共同作業
「ちょっと! この“禍々しい龍”って、何なん!?」
ギャル鈴木智子の怒声が、教室に響き渡る。
今日は体育祭の準備日。各組で分担された作業の中、俺たち2年4組は「黒組の応援ボード」の制作を任された。校門脇に設置される巨大ボードは、各チームの“顔”とも言える存在で、毎年チームごとに魂を込めたデザインが披露される。
その会議が、いま白熱していた。
「この龍には“黒組の気迫と力”を象徴させたかったわけよ。わかるだろ? 力こそ正義っていうか……」
胸を張ってそう語るのは佐々木。細身で目つきは鋭く素行も良くない奴だ。今回はなぜかデザインスケッチに情熱を注いでいる。
「いやいや、こわすぎだろ。どこぞの邪教の召喚ボードかよ」
俺――皇 岳人は、そのスケッチを見て頭を抱えた。黒一色の背景に、赤い目の龍がうねっている。確かに迫力はある。が、強すぎる。“応援”というより“呪詛”だ。
「僕はですね、もう少し抽象的な構成の方が洗練されていて良いと思うんですよ。たとえば、中央に“黒”の一文字を筆文字でドン、とか!」
横から、メガネの五郎丸が真顔で語り出す。
「それはそれで地味すぎじゃね? 応援ボードっていうより禅寺の石碑みたいになるじゃん!」
「禅寺とは失敬な!」
五郎丸と佐々木の間で言い争いが始まる。いや、お前ら……。
俺がため息をつこうとした、その時だった。
「うちの案、あるんだけど」
鈴木がさりげなくスケッチブックを開いた。
描かれていたのは、黒を基調にしたシンプルなデザイン。背景には大胆な筆文字で「爆走黒組」、その上にシルエット調の男女が全力疾走する姿。下にはチームカラーである金の稲妻が走っている。
「……すごい。普通に、いいじゃん」
思わずそう言ってしまう俺に、鈴木はふふんと鼻を鳴らした。
「でしょ? うちのセンスなめないでって感じ~」
「……龍より100倍良いな」
「うっせぇな! でも……まあ、これにするか」
少しむくれながらも、佐々木がしぶしぶ同意した。
こうして、我々黒組の応援ボードは鈴木案で制作開始となった。
問題はそこからだった。
ペンキが足りない、ベニヤが反っている、文字が滲んだ――などなど、トラブルは尽きない。
「この“黒”が微妙に違う!もっとこう、“真っ黒”がいいんだよ!」
「五郎丸、黒は黒だろ!」
「違います! 黒にも“漆黒”や“墨黒”、“青墨”など様々な黒が――」
「お前、マジで一回黙れ!!」
佐々木が叫び、鈴木が刷毛を投げ出して叫ぶ。
「あーもう! うち、インスタ用の写真撮る気満々だったのに、色ムラ目立つじゃん! ガクト、ちゃんと塗ってよ!」
「なんで俺!?」
責任転嫁が飛び交い、作業は紛糾。それでも、ひとつずつ乗り越えていった。
俺が手を黒くしながら文字をなぞれば、佐々木が梯子にのぼって文字枠をきれいに整える。五郎丸は細部の調整に命をかけ、鈴木はグリッターで“稲妻”の光り方にこだわった。
気づけば、夕陽が校舎を赤く染めていた。
「よし……完成だな」
ボードの前に並び、俺たちは小さく拍手した。
高さ180センチ、幅240センチ。黒く塗られた背景の上を、金の稲妻が走り抜ける。その中心には、堂々たる「爆走黒組」の文字――
「……悪くねぇな」
佐々木が呟いた。
普段、他人に興味なさげな彼が、自分の手で釘を打ち、ベニヤを支え、ボードの骨組みを整えた。そして今、どこか誇らしげにそれを見上げている。
「佐々木、意外と……器用なんだな」
俺が言うと、彼は照れ隠しのように背を向けて言った。
「べ、別に、得意ってわけじゃねぇし……」
「ほんと~? なんか、惚れそうになったんだけど?」
鈴木が茶化すと、佐々木は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「ち、ちげぇし!」
「わははは! めっちゃ照れてんじゃん!」
笑い声が響いた。
明日は体育祭本番。掲げたこのボードに恥じないよう、思いっきり駆け抜けよう。




