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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
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沙羅との帰宅

 午後6時、ニイニイゼミの鳴き声が響き始めた道場の中で、俺は剣道部の稽古を終えて防具を外していた。汗で湿った面を脱ぐと、蒸し暑い空気が一気に顔を包み込む。

 きょうの稽古で服部は俺とは挨拶以外全くしない状況だった。あいつからすれば俺は恋のライバルなのかもしれないが、公私混同はあいつがまだガキだということ、オトナな俺は気にせず声をかける。


 「服部、今日はいまいち気合が乗っていなかったな」


 「はい…すいません」


 「…まぁ、頑張れ…」


 そんなギクシャクする俺たちを、他の剣道部員達は腫れ物でも扱うようにしていた。この状況はとても不愉快だ。そんなことを考えながら竹刀を置き、手ぬぐいで額の汗を拭う。道場の扉を開けると、涼しい風が流れ込み、同時に傾いた太陽が差し込んでくる。グラウンド全体が少しオレンジ色に染まっていた。

道場はグラウンドの隅にあり、その分景色がよく見える。いつもなら、あの中に沙羅の姿を探す。だけど、ここ数日、沙羅は俺を避けていた。


 目が合いそうになれば逸らされ、廊下ですれ違っても、すぐに背を向けられる。朝の昇降口でも、昼休みでも姿が見えない。そもそも沙羅は一年生。教室もフロアも違うから、探しても無駄だとわかっている。それでも、俺の視線はつい彼女を探してしまう。


 由比には道端で強く言われ、あのずぼらな生徒会長にすら心配されるありさまだった。


「どうして、あなたはそんなに無頓着でいられるのよ!」


 雪乃の感情的な言葉が心を揺さぶる。このままじゃダメだ。何とかしなければ…

 そんな考えを巡らせながら沙羅の姿を探す。


 「……ガクトくん?」


 ふと声をかけられ、顔を上げる。


 「朝比奈先輩……」


 夕陽を背に、ジャージ姿の朝比奈先輩が立っていた。陸上部の練習を終えたところらしく、髪を一つにまとめ、タオルを肩にかけている。


 「さっきから、ずっと何を見ているのかしら?もしかして…沙羅ちゃん探してる?」


 「……いえ、別に……その……」


 曖昧に答えながら、視線をグラウンドに戻す。沙羅の姿はやっぱり見えない。


 「そっか。……あの子、最近いっぱいいっぱいだから。優しくしてやってね」


 そう言って、朝比奈先輩はにっこりと笑った。


 「じゃ、お先にガクトくん」


 「はい、ありがとうございます」


 深く頭を下げると、先輩は背を向けて帰っていった。



 その後、部活帰りの生徒がぽつぽつと帰宅していく中、俺は自転車を押して校門の脇に立っていた。グラウンドの向こうから、陸上部の一年生たちが集団で歩いてくるのが見えた。


 その中に、いた。沙羅が。


 仲間と並んで歩きながら、どこか気もそぞろな様子で笑っている。その姿に、胸が締めつけられる。


 「沙羅」


 呼びかけると、彼女は一瞬だけこちらを見た。その様子をみた陸上部員達は、沙羅を俺の方に押し出してきた。


 「皇先輩お迎えですか?やさし~」


 「沙羅のこと、たのみますねー」


 陸上部員の1年生たちはそう言って笑いながら、沙羅を置いて先に帰っていく。


 「ちょっと! 僕をおいてくなよ!」


 沙羅が慌てて声を上げるが、もう遅い。気づけば、俺と沙羅の二人だけが残されていた。


 「……帰るか?」


 そう問いかけると、沙羅は黙ったまま、少しの間だけ立ち尽くしていた。


 「……やだ。一人で帰る」


 そう言ってスタスタと歩き出す。

 その後を自転車にまたがり、ゆっくりと後ろをついていく俺。


 「ついてくんな!」


 「いや、俺の家もこっちだし」


 するといら立ちの声を上げた沙羅はいきなり走り出す。

 さすが陸上部次期エースだけあって速い。

 俺も立ちこぎで後をついて行く。


 「ついてくるなぁぁ!」


 「おまっ、早すぎ!」


 この奇妙な追いかけっこは、河川敷の道から住宅街へ入るころ、ようやく終わる。


 「……はぁ、はぁ……なんで、ついてくるんだよ!」


 「俺んち、こっちだから」


 「なんで、かまうんだよ……」


 「幼なじみじゃん?」


 「……なんで……ああ、もう……頭の中ごちゃごちゃでわかんないっ!」


 俺も明確な答えなんかない。ただ、今は一緒に居るべきだと思っている。

 その時、視野の片隅に懐かしい店舗が見えた。


 「……ん~、行くか、久々に?」


 俺が指さしたのは、角を曲がった先にある古びた雑貨屋。暗くなりかけた住宅街に、ぽつんと灯る店の明かりが見える。

 俺と沙羅が、まだ幼かった頃からのなじみのお店だ。

 駄菓子から基本的に日常品まで幅広く取り扱っているお店だが、今は周辺のスーパーやコンビニに押されて、おばあちゃんがなじみの客相手に細々と経営している。そんなお店だ。


 「……ガクトのおごりなら」


 「まかせろ!」


 そう言って笑いながら、俺たちは店に入っていった。店の中には誰も居ない。店番すらいない。これがこのお店の昔からのスタンスだ。俺は店の奥の壁際にある古い冷蔵庫から、500㎜の緑色をした炭酸飲料の瓶を取る。沙羅はこれまた古い冷凍庫の中を上からのぞき込み、ゴリラ少年のイラストが書かれたソーダ味のアイスを手に取った。


 「すみませーん!」

 

 「はーい、今いくねー」


呼びかけた沙羅の声に店の奥から返事が来る。数十秒待つと、腰の曲がった老女がゆっくりと暖簾をくぐって現れる。


「あら、沙羅ちゃん、岳人くん、お久しぶりねぇ…大きくなったわねぇ…」


等と話しながら、会計を済ませ、店の外にある木製板を貼り合わせた簡素な長椅子に沙羅と並んで座った。

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