。


「うわっ!? ひゃあぁぁぁっ!!」


 五郎丸が悲鳴を上げて、慌てて頭を抱える。

 破片は俺たちの近くまでは届かなかったが、中庭にいた何人かがざわつく……


「おいおい……嘘だろ……?」


 俺は立ち上がり、目を凝らした。

 3階の廊下、その割れた窓の向こう——


 沙羅の顔が、そこに見えた。


 頬のあたりから、赤いものが流れていた。


「……何やってんだ……?」


 気づけば、焼きそばパンを地面に落としていた。


 風が吹く。


 さっきまでの平和な春の昼休みが、まるで遠い過去のように思えた——。



 ――中庭から見上げた、あの割れたガラス窓。


 そこに見えたのは、顔を赤くして何かを叫ぶ沙羅。そして、その顎を無理やり掴む、佐々木の手。


「あいつ……何してやがる!」


 スマホもその場に放り出し、俺は即座に走り出していた。


 ……いや、回ってたら間に合わない。


 階段は校舎の反対側。グルッと回って三階まで駆け上がっても、一分はかかる。


 そんな余裕は、ない。


 俺は校舎の壁にある排水管に飛びついた。


「ちょっと!皇くん!階段!階段!」

 振り返れば、五郎丸が階段の方向を指差しながら叫んでいた。そしてメガネを抑え不安そうにこちらを見上げている。


「それじゃ間に合わねぇんだよ!」


 壁に足をかけ、手のひらでざらついたコンクリのヘリを強く掴む。排水管は鉄製だ。これをつたえば剣道で鍛えた握力と体幹で十分いける。


 ごう、と風が吹く中、俺は壁を駆け上がる。


 2階の窓の向こうで、教室にいた1年生が俺を見て目をまん丸にしていた。


 ――10秒もかからなかった。


 割れた3階の窓に手をかけて、内側へと身を乗り出す。


「……お前ら、何やってるんだッ!!」


 怒鳴り声とともに教室前の廊下に飛び込んだ俺の視界に、まず飛び込んできたのは、血――


 沙羅の左の頬から、赤い筋が流れていた。


「……がくと……?」


 沙羅が俺を見て、はっと目を見開いた。少し涙ぐんだ瞳で、俺の姿を信じられないもののように見ている。


「て、てめぇ……!」

 佐々木がそう吐き捨て、うろたえながら後ずさる。


「俺はなにも悪くねぇ!こいつが、一年が、勝手に窓に突っ込んだんだよ!!」


 そう言いながら、佐々木は沙羅の左手首を乱暴に掴む。


 俺は、逆上しそうになる感情を深く押し込んだ。


 ここで手を出せば――剣道部に、仲間に迷惑がかかる。


 窓枠から廊下に飛び降りる。ジャリッ、とガラスの破片を踏みしめる音。廊下にはすでに多くの生徒が集まり、ざわめきが広がっていた。遠くで「先生呼んできて!」という声も聞こえる。


 まず、沙羅を引き離すのが先だ。


「っ!」


 俺は佐々木の手首を掴むと、親指の付け根を強く押した。

 「イテッ!」と叫んだ佐々木の手が緩むのと同時に、沙羅を俺の方に引き寄せる。

 踏み込んで、肘を軸に弧を描くように、相手の腕を振りほどいた。


 ――その瞬間。


 沙羅の小さな身体が、俺の腕の中にすっぽり収まった。


「……がくと……」

 小さく名前を呼ぶ沙羅。鼓動がやたら近くに感じる。


「……大丈夫か?」


「うん、僕は大丈夫だよ」


 しかし、顔は青ざめていた。

 

 沙羅の左頬を伝わる血、ガラス片で薄く2センチほど皮膚を切り裂いたようだ。傷は浅そうだと感じ少し安堵する。


 俺は沙羅を後ろに押しやり前に出る。


 佐々木が荒い息を吐きながら、目をギラつかせてにじり寄ってくる。


「おい、岳人っ! てめぇには関係ねぇだろ!?」


 吐き捨てるような声。けれど、どこかで俺を恐れているのがわかる。


「……沙羅は、俺の“幼なじみ”だ」


 その言葉に、佐々木の顔がさらに歪んだ。


「ふざけんなぁっ!」


 佐々木が突っ込んでくる。


 その瞬間、俺は右手の平をすっと彼の目の前にかざした。


「っ……!」


 一瞬、視界を遮られた佐々木が躊躇した隙に、佐々木の右腕を掴み、そのまま一気にねじり上げる。


「ぎゃあああっ!? な、何すんだお前ぇっ!」


「うるせぇ!黙ってろ!」


 拘束された佐々木が喚き散らす。


 その時――


「てめぇ、皇! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 佐々木の“悪仲間”たちが2人、背後から俺ににじり寄ってくる。


「引きはがせ!」


「こいつ、やりすぎだろ!」


 口では威勢のいいことを言っているが、誰も俺に手を出そうとはしない。

 この期に及んで、暴力沙汰は避けたいらしい。


 ――その時だった。


「お前ら!何しているんだ!」


 上山田仁王。ゴリマッチョの担任教師が、クラスの女子に先導されて廊下に現れた。


「お、おい先生……岳人が俺に暴力を振るうんですよ……」


 佐々木が青ざめた顔で言い訳を始めるが、上山田先生は黙って一歩前に出る。


「……とりあえず、職員室へ来ようか。佐々木と皇。あと君たちもだ」


「は、はいぃ……」


 戦意喪失した佐々木たちは引きずられるように廊下を上山田のあとをついていく。


 俺は歩き出す前に、小さく深呼吸する。


「……やれやれ、めんどくせぇ」


 隣では、沙羅が俺の袖をそっと掴んでいた。左の頬に小さく血が滲んでいる。


「がくと……助けに来てくれたの?」


「……そりゃ、まぁ……見ちまったら、な」


 そう答える俺の声は、少しだけ震えていた。

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