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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
71/113

1年4組の片隅で

梅雨の季節は、雨が朝から灰色の空から静かに降り注ぎ、校舎の窓をうっすらと曇らせていた。教室には雨の湿った匂いと生徒たちが持ち込んだ傘やレインコートの微かな水滴の匂いが混じっている。1年4組の窓際の席に座っていた沙羅は、窓ガラス越しにしとしとと降り続く雨をぼんやり眺めていた。心のどこかに澱のように沈んだ気持ちが残っている。


「沙羅さん、おはよう!」


明るく努めて爽やかに声をかけてきたのは服部だった。沙羅はハッとして顔を上げる。


「えっ!? あ、うん! おはよう」


「今日、なんか髪かざり違うよね。……似合ってるよ」


「そう?……ありがと」


戸惑いながら微笑を浮かべて返事をする。



——服部は、デートの件以来、沙羅との関係を何とか明るい方向へ持って行こうと努めていた。正直、手応えはまったく感じていない。でも、それでも諦めたくはなかった。


妹の千奈にも言われたのだ。


「お兄ちゃん、デートで全て終わったと思ってはいけませんよ? 男は押してなんぼです!」


「……でもなあ、空回ってる気しかしないんだよ」


「空回ってても、止まってるよりずっといいんです! あとは勇気と誠意です!」




沙羅にとってはそのデート自体が戸惑いの元だった。千奈の押しに負けてしまい、勢い任せに服部と出かけたのはガクトに対するささやかな当て付けだった。だがその後、思い描いていたスッキリした気持ちは訪れず、逆に胸の奥に罪悪感がじんわりと滲んだだけだった。


ガクトとの関係は微妙にぎくしゃくしたままで、ガクトが無理に普通を装っていることに余計な違和感を覚えている自分がいた。


教室にはいつものざわめきが戻っている。ノートを広げる音、誰かが落としたペンが床に転がる音、外の雨音。それらが心地よく耳に入る一方で、沙羅の心だけがどこか違う場所に置き去りにされていた。


休み時間のチャイムが鳴った。沙羅は一人、教室を出る。服部の視線が背中を静かに追いかけているのが分かった。隣の教室に行き、入り口から親友の遠ヶ崎由比を手招きして廊下へ呼び出す。


「由比、ちょっといい?」


由比はメガネの奥から優しい目で沙羅を見つめ、「どうしたの?」と声を出さずに唇だけで微笑む。


「最近さ、いろいろありすぎて、なんか、自分でも分かんなくなってきて……」


「皇先輩のこと?」


「うん。それに服部くんのことも。私、全部中途半端で……」


沙羅はため息交じりに廊下の窓の外の雨を見ながら小さく呟く。


「なんか、私、服部くんにもガクトにも悪いことしちゃった気がして……。自分が嫌になってきちゃった」


由比は腕を組んで少しだけ考えるそぶりを見せた後、落ち着いた表情で沙羅の肩をポンと叩いた。


「たしかに、やっている事はどっかの小説に出てくる悪女な行いだよね。でも、自分で決めたことでしょ?それと自分の気持ちにも気づけた。大丈夫、ゆっくり考えればいい。……それにさ、あたしは沙羅の近くにいるよ。どんな選択してもね」


「うん、ありがとう……由比」


沙羅はその言葉に小さく頷き、少し気持ちが軽くなったように感じて教室に戻った。


教室に戻るとすぐに服部がそばに来て、明るく話しかけてくる。


「次、数学だよね。今日の小テスト予習してきた?」


「うん、そうだね。私もちょっと自信ないなぁ」


2人の間に小さな笑いが生まれる。その空気に一瞬だけ救われたような気がして、沙羅は心の奥でそっと息を吐いた。



放課後、陸上部の練習に向かうために教室を出ようとした瞬間、服部の緊張した声が沙羅を呼び止める。


「沙羅さんごめん、すこしいいかな?」


服部は緊張した面持ちで立っている。沙羅は胸が締め付けられるような気持ちになり、とっさに答える。


「ごめん! 部活あるから」


「う、うん……そうだよね。頑張って、練習」


そう言って足早に教室を去る。



そんなことが何度か繰り返される日々が続いたある朝、登校してきた沙羅に服部がまた声をかけた。


「沙羅さん、おはよう」


「おはよう、服部くん」


沙羅が普段通りに返事をした瞬間、服部が震える手で一枚の手紙を差し出した。


「これ、読んでほしいんだ。ごめん、ちゃんと伝えたくて……」


服部の声は雨の音にかき消されそうなほど小さかった。沙羅は手紙を静かに受け取った。胸の鼓動がいつもより速い。雨音が胸の奥深くまで沁みていくような朝だった。

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