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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
26億円の部活動費編
47/113

匿名の寄付者

昼休み。

 湿気を含んだ風が、初夏の気配を運んでくる。5月も終盤。空は明るいが、遠くの雲に少しずつ重みが増しているような気がする。


 俺は焼きそばパンと、おかずだけが詰まった弁当を持って、校舎裏の非常階段へ向かった。母さんの健康志向による「白米抜き・野菜多め弁当」に、焼きそばパンを追加している。


 階段を登ると、既に先客がいた。


「来たわね、ガクトくん」


 小早川雪乃。相変わらず背筋をぴんと伸ばし、凛とした姿勢で腰かけていた。制服のネクタイは完璧な角度、髪は高く束ねているのに乱れひとつない。


 その目が、どこか愉快そうに笑っていた。


「……時間ぴったりだな」


「当然よ。生徒会長ですもの」


 俺が隣に腰を下ろすと、雪乃がちらりと俺の手元を見る。


「それ、また焼きそばパン?」


「ああ。あと弁当。ご飯なし、野菜多め」


「健康的ね」


 箸を割ろうとした瞬間、雪乃が口を開いた。


「ところで、昨日の丘の上の件――風紀委員から報告が……なんてことはないけど、もし見られてたら大騒ぎだったでしょうね」


「……お前、冗談で言うなよ」


 俺が焼きそばパンにかじりつくと、雪乃がわざとらしく眉をひそめる。


「口に芝生が入って“ぶはっ”ってなった皇くん……想像すると、なかなか愛らしいわ」


「なっ……!」


 その瞬間だった。


「な、なに勝手に想像してんのよ!!」


 非常口のドアをバンッとあけた沙羅が、弁当袋片手に怒鳴りながら突入してきた。



「沙羅!?お前なんでここに?」


「生徒会長がガクトに何かいやらしいことをされてるんじゃないかって、助けに来たんだから!!」


「いやらしいってお前……!」


 顔が熱くなる。言葉に詰まっていると、沙羅が真っ赤になったまま、ぽかぽかと片手で俺の肩や腕を叩いてくる。


「いてっ! ちょ、何で俺を叩くんだよ!?」


「うるさいっ!」


 ぺしぺしと遠慮がちに叩き続ける沙羅と、それを見てくすくす笑う雪乃。


「ふふ……仲良きことは美しき哉、ね」


「誰のせいでこんな空気になってると思ってんだ……」


 俺は焼きそばパンの袋を畳みながら、話を本題に戻す。


「ところでさ、雪乃。これまでにその寄付者について、誰かに聞き込みとかしてないのか?」


 するとすかさず、隣の沙羅が目を剥いた。


「ちょっと! 今、生徒会長を呼び捨てにした!」


 雪乃がすかさず両手を頬に当てて喜ぶ。


「まぁ! 皇くんが私を呼び捨てにするなんて……ようやく関係が進展したってことかしら?」


「進展してねぇよ! ……いい加減にしろ、話が進まねぇ!」



 俺がバシッと声を張ると、雪乃が肩をすくめながらも、ようやく真面目な顔になった。


「……聞き込みはしていないわ」


「なんで?」


「匿名だからよ。名前も連絡先も非公開、寄付の意図も“本校にゆかりがある”としか書かれていない。公式には、どうにもならないの」


「じゃあ非公式にやるしかねぇだろ」


 俺が言い切ると、沙羅がにっこり笑った。


「そうだよ! やってみなきゃ分からない!」


「……ふふ、言い返してくるようになったわね」


 雪乃が嬉しそうに微笑み、沙羅は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


「そ、そっちがからかうからでしょ!」


「放課後、生徒会室にいらっしゃい。皆を集めて会議を開くわ」


* * *


 放課後の生徒会室。


 机を囲むように、生徒会メンバーが並んでいた。


 副会長・錦野は今日も白い制服で、口に咥えた薔薇をアンドーにひったくられそうになっている。会計の宮前は緊張した面持ちでメモを構えていた。


「では、寄付者について、これまでに我々が行った非公式な調査を報告しましょう」


 雪乃の言葉に、アンドーが即座にノートを開く。それを錦野が読み上げる。


「生徒会資料室の記録確認」「区教育委員会への照会(返答なし)」「過去の卒業生名簿の一部照合」「学校法人経理部門への連絡(開示拒否)」など、すらすらと列挙される。


 俺はそのノートをちらりと覗き込んだ。


「……おまえ、なんでそんなに字が綺麗なんだよ?」


 アンドーがぴたりと手を止めて、静かに口を開いた。


「カリグラフィー」


「なんだそれ……」


「帰国子女らしい特技ってやつね」

 雪乃が補足する。


人には見かけによらないって事だな。

そんなことを考えながらこれまで生徒会が行った非公式の調査を眺める。そして、俺はあることに気づいて、椅子から少し乗り出した。


「……オイ」


 皆の視線が俺に集中する。


「何か抜けてないか? 情報の中に、学校内で一番詳しい人物が入ってない」


 雪乃が首を傾げる。


「誰のこと?」




「校長だよ!! 嵯峨野達平!! まだ話を聞いてねぇじゃねーか!!」


 沈黙。


 雪乃が目を見開き、次に軽く息を吐いてつぶやく。


「……灯台もと暗し、とはまさにこのことね」


 錦野がすかさずポーズを取りながら言う。


「盲点の彼方に潜む真実、それが校長とは……!」


「コーチョー、キキトリ」

 アンドーがノートに一言加える。


「……な、なんで誰も気づかなかったんだろ……」

 宮前が小さく頭を抱える。


 室内には、なんともいえない達成感と、ちょっとした間抜け感が漂っていた。


 次なる一手――それは、桜が丘高校の謎多き校長・嵯峨野達平。

 この“灯台の真下”に、26億円の鍵が眠っているのかもしれない――。

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