帰り道
昼休み、沙羅にお弁当を分けて貰うことを断られたガクトは、すごすごと教室へ戻っていた。蒸し暑さがじんわりと制服に染み込み、まだ乾ききらない朝の雨がアスファルトを黒く染めている。
(……なんか、変だったよな)
沙羅の態度が気になって仕方がなかった。あんなに冷たい目で見られたのは初めてだった。弁当を忘れたとき、いつもなら嫌味を言いながらも嬉しそうに分けてくれるのに。
放課後、部活の時間になっても気が晴れなかった。竹刀を振る手に力が入らず、途中で部を抜け出した。部長の霧山には「急用」とだけ伝えて、校門へ向かった。
日が傾き始めた校門の前でしばらく待っていると、部活終わりの生徒たちが次々と出てくる。汗のにおい、シューズの足音、夕暮れの湿った風。その中に、ようやく沙羅の姿を見つけた。
彼女はこちらに気づいた瞬間、わずかに足を止め、目をそらした。次の瞬間、別方向に歩き出す。
「……逃げるのか?」
ガクトの声かけに、立ち止まった沙羅は答える。
「……逃げないし」
「帰り道、一緒だろ。……無理にとは言わないけど」
「……いいよ、一緒に帰る」
ガクトは自転車を引きながら、沙羅の隣を歩き出す。夕方という時間帯だが日はまだ高い。河原の土手の道には散歩をする人々の姿も多い。犬を連れた老婦人、小さな子を連れた若い母親。土手の下では、少年野球の練習の声が響いている。
「……で、昼間のアレはなんだったんだ?」
「……別に。そんな大したことじゃないし。」
「大したことじゃないなら、弁当分けてくれればよかっただろ。結局、焼きそばパンとコロッケパンしか食べてないし!」
普段なら「2個も食べてるじゃん!」と切り返してくる沙羅だが…
「……なんか、気分じゃなかったの。」
「気分じゃないって……お前、俺のこと嫌いになったか?」
「!?」
沙羅の肩がぴくりと揺れる。
「そ、そんなこと……ないけど……!」
「じゃあなんだよ。お前、最近、ずっと変だぞ?」
「……別に変じゃないし。」
「嘘つけ。さっき俺を見て、逃げようとしただろ。」
沙羅は言葉に詰まり、視線を落とした。
「お前が言わないなら、こっちで勝手に想像するしかないんだが……もしかして、なんか悩んでるのか?」
「……悩み、っていうか……うん……。」
沙羅は俯いたまま、小さく息を吐く。
「俺でよければ聞くぞ?」
どの口が言うんだよ、と自問自答するガクト。
2人は自然と歩みを止め、ガクトは自転車を土手の隅に寄せて止める。
「……下、行こうか。座って話そうぜ」
河川敷のグラウンドを見渡せるベンチに腰を下ろす沙羅。ガクトが近くの自販機で飲み物を買って戻ってきた。
「……あの自販機、ジャスミンティー無かったわ」
そう言いながら手に持っているのは、ドクターペッパーとお汁粉。
沙羅は無表情のまま、ドクターペッパーを指さす。
「それ、でいい」
「……あいよ」
岳人は笑わせたかったが、沙羅は微動だにしなかった。
残ったお汁粉を手にしたまま、岳人は隣に腰を下ろす。
「……本当に聞いてくれるの?」
「……ああ、ちゃんと聞く」
沙羅はしばらく迷った後、深呼吸を一つ。
「……あのね……実は……服部くんに、告白されたの」
「服部って……うちの部の?」
「……うん」
ガクトは驚くよりも、どこか納得したような顔をした。
「……やっぱり、か」
「え?」
「いや……なんとなく、そんな気がしてた」
「……知ってたの?」
「うん。河原で告白モドキもあったって話も、聞いてたし。あと……お前らデートもしたんだろ?」
「うん、したね。」
「で、どうするんだ? お前は」
沙羅は戸惑いながらもガクトを一瞬見たが、すぐに視線を逸らす。
「……それを、考えてるところ」
「ふーん……」
ガクトはお汁粉のフタを開け一口のみ、しばし黙考した。
「……ねぇ、岳人は、どう思う?」
沙羅は勇気を振り絞って尋ねる。
「……どう思うって、別に……付き合えば?」
その言葉は、自分の胸にも鋭く突き刺さった。
沙羅は一瞬信じられないものを見るような表情をした後、寂しそうに一言呟く。
「……そっか」
沙羅の声は、かすかに震えていた。ガクトは気づいているのかいないのか、表情は変えず、グラウンドを見つめたままだ。
少年野球のボールが空を舞い、キャッチミスで転がった球を小さな男の子が追いかけている。
その後、しばらく他愛もない話をしたあと、2人はゆっくりと立ち上がる。
いつもの帰り道が、今日はやけに長く、そして胸に重く感じられた。




