通じ合う気持ち
満月がすっかり昇り、夜の静寂に包まれはじめた親水公園。
川面は銀色に染まり、水鳥の影がすっと泳いでいく。遠くで誰かの笑い声と、炭のはぜる音が聞こえた。
その一角にある、小さな丘。
芝生に覆われたその丘のふもとに、自転車を停め、岳人は息を切らせて見上げる。
(……たぶん、いや、絶対ここにいる)
そんな確信があった。だから、ペダルをこぎ続けた。
自転車を降り、そのまま歩を進める。丘を登る緩やかな歩道をたどりながら、月明かりに浮かぶ滑り台を目指す。
丘のてっぺんには、いくつかの遊具。中でも目を引くのは、象の形をした滑り台だった。あの時と同じだ。子どもの頃、よくここで遊んだ。泣いて笑って、転んで、歌って。
岳人は象の背にある階段を登り、周囲を見渡した。
――が。
「……いない。」
誰もいなかった。
肩から力が抜け、膝をつく。
「……くそ、なんで……。」
あの時の記憶は、確かなはずだったのに。ここにいると、そう思っていたのに。
(俺の勘違いだったのか……?)
拳を滑り台の欄干に叩きつけた、そのとき――
「ガクトのあほーーーーー!!!!」
夜の公園に響く絶叫。
すぐに滑り台の上から身を乗り出すと、丘の斜面の途中、芝生の中に一人立つ少女の姿があった。
沙羅だった。
「やっぱりいたじゃねぇか!!」
怒鳴るように声をかけると、沙羅が目から涙をぽろぽろ流したまま振り返る。
「うるさい!! キミが全部悪いんだ!!」
「意味わかんねぇよ!!!」
岳人は滑り台から飛び降り、斜面を駆け下りるようにして沙羅に近づいた。
が、沙羅はくるりと背を向け、斜面を駆け下りて逃げようとする。
岳人は下手な駆け引きをせず、一気に先回りした。道を読んでの正面突破だ。
「逃がさねぇ!」
「うわぁぁ!!ばかっ!!」
沙羅が何かを叫びながら突っ込んできたかと思うと――そのまま、取っ組み合いが始まった。
バシッ! ドンッ! ゴロン!!
「まずは落ち着け!」
「ガクトの方こそ離せぇ!!」
芝生の斜面をコロコロと転がる。岳人は抱きとめようとするが、沙羅の手は爪で引っかき、頭突きすらかます。とどめに、足で思いっきりみぞおちを蹴られた。
「ぐふぉっ!! お前マジで痛ぇ!!」
芝が舞い、服は草まみれ、息はゼーゼー。
「ぶはっ……口に芝生入った……!!」
沙羅も同じく、髪に葉っぱを絡ませながら叫ぶ。
「馬鹿ガクト!!!」
「落ち着けって!!」
「お前がそばにいてくれないと、嫌なんだよ!!!」
その一言で、岳人の動きが止まる。
息を切らしながら、真っ直ぐにこちらを見つめる沙羅。涙の跡が月光に濡れている。
斜面で倒れ込むようになった岳人が下、沙羅が上。
見つめ合う、わずかな沈黙。
(……あぁ、俺はこいつが好きなんだ)
ここまで来て、やっと自分の気持ちがはっきりした。
上の乗っかっている沙羅の顔を右手で静かに触る。
一瞬ビクッとする沙羅……
「分かった。じゃあ、お前は俺のものな!!」
「……は?」
沙羅の目がまん丸になる。
「お前のものは俺のもの! 俺のものは俺のもの――」
「ジャイガンじゃん!!!」
「でも、俺はお前のものだ。」
沙羅を下から支えていた左手に、ぐっと力を入れ抱き寄せる。
ふたりの顔が、近づく。
息がかかる距離。心臓の音ががうるさい。
これは俺の心臓音?それとも沙羅の心臓音――
どちらからともなく、顔が傾きかけた――そのとき。
「オレ ヨクミエナイ」
野太い声が頭上から響く。
「しっ! 黙りなさい!!」
「!?」
斜面の上――象の滑り台の影から、何かの気配。
見上げると、そこにいたのは生徒会の面々だった――
「……お前ら、何してんの?」
岳人が呆れ顔で声をかけると、生徒会長・雪乃がにっこりと微笑んだ。
「生徒会長として、生徒の様子を見守るのも仕事よ。」
「いや、絶対それ興味本位だろ」
「気にせずお続けになって!」
左手を胸に当て真剣な顔で凜とした声をでそう訴える生徒会長。
「気になるわよ!!!」
沙羅が怒鳴る。
「オレ、タマゴ、カジル。」
「それ今関係ねぇから!!」
そして、岳人と沙羅は反射的に距離を取ってしまう。
「ち、違うんの、これは……!!」
言い訳をする沙羅。しかし、俺は言う。
「違わねぇ!!!」
沙羅は顔を真っ赤にして叫んだ。
「うるさい!!! お前らマジで消えろ!!!!!」
雪乃たちはクスクスと笑いながら、丘の向こうへと姿を消していった。
夜風だけが、また静けさを取り戻す。
岳人は大きくため息をついた。
そして、ふと沙羅を見る。
「……お前、泣き止んだな。」
沙羅は、まだ少し頬を赤らめながら、小さくうなずいた。
「……うん。」
ふたりは立ち上がる。制服は芝生がびっちりと張り付いていた。
「ありゃ…これはお母さんに怒られるなぁ」
「だな!」
笑いながらお互いの服から芝生をはたき落とす。
そして、並んで歩き出す。
満月の下、芝生の斜面をゆっくりと。
「……帰るか。」
「うん。」
灯りのともる遊歩道を、肩が触れそうな距離で歩く。
その時、丘の麓に止められた自転車が目に入る。
「……あ、自転車返さなきゃ」
岳人の一言に、沙羅が小さく吹き出した。




