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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
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夜を越えて

 激しい雷鳴が、夜の空を引き裂くように轟いた。窓ガラスがビリビリと震え、部屋の中にまでその振動が伝わってくる。


 俺は沙羅の家の居間にあるソファに座り、震える沙羅の体を毛布ごと抱きしめていた。


 「……っ、ひっ、うぅ……」


 小さな声が、俺の胸元で震える。ガタガタと肩を震わせ、掴んでくる指はあまりにも細く、冷たい。まるで今にも壊れてしまいそうなほどに。


 雷の明滅が窓のカーテン越しに部屋を照らし、続く爆音が腹の底まで響いてくる。そのたびに、沙羅の体がピクリと跳ねた。


 「大丈夫だ、俺がいる……大丈夫」


 呼吸が浅く、早い。パニック状態になっているのが分かった。俺はスマホを取り出し、すぐに「過呼吸 対処」で検索した。Wi-Fiは落ちてるがスマホの電波は来ている。


 「パニック……過呼吸……」

 指が震える。けれど止まっている時間はない。

 (焦るな、落ち着かせる方法を……)


 「沙羅、俺の声、聞こえるか?」


 「……う、うん……」


 小学生のとき、バーベキュー中に雷が落ちて、沙羅の目の前でカモメが落ちた。あのとき、沙羅は泣きじゃくって、丸一日震えていた。


 今の彼女は、あのときと同じ顔をしていた。


 (何か、何かできることは……)


 スマホの画面に表示された「落ち着かせるために、低い声で一定のリズムで語りかける」「好きな歌などで気を紛らわせる」が目に入る。


 (歌、か……)


 ふと、頭に浮かんだのは、以前、沙羅に聞かせたこともあるアニメのエンディングテーマだった。タイトルは『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』。


 正直、歌に自信などはない。でも、今できることならなんでもやる。


 「……Fly me to the moon, and let me play among the stars……」


 低く、ゆっくりと、震えかすれた声で俺は歌い始めた。雷鳴にかき消されそうになりながらも、声は途切れず続いていく。


 「……Let me see what spring is like on Jupiter and Mars……」


 沙羅の震えが、少しだけ収まった気がした。呼吸も、まだ浅いけど、一定のリズムを取り戻しつつある。


 「……In other words, hold my hand…… In other words, darling, kiss me……」


 雷音が聞こえる間、何度も、何度も同じ歌詞を歌う。そんな歌を何十回と歌い1時間ほど経っただろうか?ようやく部屋の中に響くのは、雨の音と遠ざかる雷鳴だけになった。

 俺の喉はカラカラになっていた…


 「……少しは、落ち着いたか?」


 沙羅の髪をそっと撫でながら、かすれた声で問いかける。


 「……うん……少しだけ、ね」


 小さな声だった。涙を含んでいながらも、意識はしっかりしていた。


 「寒くないか?」


 「……ちょっと、まだ……」


 沙羅は俺の背中に腕を回し、さらに身を寄せてきた。その細い指が、ぎゅっと俺のシャツの布地をつかむ。


 「なら、もう少しこうしてろ。雷が通り過ぎるまで、ずっといてやるから」


 沙羅は何も言わなかった。ただ、うんともすんとも言わず、静かに俺の胸に顔を埋めた。


 俺は背中をさすりながら、彼女の呼吸のリズムを感じる。だんだんと、深く、ゆっくりになっていく。


 「……ガクト」


 「ん?」


 「……ありがと」


 その一言だけで、雷の轟音も、湿った空気も、全部どうでもよくなった。俺は思った。


 (この先、何があっても、こいつだけは守るって)


 窓の外の雷は徐々に遠ざかり、雨の音も小さくなってきていた。


 「……沙羅、寝れそうか?」


 「……うん、ガクトがいれば、寝れる気がする……」


 その言葉に、思わず顔が熱くなる。


 「お、おう……じゃあ、ここにいるよ」


 「ずっと?」


 「……お前が寝るまで、な」


 「ふふ、じゃあ、寝るのはやめようかな…」


 「おい…」


 そう言って、沙羅は笑った。その笑顔が、なんだか小さくて、でも今まで見たどんな笑顔よりも、愛おしく見えた。


 雷の夜は、ようやく、過ぎ去ろうとしていた。

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