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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
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影の芽吹き・後編(中学三年春〜卒業)

 春の陽射しがまぶしく差し込む午後、皇岳人は御影真一みかげ しんいちに連れられてテニス部の部室棟へ向かった。まだ肌寒さの残る春風に桜の花びらが舞う、校舎のガラスがカタカタと小さく震える。


「みんなー!紹介するぜ、新入部員の皇岳人だ!」


 部室の扉を開けると、中から明るい笑い声と汗の混じった爽やかな空気が流れてきた。


「お、あの体力テストでぶっちぎったやつじゃん!」

「マジで? うちら強くなるかも〜!」


 男女問わず明るく迎えてくれる雰囲気に、ガクトの心は少し温かくなった。練習も想像以上に真剣だった。部員は丁寧にフォームを教えてくれ、球出しも声出しも徹底されていた。


 テニスラケットの風を切り裂く音。ボールが弾む高い音。生徒たちの掛け声。汗と土の匂いが混じった春の夕方の空気に包まれながら、ガクトは思った——ここが、自分の居場所かもしれない…と…


 その日の帰り道、校門付近で五郎丸が声をかけてきた。

「皇くん! 久しぶりにカード大会でも……」


「あ、悪い。また今度な」


 笑顔で返しながらも、心はもう戻る気がなかった。新しい明るい仲間、新しい居場所。過去のあの“キモイオタク”には戻れない。


 数日後の部活後、夕焼けに染まった空の下、部活動後の部員が、部室前のベンチに座りながら談笑していた。そんな時、ガクトはシンにふと本音を漏らす。


「俺さ……テニス部入ってよかったよ。」


「お!そう言ってくれると誘ったかいがあるぜ!」


そこに居る全員がガクトとシンの会話に耳をすませる。


「本当に、本当にシンには感謝しているんだ…実は俺、2年の時に軽くイジメにあってさ…」


そう話し始めたとき、シンが大笑いし始める。


「あーっはっはっ…ひぃー腹いてー!おいおい、何だよ急に!ギャグは時と場合を選ぼうぜ!?」


「え…あ……そっか。悪い悪い…タイミング間違っちゃったおれ?」


「ガクト先輩すべってますよ!」


「いや、これはこれでおもしれー!」


その場にいる全員が笑った。ガクトも笑った。だが、その笑いの中に、どこか違和感が混ざっていたことに、まだこのときは気づいていなかった。



 春の大会が近づき、部活動は熱を帯びた。確かに部員は真面目に練習に取り組んでいた。その甲斐もあってか二年三年中心の選手達は県大会でもそれなりの結果を残していた。

 素人同然だった俺も、どういうわけかそこそこの成績を残すことが出来た。


 だが、顧問の教師の目が届かない時、部の空気は変わる。ある日、練習中に忘れ物を取りに部室に戻ったガクトは、扉を開けた瞬間に凍りつく……

 シンと一年生の女子が、かなり親密な様子でソファに座っていたのだ。制服は乱れ、笑い声が響いていた。


「おーい、ガクト! 来るの早えよ〜。あと1時間はフリータイムってことで頼むわ!」


 女の子も笑顔で手を振った。

「ガクト先輩なら別に一緒でも平気ですよ〜」


「おいおい!俺一人じゃ不満だって言うのかよ!」


「きゃはは…そんなことないですけど、テニス部のツートップの二人とやれたら自慢になるじゃないですか!」


「おいおい…自慢なんかすんじゃねーぞ」


 ほぼ全裸のままの二人は何食わぬ顔でそんなことを話す。ガクトは驚きと戸惑いの入り混じった感情を内に隠し、戯けるように言い放つ。

「……悪ぃ、早まったか…シン!ソファを汚すなよ!」


「りょうか~い!」


扉を閉める部室を後にすると、二人の笑い声が聞こえてきた。

その場はうまく乗り切ったが、ガクトの心の中に何かわだかまりが残る。


 三年からテニス部に加入したガクトだが、春の大会辺りから気がつけば、部の幹部扱いになっていた。実力がものを言う世界で、彼は確かに強かった。練習でも実績でも、シンに次ぐ存在として認知され始めていた。


 そんなある日——新一年生の鳴海愛なるみ あいという後輩が、ガクトによく話しかけてくるようになった。


「ガクト先輩って……ほかの人とは違いますよね」


 細身の体に黒髪ロング。テニス部では珍しい落ち着いた清楚な雰囲気の彼女。初めは騒がしい部の空気になじめないようで、テニスに邁進するその姿はパリピの集団ともいえるテニス部に似つかわしくない様に見えた。

 そんな新入部員の一年生でも、二、三年の男子部員からはちょっかいをかけられる。


「ねぇねぇ、愛ちゃんって中学からテニス始めたんだって?俺が教えてあげちゃうよ!」


「…あ、いえ、あの…あ!ガクト先輩!教えて下さい!」


「ちぇ!ガクト相手じゃ分が悪いわ…他の子いくか!」


テニス部の中では、女子の好みがハイレベル過ぎて普通の女子はスルーされる。という事になっていたガクトを“男よけ”のために利用しているようだった。


 ガクトも守ってほしそうな視線を投げられている事は気づいていた。別に女の子に興味がないわけではない。いや、むしろ感覚は普通の男子中学生だったガクトは興味は人一倍あった。しかし、テニス部の連中のように、仲間内でとっかえひっかえ彼氏彼女を交換するような恋愛は、何か気持ち悪さを感じていたのだった。


