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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
26億円の部活動費編
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秋山蔵之助の想い

俺は五十嵐弁護士に向き直り、静かに口を開いた。


「まず、故人がなぜ、私たちの高校に多額の寄付金を――しかも“部活動限定”という条件付きで寄付を行ったのか。その理由を教えていただけませんか? あるいは、寄付に関する遺言状を見せていただけると助かります」


その言葉を聞いた瞬間、隣の沙羅が俺の腕をぐいっと強く引いた。


「ちょ、ちょっとガクト! いきなりそれは失礼でしょ!」


彼女は慌てて弁護士の五十嵐さんの方へ向き直り、深々と頭を下げる。


「すみません、こいつ、こういうとこだけは本当に無遠慮で……」


しかし、五十嵐さんは沙羅の謝罪に穏やかに微笑み、静かに首を振った。


「いえ、構いませんよ。むしろ、桜が丘高校の代表である生徒会の皆さんには、遺言状を開示する義務がありますから」


そう言うと、五十嵐さんは脇に置いていた桐箱を開き、その中から『遺言状』と記された封筒を取り出した。


「え……?」


沙羅が目を丸くする。


「桜が丘高校の生徒会は、故人の遺言によって、相続人の“代表”とされているのです」


「えええっ!? 私たちが相続人!? そんなのアリ!?」


俺は心の中で沙羅は生徒会じゃないけどな…とツッコミを入れるが、

沙羅は混乱した様子で俺と雪乃を交互に見た。


そんな彼女を落ち着かせるように軽く肩に手を添え、弁護士から封筒を受け取った。


「……それなら、拝見させていただきます」


中から出てきたのは、丁寧に折りたたまれた上質な白い紙だった。その表面には、美しい筆記体で文章が綴られている。




俺が読み始めると、雪乃がそっと五十嵐弁護士に問いかけた。


「あの……秋山さんという方は、どのような方だったのでしょうか?」


「はい、秋山さん、お名前は秋山蔵之介あきやま くらのすけさんと言います。少し彼のことをお話ししましょう」


五十嵐弁護士はそう前置きし、静かな口調で語り始めた。


「秋山さんは、今年の冬、百五歳で永眠されました。秋山家は、かつて甲斐――今の山梨県に勢力を持っていた戦国大名の家臣の末裔で、江戸時代には武士でありながら商業で成功を収め、明治以降も都内に多数の不動産を所有しておりました。その結果、不動産業を中心に、他分野の事業も展開され、莫大な財を成したのです」


「なるほど……でも、後継者はいなかったんですか?」


俺がそう尋ねると、五十嵐弁護士は小さく頷いた。


「はい。秋山さんにはお子様がいらっしゃいませんでした。ご親族の多くは関東大震災や第二次世界大戦で命を落とされ、血筋はすでに断絶しています。最愛の奥様も、若くして病に倒れ、お亡くなりになったのです」


「そんな……」


沙羅が小さく息を飲む。その隣で雪乃も、どこか沈痛な表情を浮かべていた。




その時、部屋の隅に控えていた執事の山岡さんが静かに口を開いた。


「私の父も、秋山家に仕える執事をしておりました。父の話によれば……旦那様は旧日本海軍の士官で、海軍兵学校の出身だったと聞いております。そして、奥様とは幼なじみだったそうです」


「えっ……?」


沙羅が思わず顔を上げる。


「お二人は非常に仲が良く、戦争が始まる直前にご結婚されたとのことです。その時、旦那様は広島の海軍兵学校の士官候補生、奥様も、まだ高等女学校に通っておられました。今で言えば、高校一年生の年齢ですね」


執事の声は淡々としていたが、その響きはどこか温かかった。


「奥様が通われていた学校こそ、皆さまが通われている現在の桜が丘高校なのです。当時は日本橋に校舎がある高等女学校でした。今の校舎は戦後に移転したと聞いております。」


「確かに我が校は戦後、今の場所に移転したと記憶しています」


雪乃が相づちを打つ。

沙羅はそっと胸の前で手を組みながら、静かに耳を傾けている。


「士官学校から一時帰省されるたび、旦那様は奥様と過ごす時間を何より大切にしておられたそうです。桜を見に行き、カステラを一緒に食べ、奥様が出演された文化祭の演劇も観に行かれたとか。奥様は演劇部で主演も務められていたそうですよ」


「……素敵なお話ですね」


雪乃が静かに微笑む。その横顔には、どこか切ない色がにじんでいた。


しかし、執事の山岡さんの語り口は徐々に重くなる。


「けれども、戦争が始まってから状況は一変しました。旦那様は駆逐艦に配属され、南方の前線へと赴かれました。奥様とは手紙でのやりとりを続けておられたそうです」


「……でも、やがて届かなくなったんですね」


雪乃のつぶやきに、執事は静かに頷いた。


「はい。戦局の悪化と共に旦那様の手紙は途絶え、それでも奥様は何通も手紙を書き続けました。ですが、時を経て奥様は病に倒れ、疎開されることになったのです。」


「そして……あの、大空襲が東京を襲いました」


重い沈黙が部屋を満たす。


「奥様の家族も、旦那様のご家族も、その戦火に巻き込まれ……命を落とされてしまったのです」


沈黙の中、雪乃は目を閉じ、沙羅は涙をこらえるように唇を噛んでいた。


「戦争が終わり、旦那様が横須賀の基地に戻られたとき、ようやく奥様からの手紙の束が手元に届いたそうです。そして、その手紙を胸に、奥様が療養されていた場所へ向かわれたのですが……すでに奥様は病が原因で帰らぬ人となっていました」


沙羅の目に、静かに涙が浮かぶ。


「そ、そんな……」


雪乃も言葉を失い、俺はそっと遺言状の続きを読み進める。



そこには、秋山蔵之介の“最後の願い”が綴られていた。


――財産の一部を、私が愛した人が学んだ桜が丘高校の部活動のために寄付する。

この学校の生徒たちが、安心して学び、未来を築けるように。


――また、寄付した遺産の管理は生徒会に委ねる。

生徒たちが自らの手で学校の未来を考え、運営に関わることで、より良い学び舎をつくってほしい。


――未来ある若者たちが、ここで青春を謳歌し、夢を追い続けられることを願って。




俺は、深く息を吐いて遺言状を閉じた。


「……秋山蔵之介さんは、自分の人生が終わるその瞬間まで、奥様のことを想っていたんだな……」


静まり返った空間に、沙羅がぽつりとつぶやいた。


「……なんか……すごいよね。こんなに誰かを、想い続けられるなんて……」


その言葉に、俺も雪乃も、ただ静かに――深く頷いた。

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