揺らぐ自室
夜の自室。カーテン越しに街灯の光がうっすらと差し込んでいる。薄暗い部屋の中、蛍光灯は点けず、机の上のアームライトだけが一角を照らしていた。小さな本棚にはぎっしりと詰められた漫画の背表紙。『ブリーツ』『ヘルシンキング』『ヨームガルド』、その横には最新巻のまま読まれず積まれたラノベがタワーを築いている。隣の棚には、プラモデル用の工具や塗料が雑然と並び、その上には作りかけの戦車模型と、完成済みのゼクとガソダンが睨み合っていた。
部屋の中央、床には剣道着と袴、稽古で使った竹刀袋が無造作に転がっている。防具袋は開いたまま、面が顔を覗かせていた。
ベッドに寝転がり、スマホも見ずに天井をぼんやりと眺めていた岳人は、ようやく声を漏らした。
「……なんか、変な感じだったな。」
昼休みの沙羅のあの冷たい態度。放課後、一緒に歩いたあの沈んだ横顔。
(……アイツ、服部に告白されたって言ってたけど……そんなに悩むことか?)
好きなら付き合う。好きじゃないなら断る。それだけのはずだ。
(あんなに悩むって……まさか、俺のこと気にしてるとか?)
そう考えてしまった自分に、思わず天井に向かって頭を振った。
「いやいや、ないない。それは考えすぎだろ。あまりにご都合主義だ!」
けれど、どうしてもあの時の沙羅の反応が引っかかっていた。
「……俺が『付き合えば?』って言った時、声……ちょっと震えてたよな」
あれは、動揺だったのか?
怒り? 悲しみ? 期待外れ?
ソファに移り、ガクトは背もたれに深く沈み込む。冷房の効いた部屋の中でも、妙にじっとりと額に汗が滲んでくる。
「……もし、沙羅が俺のこと好きだったら……? いや、だったら何だってんだよ……」
そこまで考えて、ガクトは膝に拳を置いた。
「もし沙羅が俺の反応を気にしてたとしたら……俺、最低じゃん」
それなのに『付き合えば?』なんて投げやりに言ってしまった。
(あれは、臆病だった。……俺は)
沙羅が誰かと付き合う。それだけで、こんなにざわつくのに。
(付き合うなって言える立場か? 俺。幼なじみだから? じゃあ、好きなら言えよって話だろ)
「……まずは告白してから、文句言えっての……」
けれど、その言葉の最後は、自分の中で空しく響くだけだった。
本当に言えるのか?
自分の気持ちを、真正面から沙羅にぶつけることが。
——今は…無理だ。
はっきりと、そう思った。
中学時代。あの頃の自分を、沙羅が知っている。
陰湿なイジメ。逃げ続けた日々。
剣道部に入って、ようやく少しだけ誇れるものを見つけた。でも、それでも不安は完全には消えなかった。過去の自分が、いつまた戻ってくるか怖くて、常に何かにしがみついていないと落ち着かなかった。
(沙羅は、強いんだよ……。あんなに小さくて、細くて、俺なんかよりずっと強い)
強い彼女の隣に、自分は釣り合っているのか。
そんな不安が、口を塞いでしまう。
「……とりあえず、もうちょっと様子見るか」
言い訳だった。自分でもわかっている。
中学の時と何も変わらない。俺はあの頃から、何も……。
(けど……もし、沙羅が本気で服部と付き合うって言ったら……その時は……)
その先の言葉が、口から出なかった。
ガクトは天井を見つめたまま、拳を握りしめた。
外からは、夏の夜らしい、親父の部屋の外に吊してある風鈴の音と、遠くの高速道路を走る車の音が静かに重なっていた。




