沙羅激高!
夕方、桜が丘高校・第一会議室。
三度目となった部活動予算会議は、やっぱり何も決まらなかった。
野球部も吹奏楽部もワンゲル部も、主張するだけ主張して、誰も一歩も譲らない。
もはや決着がつく気配すらない。
俺は深々とため息をついて、生徒会室を抜け出した。
――静かな場所が欲しかった。
カラカラと非常階段のドアを開け、手すりにもたれかかる。
ポケットから取り出したチュッパチャップスを口にくわえ、ぼんやりと夕焼けを見上げた。
(……俺、なんでこんな面倒ごとに巻き込まれてんだっけ。)
遠くでカラスが鳴いている。
今日も無駄に疲れた。なのに、何一つ前には進まなかった。
そんな虚無感にぼんやりしていると、隣に誰かが腰を下ろす気配がした。
「……ねえ、岳人くん。」
ふわっと漂う石鹸のような香り。
小早川雪乃、生徒会長。
制服のスカートをはたきながら、俺の隣に寄り添ってきた。
「……もう、全部私のポケットマネーで解決できないかしら。」
雪乃は頭を抱えながらぼやいた。
「お前、どんな金持ちだよ。」
棒付きキャンディーを口の中で転がしながら、俺は冷たく返す。
雪乃は「ふふっ」と笑い、夕焼けに目を細めた。
普段は生徒会長らしく凛としているくせに、こういうときだけ年相応に甘えてくる。
もちろん、恋愛感情なんかじゃない。
ただ、雪乃なりに俺を信頼しているんだろう。
それはわかってる。
だから、こうして隣にいても、特別な意識はなかった。
――そのときだった。
「岳人!!」
急な声に、俺は顔を上げた。
階段を駆け上がってくる足音。
そして、現れたのは——妙義沙羅だった。
「……まだ怒ってんのか?」
俺は眉をひそめる。
沙羅は息を切らしながら、まっすぐ俺を指さした。
「怒ってるに決まってんでしょ!!!」
その目には怒りと、どこか焦りのようなものが滲んでいた。
「きみは一体何なの!?剣道部のくせに生徒会に入り浸って、何を企んでるわけ!?絶対、裏で糸引いてるでしょ!!」
「……お前、俺を何だと思ってんだよ。」
さすがに呆れる。
けれど、沙羅は引かなかった。
「何って……!!」
言葉に詰まった彼女の瞳は、どこか悲しげだった。
「……なんで雪乃先輩と、一緒にいるの……なんか、嫌。」
「は?」
唐突な言葉に、俺は思わず聞き返した。
沙羅はぎゅっと唇を噛み締める。
「嫌……なんだよ。」
俯いたその声は、小さく、震えていた。
(……どういう意味だよ、それ。)
俺は戸惑い、沙羅をまじまじと見た。
沙羅は、ふだんは無邪気で元気な奴だ。
でも今は、怒りとも、寂しさともつかない感情を全身でぶつけてきていた。
「僕は、お前と一緒にいたいのに……お前は、いつも雪乃先輩といる……。」
その言葉に、胸の奥がかすかに疼いた。
隣では、雪乃がくすくすと小さく笑った。
「……あら。」
雪乃はあくまで涼しい顔をして、膝の上に手を重ねる。
だが、唇の端は、ほんのりと楽しげに歪んでいた。
沙羅は顔を真っ赤にして、ぐっと拳を握り締める。
「とにかく!!お前は剣道部の人間なんだから、変なことに首突っ込むな!!」
言いたいことだけ言うと、くるっと背を向け、階段を駆け下りていく。
「おい!ちょっと待てよ!」
思わず俺は叫ぶが、沙羅は振り向きもしなかった。
非常階段に取り残された俺と雪乃。
夕陽に照らされながら、雪乃は含み笑いを浮かべた。
「岳人くん、彼女、追いかけなくていいの?」
からかうような声音。
「……あいつ、怒ってんだぞ?」
「怒ってる、だけじゃないわよ。」
雪乃は、ちらりと俺を横目で見る。
「……気づかない?」
その言葉の意味を、俺は考える余裕もなく、立ち上がった。
「とにかく、追いかける。」
「ふふっ……行ってらっしゃい。」
俺は駆け出した。
階段を二段飛ばしで駆け下りながら、消えていく沙羅の背中を必死に追う。
(……なんなんだよ、もう。)
意味も分からず、ただ胸がざわついた。
非常階段に残された雪乃は、夕陽を背に受けながら、独り呟く。
「ふふ……こっちは面白くなってきたわね。」
彼女の瞳は、どこかいたずらっ子のようにきらめいていた。
夕陽は、なおも赤く、西の空を染めていた。




