夕暮れの雑貨屋で
雑貨屋の前にある古びたベンチに、俺と沙羅は並んで腰かけた。日が暮れかけた空に、まだほんのりと朱が残っている。夏の匂いと夕立の予感が入り混じった風が、ほんの少しだけ頬を撫でていった。
「…雨、降りそうだね。」
「ああ…でも、まだ、この店やってるんだな…」
俺は手にした瓶のチョリオを一口飲み、炭酸が喉を抜ける音に少しむせた。
「うん……久しぶりに来た。懐かしい」
沙羅は手にしていたゴリゴリ君を小さくかじりながら、店の看板をぼんやりと見上げている。その顔に、ほんの少しの柔らかさが戻っていた。
「小学生の頃、よくここで10円ガム買ってさ、どっちが先に当たり出すか勝負してたよな」
「うん。で、僕ばっかり当たって……ガクトが悔しがるから、最後はわざと外してた。あれ、当てるにはコツがあるんだよね。」
「それは気づかなかった。ずっと俺、運が悪いだけだと思ってた」
「運も悪いし、頭も固いよ、ガクトは」
「うるせえ」
そう言って笑いあえたのは、ほんの数秒だった。
「……でもさ、なんで……なんで、今まで通りにできないんだよ?」
俺の問いかけに、沙羅はゴリゴリ君をじっと見つめたまま、しばらく沈黙していた。
「……だって、もう、今まで通りには戻れないよ」
「なんで?」
「だって……僕、服部くんに告白されたんだよ?」
静かな声だった。けれど、その言葉は俺の胸にずしんと響いた。
「それが、どうしたんだよ」
「どうしたって……普通、びっくりするでしょ? 幼なじみの女の子が他の男子に告白されて、それでも平気でいられるの?」
しばしの沈黙、ガクトは答えるべきか、はぐらかすべきかを考える。どう答えるのが正解なのか?答えが見つからない。
「…やっぱり…」
沙羅がそう言いかけたとき、かぶせるように声が出た。
「平気なわけ、ねえだろ!」
目を大きく見開き驚いたようにガクトを見る沙羅。
「思ってるに決まってんだろ……あいつと付き合うとか、そういうの、俺が気にならないわけないじゃないか……」
沙羅はガクトの顔を見ながら真意を読み取ろうとする。その目に、少しだけ揺れるものが見えた。
「じゃあ、なんで……なんで、何も言ってくれないの……?」
「言ったところで…」
そう話しかけたとき、不意に声がかかった。
「沙羅?」
沙羅がびくりと肩を震わせた。見上げると、軽やかなパンツスーツに身を包んだ女性が、スマホを片手にこちらへ歩いてくる。沙羅の母親だった。
「あらあら……仲が良いわね~。お二人ともごゆっくり~」
悪戯っぽく笑いながら、わざとらしくウインクする。
「そ、そんなんじゃない!」
沙羅は慌てて立ち上がると、ゴリゴリ君の棒をゴミ箱に捨てた。
「僕帰るから……」
母親の方へ駆け寄ると、そのまま一緒に歩き出す。こっちを振り返ることなく…
残された俺は、炭酸の抜けたチョリオの瓶を見つめた。
「……何やってんだろ、俺…」
空はもう、深い群青に染まりはじめ、西の空には黒い雲が早足でこちらに近づいてきていた。そして遠くに稲光が見えた気がした。




