雷雨と沙羅
布団に潜ってスマホをいじる。時間は深夜一時を過ぎていた。
「よっしゃ、セイカイテイオーの新装備ゲット!」
誰に聞かせるでもない勝利の声が、薄暗い部屋に響いた。画面にはレアなアイテムが表示されていて、俺は満足げに微笑んだが…何かむなしい。
それにしても、蒸し暑い夜だった。先ほどから風が強まり大粒の雨が降り始めた。少しだけ開けた窓から吹き込んだため慌てて窓をしめる。閉まった窓はガタガタと風で揺れていた。そして室内にはじめっとした空気がこもっている。ニュースで言っていた低気圧がいよいよやってきたらしい。
「……あっついな……」
そう呟いた瞬間——
ギュガシャァァァン!!!
すさまじい閃光と爆音が同時に鳴り響いた。
「うおっ!!」
思わず身を起こした。天井の明かりがバチンと音を立てて消え、部屋が一瞬にして真っ暗になる。
「……停電、か……?」
慌てて窓に駆け寄り、外を覗く。街灯も消えていた。周囲の住宅も真っ暗で、どうやらこの一帯全体がやられているらしい。遠くの空が、また閃光で白く染まった。
「……雷、近いな。これは……どこかに落ちたな」
スマホの明かりを頼りに懐中電灯を探す。
そのとき、不意に昔の記憶がよみがえった。小三の夏。沙羅と一緒に家族で行った海浜公園のバーベキュー。あのときも急な雷雨だった。
「沙羅! 木に近づくな!」
空が真っ白に光り、直後、雷鳴が沙羅のすぐ近くの木に直撃した。
バチィィィィン!!!
そのとき、枝に止まっていたカモメが黒く焼け焦げ、空から落ちてきた——。
あれ以来、沙羅は雷が大の苦手になった。特に夜の雷は、ほとんどトラウマと言っていいほどだった。
「……まずいな……」
今日、沙羅は家にひとりきりだった。祖父の危篤で、両親は出かけている。夕方に母親同士が話しているのを、階段の上から聞いていた。
「沙羅ちゃんはうちに泊まればいいのに…」
「私も言ったの。でも『大丈夫』ってきかなくて…」
沙羅が家に来なかったのは俺のせいか?
急いでスマホで沙羅を呼び出す。
……プルルルル、プルルルル……
鳴っている。だが、出ない。
「まさか……パニクってんのか……?」
沙羅は普段はしっかり者だが、極端な怖がりでもある。特に雷に関しては、幼い頃に何度も泣いていた記憶がある。
次の瞬間、俺は体が勝手に動いていた。
階段を下りたところで父親と母親に会う。
「俺、沙羅のところ行ってくる!」
母親は何かを言おうとしたが、それを阻むように父親が告げる。
「行ってこい!家と母さんは父さんに任せとけ!」
それを合図に懐中電灯を手に取り、カッパを羽織り、玄関へと飛び出す。
ゴォォォォォ!!
まるで獣の咆哮のような風の音と共に、生暖かい風が大粒の雨が顔を叩きつける。一瞬でカッパもめくりあがり、サンダルの足元がぐちょぐちょに濡れた。雷鳴とともに、夜の街が閃光で真っ白になる。
「……っ、頼む、無事でいてくれよ、沙羅……!」
隣家までの短い距離が、今夜は果てしなく遠く感じられた。玄関にたどり着き、インターホンを連打するも反応はない。暗闇に耳をすますと——
「……いやぁっ、いや!助けて…誰かぁ…」
かすかに聞こえた声。間違いない、沙羅だ。
「沙羅! 俺だ、ガクトだ! 開けろ!」
しばらくして、ゆっくりとドアの鍵が開けられる。
滑り込むように玄関に入る。
「……がく、と……?」
雷光に照らされた沙羅の顔は真っ青で、涙に濡れていた。目は大きく見開かれ、肩が震えている。
「お前……っ」
沙羅は何も言わず、俺の腕をぎゅっと掴んだ。その手は冷たく震えていた。
「……ううっ、やだ……こわい……」
心がきゅっと締め付けられた。普段の強がりな沙羅とはまるで別人だった。
「……もう大丈夫だ。俺がいる。」
俺は沙羅の細い肩を抱き寄せた。
そのまましばらく、何も言わず、ただこうしていた。
彼女の小さな嗚咽だけが、暗い玄関に響いていた。外ではまだ雷鳴が轟いていたが、その音は少しだけ遠くに感じられた。




