河原で叫べ!?
6月後半の晴れた日。
波乱の事件――服部がガクトを殴り、沙羅に怒鳴られたあの日の翌日。
服部真蔵は、近所の河原にうずくまっていた。目の前をのどかに流れる川。その土手の草むらに、ジャージのまま突っ伏すように座り込み、ため息を三回目くらいつく。
その隣で、白いワンピースを着た少女が、じっと兄を見つめていた。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。お兄ちゃんはすごく頑張ってるんだから」
少女の名は千奈。服部くんの妹で、中学三年生。長い黒髪を軽く結び、日傘を片手に小さく微笑んでいる。
「で、でも……ガクト先輩に勝ったのに、な、なんも変わらなかったし……それどころか、沙羅さんにドン引きされたどころか嫌われたと思うし……」
服部くんは、ぐにゃりと地面に沈み込みながら言う。
「うん、ちょっとダサかったね」
「う、うわぁぁぁん……」
千奈は、そんな兄の頭を優しく撫でた。
「でも、ちゃんと伝えたら違うと思うよ?」
「……ど、どうせダメだよ……俺なんか……」
その時、千奈が急に肩を叩いた。
「……お?」
「沙羅先輩、いるよ」
服部くんが顔を上げると、ちょうど川沿いの舗装された遊歩道を歩く、小柄な女子の姿が見えた。
風に揺れる黒髪、スポーティなタンクトップ姿。
「さ、沙羅さんっ!!」
服部くんは思わず立ち上がった。
沙羅がビクッと反応して立ち止まる。振り返る。
「……なに」
「お、俺……!」
心臓の鼓動がうるさい。
手のひらが汗でびっしょり濡れていた。
(言え、言え! 言うんだ!)
服部くんは手をぎゅっと握りしめ、思い切って叫んだ。
「さ、沙羅さん……! す、好きだぁぁぁ!!!」
沙羅の目が見開かれた。
「えっ……」
「俺と、つ、付き合ってください!!」
風が吹く。草が揺れる。
沈黙。
沙羅は顔を真っ赤にして、くるりと踵を返すと――
そのまま全速力で逃げ出した。
「ええええええ!?!?」
服部くんはその場に崩れ落ちた。
「千奈ぁぁぁぁ!! 沙羅さん、逃げたぁぁぁぁ!!!」
「うん、まあ予想通り」
千奈はあっさり頷きながら、スマホを取り出して何かを操作している。
「……な、何してんの?」
「うん、じゃあデートの予定、入れとくね」
「は?」
「だって、いきなり告白とか無理でしょ。まずは仲良くなるとこからでしょ」
「えっ、いや、でも……」
「決定☆」
ニッコリ笑った千奈は、器用にスマホを操作して、すでにLINEを沙羅に送っていた。
実は千奈と沙羅は、中学時代に同じ陸上の外部クラブで顔を合わせていた旧知の仲だ。誕生日プレゼントを贈り合ったこともあるし、LINEも交換済み。
さっきも、“お兄ちゃんの失礼な態度を謝るね”というメッセージを送ったばかりだった。
「……沙羅先輩、既読ついた。『なんでアンタの妹にまで巻き込まれてんの私』だって」
「ひ、ひぇぇ……!」
「でもね、次のメッセージで『映画なら行ってやらないこともないけど、ポップコーンはそっちが買って』って書いてある」
「……え、それって……デート?」
「うん、まあ。妹の手配だけどね」
千奈は勝ち誇ったようにニッコリと笑った。
「うちの兄がこんなに面倒くさいので、今後ともよろしくお願いしますって、沙羅先輩に送っとくね」
「ちょ、ちょっと待って!? 心の準備が……!!」
服部くんは顔を真っ赤にして地面に倒れ込んだ。
「……でも、行かないとは言ってないんだよなぁ……」
風がまた吹いた。
河原には、今日も穏やかな空気が流れていた。