 そんなクマノミとイソギンチャクのような共生を送っていたガクトと鳴海愛は、次第に親密な関係になっていく。本人達は交際未満、友人以上のつもりでいたが、テニス部員達は二人は交際しているものとしてみていた。

パリピ揃いのテニス部員とはいえ、テニス部ナンバー2のガクトの彼女ということになっている、鳴海愛にちょっかいをかけるものはいなくなっていた。


そして夏、合宿と称した海辺での“活動”で皆がビーチで盛り上がる中、ガクトは鳴海愛と並んで砂浜に座った。


「海……綺麗ですね」

「……ああ」


 夕陽が水平線に沈みかけたその瞬間、彼女がそっと唇を重ねてきた。


「……好き…かもしれません」


顔を赤らめながらそう告白する鳴海愛。

ガクトは言葉を返さず、ただ彼女の頭をそっと撫でた。

正直なところ完全にテンパっていたのだったが…



 秋、文化祭。テニス部は喫茶イベントを開催し、執事やメイドの衣装に身を包んだ部員たちが注目を浴びた。ガクトも愛とペアで働き、生徒たちの人気をさらう。


「皇くん!来ましたよ!」


「おう!五郎丸!とその仲間達!まぁ座れ座れ!」


「皇くん、執事のコンセプトが壊れていますよ!」


「まぁ 堅いこと言うなよ…コーラでいいか?」


そんなやり取りをした五郎丸とかつてのオタク仲間達。

テニス部の仲間に囲まれ楽しそうにしているガクトを見ながら…


「なんだかんだあったみたいですけど…復活はしたみたいですね」


「そうだね!オタク仲間としては嬉しいけど、遠い存在になったような…」


「あ!ガクト氏!女性の腰に手を回していますよ!うらやまけしからんです!」



 そんな笑顔で過ごせるようになったガクトだが、その頃から、心の中で疑問が膨らんでいっていた。シンたちの過剰な悪ふざけ。街中での迷惑行為。たまの飲酒。そして……女性への扱い。



 そして、卒業が近づくある日、騒ぎの中で誰かが言った。


「ガクト、お前らもそろそろ見せてくれよ〜、彼女との“アレ”」


 その言葉にガクトの瞳が鋭く光った。


「俺と愛は……見世物じゃねぇ」


 ピリついた空気の中、シンが笑って肩をすくめた。


「おいおい…そこまで怒ることないだろ?見せたくないなら、それでいいと思うぜ?」


そして、つづけて話す。


「なあ、ガクト。お前、進学だろ?で、愛とはどうすんの?」


 ガクトは少しだけ黙ったあと、ふっと笑った。


「……ちゃんと考えてるよ」


「そうか?ならいいけど、俺が見るに愛は色々満足してないように見えるぜ?

あんまもたもたしてたら、たとえお前の女でも俺が奪っちまうぜ?」


シンの女性への手の早さ、深い関係になるまでの早さを知っているガクトは焦る。


「卒業式の日にケリをつける!」


「マジか!まだ1カ月あるじゃねぇかよ…」


「俺は俺のペースでやる」


「そうかい!」



そんなことをシンと話した一ヶ月後、の卒業式の日。

春の風が桜のつぼみを震わせる中、ガクトは校舎裏で愛に声をかけた。


「愛。話がある」


彼女は少し驚いた表情を浮かべて、そして微笑んだ。


「卒業、おめでとうございます」


「ありがとう。……俺さ、お前のこと、好きだ。真面目に交際して欲しい」


短く、まっすぐな告白。少しの沈黙のあと、愛は言った。


「ガクト…先輩……遅いのよ。あと、物足りないんだよね…」


そう話した彼女の胸元には、見覚えのない金色のネックレスが見て取れた。

風が吹いた。頬をなでる春の風は、どこか冷たかった。


「ガクト先輩、これまでの事、とても楽しかった。今までありがとうございました。」


そう言い残すと鳴海愛はきびすを返すように駆けだしていった。

その場にはただ黙って立ち尽くすガクトが残された。




そして、沙羅にその話をしたら、腹を抱えて笑われる事になる。


「ぷっ……がくとが告られて、フラれるとか……なにそれ、マンガじゃん……!ははっ、くっ……やば、笑いすぎてお腹痛い……!」


 肩を震わせながら涙目になって笑う沙羅。

 この時、こいつもういう奴なのかと絶望したのだった。



 こうした経験をした俺は、桜が丘高校に進学した。近場ではあるが、少しだけ偏差値が高いその学校に、あの頃の“仲間”たちの姿はなかった。


 過去は、もう戻れない。けれど、その痛みは確かに今の自分を形作っている。

 影を抱えて、それでも俺は歩き出す。

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